2020年07月01日号
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キュレーターズノート

河原町文化大爆発「かわぞう城下町へ行く」/第2回 町屋アートホーム in 新町

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2011年10月15日号

 2011年の夏は、熊本という一地方都市のアートの状況において、小さいけれども確実な変化が生まれたことが、その暑さとともに記憶されるのではないか、そんな気がしてならない。これまで本連載では、さまざまな九州のアートシーンを紹介してきた。しかし、今回は思い切り熊本に焦点を絞らせていただいて、その状況を書いてみることにしたい。

 やはり今年の変化は、長年熊本で活動を続けてきた「河原町アートの日」が、大きな1歩を踏み出したことにある。今年は、通常月1回開催されている「アートの日」や、企業やアート団体、美術館などが賞を出す「河原町アワード」に加えて、7月〜9月の3カ月にわたり、多くのイベントやワークショップを行なった。7月は、地元の小学生が熊本大学の学生と一緒に地域の歴史を題材にして劇に仕立てた《城下町物語》の公演のほか、街なかでジャズや大道芸といったパフォーミング・アーツのイベントを手がけるストリートアートプレックスとのコラボ、8月に隣接する新町・古町地域の街づくりメンバーとの対談、大巻伸嗣のレクチャーやモニュメントづくりのワークショップ、熊本市現代美術館との共催によるトーチカのPiKA PiKA撮影などである。


2011年8月に行なわれたワークショップ「PIKA PIKA IN KUMAMOTO」

 河原町がこれほどまでに〈張り切った〉理由は、アサヒ・アート・フェスティバル(AAF)へ初参加したことにある。実施7年目にして初AAFという遅いスタートで、なにをいまさらと思われる向きもあるかもしれない。だが、河原町がこんなにも多くの団体と関わっていこうと考えたのは、より多くの人々にその活動を知ってもらいたい、また、自分たちの活動の意味を問い直したいという思いからである。地域のなかでアートを展開していくことには多くの困難がともなう。古い繊維問屋街の空きスペースにギャラリーや事務所、カフェ、ショップなどが並ぶ河原町は、地縁や血縁といったものとは別の、若い人やアーティストによる新しいコミュニティや人の流れを作り出している。しかし、グッズやデザイン関連の作品のレベルは高い反面、アート作品が弱いことや、全国的な認知度はあがってきたが、地元や近隣のコミュニティの人々から知られていないなどの問題、もちろん基本的に自発的な活動とはいえ、中心となるスタッフの疲労や将来的にどう運営していくのかといった問題は山積しており、それらを突破していくための糸口として、AAFへチャレンジしたということが本音である。
 結果的には、これまで良くも悪くも文化を自分たちで「地産地消」していたが、外部へ出て行きさまざまな団体と交流することで、自分たちを外から見る〈目〉が養われ、そのレベルや実力を知ることができたことや、コミュニティと関わるアートプロジェクトとして、摩擦をおそれず、新たなチャレンジをしていく力を得たことが大きかったのではないだろうか。

 それらのなかで、もっとも大きな事業が、幸山政史熊本市長と加藤種男アサヒビール芸術文化財団事務局長の対談イベントであったと言えるだろう。残暑厳しいなか、明治期から続く木造の早川倉庫で行なわれた対談は、河原町が関わりを持つ熊本のさまざまな文化団体や、地域の人々が多数来場し、たいへん熱気あふれる内容となった。そのなかで印象的だったのが、加藤氏の「河原町や美術館が街のハブになっていく」という言葉である。熊本の文化団体は、「肥後もっこす」の言葉で知られるように、それぞれ自己主張や個性が強く、なかなかまとまりにくいのが通例であったし、いわゆる文化人、文化リーダーとよばれる方々も揃って高齢化し、世代交代を進めていかなければならないという実情もある。そのなかで、九州新幹線が開業し、熊本市も政令指定都市を目指す状況になったときに、ようやく皆が互いの顔を見合わせて、力を出し合う場面が生まれてきたのではないか。
 個人的に興味深かったのは、この日に集まった観衆から「行政にこうして欲しい」という要望が出なかったことだ。もちろん「アーティストが食えない」とか「発表の場が少ない」というようななかば宿命的な問題は出されたが、総じて「こういう熊本にしたい」という前向きな意見が多かった。自分たちが街の文化の当事者であり、ないことを誰かのせいにするのではなく、ないなら自分たちでつくろう、やっていこうという意識がそこにはあった。市長が対談に登壇したのも、そういう盛り上がりを感じとられたからであろう。これらの「市民力」や「文化力」をうまく活かすかたちで、ハブとなるグループがうまく街の力を繋げていき、行政が大きなヴィジョンを持って、それらをサポートしていくことができれば、熊本が文化創造都市を目指すことも夢ではないと感じた。


