360°ビュー
これがあなたのコレクション!
──新しくなった福岡市美術館とリニューアル記念展
岩永悦子/山口洋三/後藤恒/正路佐知子(福岡市美術館)
2019年04月15日号
対象美術館
福岡市美術館は、古美術作品から現代美術館まで幅広いコレクションを有する公立美術館として1979年に開館した。ル・コルビュジエのもとで学んだ建築家・前川國男による設計の美術館としても知られている。そんな福岡市美術館が、2016年9月から2年半の休館を経て、3月21日にリニューアルオープンした。現在、リニューアルを記念して「これがわたしたちのコレクション」と「インカ・ショニバレCBE: Flower Power」が開催中だ。学芸員の方々に、今回のリニューアルと2つの展覧会の見どころを伺った。(artscape編集部)
公園と一体感のあるリニューアル
──まず、今回のリニューアルの経緯と特徴についてお聞かせください。
開館以来40年近く経過した建物での美術館運営は、設備の経年劣化と技術の進歩や社会の変化からの遅れに悩まされてきましたので、展示環境の機能の向上とユニバーサル設備のアップデートは必須でした。ただ、日本を代表する前川國男の建築を次世代に継承していくことは、関係者全員一致した願いでした。
ロビーの照明器具はそのままで中身だけLED照明に変えるなど、可能な限りオリジナルの姿を残す努力をしています。そのうえで、生け垣を切り開いて大濠公園の沿路と直結したアプローチを新設しました。それにより、外(沿路)から建物の姿がはっきり視認できるようになり、内(ロビー)からも、池の水面やジョガーの姿までが見えるようになりました。
長年、美術館に勤めてきた人間(筆者:岩永)が思わず感動するほどの、公園との一体感。リニューアルを機に、親しみやすい、より「開かれた美術館」となることを目指してきましたが、建物がそれを体現してくれたと思います。(岩永)
──福岡市美術館は古美術から近現代美術まで、多彩なコレクションで有名です。展示室はどのように変わりましたか?
「特別展示室B」を廃止し、旧来の常設展示室の一部と統合してコレクションを展示するスペースを拡張しました。特別展示室の出口正面にコレクション展示室(「近現代美術室A」)の入口を設けることより、特別企画展を観覧した方々が自然とコレクション展示も観覧したくなるような導線を確保しました。
コレクション展示室(近現代美術)は、細かく分かれていた展示室をA、B、Cの3部屋に統合。それぞれ異なる仕様とすることにより、近現代美術の多様な作品を鑑賞できる空間としました。特別展示室は、さまざまな企画展に対応できるような機能を残しつつ、高い展示効果を得られる設備に変更しました。コレクション展示室(古美術)では、展示ケースを刷新。展示ケース内に、工芸品を照らす小型LED照明を導入し、影をなくして作品の細部まで見られるようにしました。
また東光院仏教美術室は、寺院堂内のおごそかな雰囲気を出すため、入口を寺院の山門をイメージし、両側に仁王像(金剛力士像)を配置しました。展示室中央に薬師如来立像を配置し、そのまわりに十二神将を配する展示をし、重要文化財の仏像群を360度から観覧できるようにしました。ギャラリー(旧市民ギャラリー)は、増室や可動壁の変更により、これまで4室だった展示室を6室まで拡張しました。
──展示室以外では、どのような部分が新しくなりましたか?
どんな方にも安心して過ごしていただくために、設備のユニバーサル化は喫緊の課題でしたので、多目的あるいは子ども向けも含めてトイレをしっかり整備しました。キッズスペースは試行期間を含めれば約10年前から設置しており、その経験を活かして以前ショップのあった場所に新設しました。地元のアーティスト・オーギカナエさんがデザインした、遊びのなかにも創造性を発揮できる楽しいスペースです。畳の上で子どもを遊ばせることができ、授乳室も、女性用、男女兼用の2種類があります。
ロビーに設けた美術情報コーナーでは、所蔵品のデータ検索や書籍の閲覧ができます。また、新しいアプローチから入館してすぐの場所に、カフェとミュージアムショップを設けました。ショップでは、所蔵品にちなんだオリジナルグッズや、福岡の工芸家が手がけた作品やグッズもあります。展覧会以外の目的でも、美術館に訪れていただきたいと願っています。(岩永)
2つのリニューアルオープン記念展
──現在、リニューアルオープン記念展として2つの展覧会が開催中です。まず「これがわたしたちのコレクション」はどのような展示でしょうか?
