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子どもの頃の記憶がよみがえるような展覧会──
松本力「記しを憶う」—東京都写真美術館コレクションを中心に

松本力(絵かき、映像・アニメーション作家)/田村麗恵(東京都美術館学芸員)

2019年12月15日号

絵かき、映像・アニメーション作家の松本力の個展「『記しを憶う』—東京都写真美術館コレクションを中心に」が東京都美術館で開催されている。本展は同時開催の上野アーティストプロジェクト2019「子どもへのまなざし」展との連動企画として、東京都写真美術館の所蔵作品を、新たなインスタレーションとともに見せるという試みだ。展覧会の見どころや作品の解釈について、松本さんと同展担当学芸員の田村麗恵さんにお話しいただいた。(artscape編集部)

見晴らし台に登って作品を見ることができる




──今回の展覧会では、過去の作品に新しいインスタレーションを組み合わせて展示するという試みをされていますね。

松本:東京都写真美術館のコレクションのなかから今回の展覧会のために選んでいただいた作品は、2011年に参加した横浜市民ギャラリーあざみ野のグループ展「あざみ野コンテンポラリーvol.1 イメージの手ざわり展」で6面の映像インスタレーションとして展示したことがあります。あざみ野での展示は、椅子などを積み上げて高台としての通路を作ったのですが、今回のインスタレーションでもあざみ野のときの考えを踏襲しようと思いました。

あざみ野のインスタレーションを再現するなかで新しいことをしているとも言えるし、そのときの考え方をそのまま保持しているとも言えます。

東京都美術館の展示室は部屋の中央を囲むように4つの柱があります。その中央に四方が階段になっている見晴らし台を置いて神殿のようなインスタレーションを作りました。

2014年にメキシコで展覧会やワークショップ、音楽家のVOQさんとのライブをしたのですが、そのときにテオティワカンの階段状のピラミッドがある遺跡にも行きました。テオティワカンの階段状のピラミッドの頂からの眺めも、今回のインスタレーションにつながるモチーフになっています。6面の映像を構成している《山へ》から《オワリ山の一日》へピラミッドの階段に登って見ることで、山の頂から別の山々を眺めるような経験に近づけたらと思います。

田村:松本さんの作品が展示されているギャラリーBは、彫刻や立体表現のための空間です。現在、立体表現はインスタレーションや映像にまで展開しており、松本さんの空間表現としての映像作品は、この会場にふさわしいと思います。ピラミッドの階段に登るインスタレーションは子どもたちに大人気で、頂上の真上にひとつ星が輝いているのも松本さんらしいアイデアだなと思っています。


子どもの頃の記憶がよみがえってくるような展覧会


──この展覧会は「子どもへのまなざし」展との連動企画ですが、松本さんの作品には子どもの視点を感じることができますね。

田村:松本さんは、子どもの頃の記憶を大切にしながら制作しているアーティストです。松本さんの作品を見ると、自分が子どもだった頃や身近にいる子どもたちのことを思い出させてくれます。忘れていた時間が戻ってきたかのような気持ちを味わうことができると思います。

──モチーフに子どもが出てくるのは、自分の子どもの頃の記憶などを投映しているからですか。

松本:じつは、帽子をかぶったチェックのシャツの女の子に初恋の人の面影があります。子どもの頃は、自分の話より、誰が何を話したかなどをよく覚えています。映像表現を選んだのも、作品を見ている人の想像を作品に取り込んで、反射することができるメディアだと思うからです。



松本力「記しを憶う」—東京都写真美術館コレクションを中心に 会場風景[撮影:加藤健 提供:東京都美術館]

「記しを憶う」ことで過去の感情や記憶を取り出す


──「記しを憶う」というタイトルにはどんな意味が込められていますか。

松本:「心の旅」のようなものがあるとしたら、楽しかった、寂しかったという感情を、道標のように置いていっている気がします。旅を続けているとその感情はどんどん置き去りにされていくのですが、道標のように憶うことで、それを忘れないことで、そのことを考えている時間の幅が続いていきます。そういう時間をアニメーションにしているという感覚があります。

「時間の隔たり」があるというのが僕にとって重要で、そのためにドローイングも展示しています。ただアニメーションを作るための資料ということだけではなく、「最初の時間」の絵でもあります。ドローイングと映像の二つを向かい合うように見ることで、最初に描いた設計図としての絵と動画になっていく無数のコマ、つまり感情のあとさきが出合うことになります。

田村:私たちはサインや予感を、目に見えないものとして感じることがあります。松本さんの時間の感覚だと、それは未来の記憶である可能性もあります。「記しを憶う」は、見えないけれどもちゃんとそこに残っている過去の記憶の取り出し方という意味もあります。



松本力「記しを憶う」—東京都写真美術館コレクションを中心に 会場風景[提供:東京都美術館]

音楽があることで、全身で作品の世界を感じ取れる


──会期中に映像と音楽によるライブパフォーマンスやワークショップなどのイベントを頻繁に行ないますね。

松本:展示だけじゃなく、ライブやワークショップなどのイベントも行なって、より視点を広げていくということ、展覧会を活かしていくことを最後までやりたいと田村さんとも話し合いました。このような好機をいただいて、会場の規模が大きくなるほど、そういう観点を通さなくてはいけないんじゃないかと強く感じています。

田村:音楽があることで、作品の世界観が身体的にも浸透する感覚が強くなり、来場者の皆さんに喜ばれています。松本さんの作品に楽曲提供も行なっている音楽家のVOQさんと松本さんによるライブは、インスタレーションのある展示室内で行なうので、映像と音楽の関係性を対峙させる、ワクワクする体験を試みています。



展覧会場で、作品の前に立つ松本力氏[撮影:artscape編集部]

会期中にワークショップで作った作品が展示される


──今後の予定や、展望などはありますか。

松本:80分間の映画のような長編を考えていますが、制作がまだ続いています。それが完成したら、いろいろな地域や国を旅しながら上映するアーティスト個人の活動ができたらいいなと思っています。映像のために描いた絵は、ギャラリーや美術館で展示できるかもしれません。

田村:12月7日に行なったワークショップの完成映像作品が、会期中に展覧会場で展示されます。「自分が描いた作品もあるよ」と、冬休みに家族や友人といっしょに何度でも展覧会を見に来ていただきたいです。



松本力「記しを憶う」-東京都写真美術館コレクションを中心に

会期:2019年11月16日(土)~2020年1月5日(日)
会場:東京都美術館 ギャラリーB(東京都台東区上野公園8-36)
開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
 ※金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
休室日:2019年12月16日(月)、12月26日(木)~2020年1月3日(金)
観覧料:無料
ウェブサイト:https://www.tobikan.jp/exhibition/2019_collection.html

ライブパフォーマンス「SAYONARA 虹の中で」
日時:2020年1月4日(土)16:00~17:00
出演:VOQ(音楽家)、松本力(本展出品作家)
会場:東京都美術館 ギャラリーB
*参加無料。参加申込不要。直接、会場にお集まりください。

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