左=加藤種男アサヒビール芸術文化財団事務局長と幸山政史熊本市長
右=会場風景
ともに提供=河原町文化環境研究所

河原町文化大爆発「かわぞう城下町へ行く」

会場:熊本県熊本市河原町2河原町問屋街通路
会期:2011年7月10日(日)〜2011年9月11日(日)

学芸員レポート

 もうひとつ、書いておきたいのが、河原町の隣接地区の新町で行なわれた「町屋アートホーム」というイベントである。これは漫画『るろうに剣心』のモデルとなった同町出身の〈幕末四大人斬り〉河上彦斎の物語を地元アーティストが屏風絵にして古い町屋に飾り、同時にそれをテーマとした演劇「新町嗚呼斗芝居『赤き心に花や咲くらん』」を上演したものである。新町青年会「新風連」が企画する同イベントでは、同町に移り住んだ画家・櫻井栄一が、熊本の実力派である劇団きららの池田美樹と脚本化し、福岡・熊本の劇団員と地元の人々で舞台化した★1
 当日は、涼しい秋風の吹き始めた宵闇のなか、同町にある藤崎八幡宮の御旅所の舞台に、ぐるりとにぎやかな紅白幕が張り巡らされ、祭りの夜市のような活気であふれた。色とりどりの衣装に身を包んだ役者と地元の〈素人役者〉たちが、殺陣あり笑いありの熱演を繰り広げると、ゴザ敷きの客席に詰めかけた人々の拍手や歓声が夜空に響く。ふと、熊本の生人形や造り物の伝統も、もとはこういった祭りの出し物として、人々が素朴にものをつくる歓びのなかでかたちづくられていったものなのではないかと、そういった見えない血脈を感じさせる、あたたかな空気が満ちていた。
 しかし、この河原町や新町に限らず、地方のアート状況を見渡したときに、例えば、このartscapeの原稿を書くときでもいい、どの作家や展覧会を選ぶか、それは、ある一定の水準を確保しているか、それがはたして書くべきことなのか、地方都市の学芸員ならば、つねに悩み続ける問題である。コミュニティ・アートとしての成果はあがっていても、作品単体としての力がどうしても弱いという問題もある。やはり作品としてのレベルアップは、イベントの成熟や継続性にも関わってくる重要な課題だ。
 もちろん、文化はさまざまなレイヤーの上にあり、その重なりがひとつに統合されることは不可能だ。そこで、大切なのは、それらのレイヤーを自然に往き来できるような回路を作り出すことであり、そのハブを通じて、人の繋がりや流れを生んでいくことである。事実、熊本でハイコンテクストなアートの文脈に触れることのできる機会が増えてきた。手前味噌ながら、当館で開催中の「小谷元彦──幽体の知覚」や、主宰の岡田利規の移住がきっかけとなり、12月に熊本の早川倉庫での初公演が実現するチェルフィッチュの「三月の5日間」など、熊本に居ながらにして、高度に洗練されたアートに触れることができる。逆に言えば、これらのハイコンテクストなアートと、優れたコミュニティ・アートが同居しはじめた熊本は、非常に可能性のある街なのではないか。
 2012年は熊本市現代美術館も開館10周年を迎える。この10年で美術館が街とのあいだでなにをすることができたか、あらためてそこで問い直してみる機会になれば幸いである。

★1──熊本は、アート以上にパフォーミング・アーツも着実な力を持っており、以前とりあげた『オヤジとマキの八千代座組曲』や、『上通物語』など、地域のコミュニティを巻き込んだかたちでの、コンテンポラリーダンスや演劇で大きな成果を残している。

第2回 町屋アートホーム in 新町

会場:まるそー、かね屋、はなちょう、新町三畳美術館、兵庫屋、宮本亭ほか
会期:2011年9月30日(金)〜2011年10月2日(日)

小谷元彦──幽体の知覚

会場:熊本市現代美術館
熊本市上通町2-3/Tel. 096-278-7500
会期:2011年9月17日(土)〜2011年11月27日(日)

チェルフィッチュ『三月の5日間』

会場:早川倉庫
熊本県熊本市万町2-4
会期:2011年12月9日(金)〜2011年12月10日(土)

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