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キュレーター・オン・ザ・ムーブ
―「混在以外、何の一貫性もない新しい世界」への視線
太田佳代子

ウワサには聞いていたが、ハンス=ウルリッヒ・オブリストという若いキュレーターは、なんとも「出来る」男だということを、私も会って実感した。この11月にウィ ーンで開催される《シティーズ・オン・ザ・ムーブ》展のキュレーターとして来日したときのことである。
 その早口に劣らず、頭脳の方もクルクル回転し、彼はたった2度の来日で日本の現代アーティスト、建築家、写真家、映像作家などの、これはという作品はほとんどすべて把握してしまった。そして1週間の間に彼らすべてに自分でコンタクトし、片っ端から会い、納得すれば即座にこの展覧会に呼び、すさまじいスピードで企画を固めていく、というアクロバット的な仕事をこなしてソウルへ飛んでいった。
 「ここ数ヵ月はこういう生活が続いているんだ」とは言っていたが、疲れているどころか、楽しくて仕方がないといった様子だ。だいたい、こういう馬力のある超高速生産マシンのような人間でなければ、たった半年あまりの間にアジア、欧米諸国に散らばる数百人の人間に会い、あるいは直接コンタクトして、これほど大がかりな国際展をオーガナイズできるものではない。
在東京の参加アーティスト候補者

荒木経惟、マイケル・チャン、ゲーリー・チャン、長谷川逸子、ハタケヤマナオヤ、デイヴィッド・ディヒーリ、ホンマタカシ、磯崎新伊東豊雄川俣正菊竹清訓北野武黒川紀章槇文彦、森万里子、村上隆、太田佳代子、小沢剛、妹島和世曽根裕、田中タカヒロ、トシカワヒロミ、ヤマツカアイ
《シティーズ・オン・ザ・ムーブ》は、アジアの急激な変貌を主題にする展覧会としては、おそらく欧米では初めてのものだ。同じテーマをここ数年追いかけ、それにしても、こういう重要な現象をどうして西洋は取り上げないのか? とかねがね疑問に思っていた私は、この企画を聞いて「おぉ、遂に!」と素直に喜ぶと同時に、その思いきりの良さと実行力に感心してしまった。
 この企画はまず、「ディスカバー・アジア!」的な、日本もかなり思い当たるフシのあるエキゾティシズム消費意欲を超えた次元で、アジアを取り上げようとしている。ヨーロッパ人が「ヨーロッパは終わった」と言って熱い視線を東洋に向けるのは今始まった話ではないが、それは時として、都市社会やら近代というものに対する、ヨーロッパ(知識)人たちの慢性的な飽和感、低迷感の裏返しである。まさしく、猛スピードで近代化し、変化しているアジアは今、西側の常識を超えるもので溢れかえっている。そこから生まれてきた新しい表現をゴッソリと掬いとり、ズバリ、「新しい、次の近代」を確認したいというのが、オブリストとホウ・ハンルの期待である。しかも、「新しい、次の近代」の風景は、必ずしも我々が「都市」と呼んでいるようなものではないかも知れない、と彼らは両手を広げ、狼狽とショックを手ぐすね引いて待ち構えている。
さらに、最近、手元に届いた参加候補者リストを見るとどうだろう。軽く100人はいる。バンコク、広州、ハノイ、香港、ジャカルタ、クアラルンプール、マニラ、大阪、北京、ソウル、上海、シンセン、シンガポール、東京、ニューヨーク、パリ、台北などから選ばれた、有名無名のアーティスト、建築家、映画監督、写真家たち。この贅沢なテンコ盛りの狙いは何なのか。
 キュレーターの仕事はもちろん独自のカッティング・エッジで世界を切り取って見せることなのだが、それもすでに固定観念でしかなく、オブリスト自身、そこから脱出しようとしているのではないかと思う。ミュージアムも変わらなきゃ、なら、キュレーターだって変わらなきゃ。オブリストは強烈なテーマを見つけだしてある程度の方向性を決めたあとは、なるべくコントロールを最小限に抑え、むしろ流れに身を任せる。リスクはあるにせよ、すっごい大胆よねー、と感心したら彼はこう言った。「とにかく最大限のスピードで、最大限の才能をオーガナイズして、相乗効果やひらめきを触発していくことが、僕にとっての醍醐味なんだよね」。
 「ウィーン・ゼセッション」という現代アートの「お城」を舞台にした異質な世界の響宴は11月26日にオープン、来年1月18日まで続く。
《シティーズ・オン・ザ・ムーブ》
会場:ウィーン・ゼセッション
会期:1997年11月26日〜1998年1月18日



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