当館が40年以上にわたって収集してきた約16,000点のコレクションのなかから、代表的な作品約300点を一挙公開します。近現代美術、古美術の各コレクション展示室に加え、通常は市民の創作活動発表の場をして提供されるギャラリー6室のすべてを使って、開館以来最大規模の名品展が実現しました。
近現代美術コレクションでは、サルバドール・ダリ、ジョアン・ミロ、マルク・シャガール、アンディ・ウォーホル、ジャン゠ミシェル・バスキア、草間彌生といった当館のスター的作家の作品の展示をはじめとして、明治期の洋画からポップアート、そして現代美術にいたるモダンアート100年の歴史をたどる内容の展示を行ないます。また近年収蔵した同時代の作家の作品もしっかりとご紹介します。拡張されたコレクション展示室を十全に生かし、当館の近現代美術コレクションの特徴を余すところなくお届けします。
古美術のコレクションからは、福岡藩黒田家伝来の宝物や仙厓の書画など福岡にゆかりの深い作品に加えて、電力王・松永安左エ門が蒐集した珠玉の茶道具、さらに中国・朝鮮・東南アジアなどアジア各地の古美術の名品を展示します。また、九州では屈指の仏像鑑賞スポットである東光院仏教美術室は、寺院をイメージした新たな空間へと生まれ変わりました。重要文化財を多数含む美しい仏像の姿を360度から鑑賞することができます。
室数の増えたギャラリーでは、当館の個性が際立つ「九州」にかかわる5つの特集展示を行ないます。久留米出身の洋画家で版画も多数制作した「吉田博」、当館が初の回顧展を開催し評価の先鞭をつけた「藤野一友」、戦後の福岡に登場した前衛美術グループ「九州派」、気品と清潔感を兼ね備えた柿右衛門様式の色絵磁器に代表される「九州古陶磁」、日本の仏教美術の源流をたどる「アジアの仏教美術」を、それぞれまとめて見られる稀有なる機会です。(山口、後藤)
──もうひとつのオープン記念展「インカ・ショニバレCBE: Flower Power」の見どころを教えてください。
英国を代表するアーティスト、インカ・ショニバレCBE(1962- )は1990年代にYBAs(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)のひとりとして注目を集めて以降、ドクメンタ11やヴェネツィア・ビエンナーレといった国際芸術祭に参加するなど、国際的に活躍しています。しかしながら国内では過去3回グループ展に出品するのみでした。日本初個展となる本展では、《ダブルダッチ》、《ヴィクトリアン・ダンディの日記》、《ぶらんこ(フラゴナールのあと)》といった代表作をはじめ、絵画、彫刻、写真、映像と多岐にわたるショニバレの活動を伝えるべく、作品を福岡に集めました。本展のコミッションワーク《桜を放つ女性》も必見です。女性のエンパワーメントが主題となっていますが、同時に日本の近代史および現在と接続する多層的な読解を可能にする作品です。
ショニバレの作品を彩り、また重要な役割を果たしてきた「アフリカンプリント(アフリカ更紗)」には、ヨーロッパが機械製造したインドネシアのバティックの模倣品が西アフリカに輸出され、現地に根付いたという歴史があります。ショニバレは、固定観念を撹乱するハイブリッドな存在としてこの布を用いているのです。ポストコロニアリズムやフェミニズムの思想を参照しながら、人種、階級、ジェンダー、経済の問題に、美とユーモアをもって鮮やかに切り込んでゆくショニバレの作品世界をぜひ体験してください。(正路)
──最後に、これからの福岡市美術館の活動や、さらなる美術館の楽しみ方をお聞かせください。
じつは、休館前の最後の常設展示のタイトルも「これがわたしたちのコレクション」でした。「福岡市美術館の強み」は、やはり「コレクション」だと思いを固めたからです。リニューアルオープン記念展も同じタイトルですが、クロージングの時とは、想いの置きどころが変わりました。美術館の、というより「福岡市民のコレクションであり、見に来てくださるあなたのコレクションです」と伝えたい。特に、これまで美術館にあまり足を運ばれていなかった方々に、展示やエデュケーションプログラム、広報などによりいっそうの工夫をして、このメッセージを届けたいと思います。
福岡市美術館のコレクションの多くは自主企画展をきっかけに蓄積されてきました。そのコレクションがさらに新たな展覧会の着想を生みます。「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」展は、その一例です。これからも、当館ならではの企画展にチャレンジしていきますので、ご期待ください。(岩永)
福岡市美術館リニューアルオープン記念展
「これがわたしたちのコレクション+インカ・ショニバレCBE: Flower Power」
会期:2019年3月21日(木)〜5月26日(日)
会場:福岡市美術館
福岡県福岡市中央区大濠公園1-6/Tel. 092-714-6051
休館日:毎週月曜日(ただし、4月29日と5月6日は開館し5月7日[火]休館)
観覧料:一般1,500円(1,300円)、シルバー1,000円(800円)、高大生1,000円(800円)