2021年04月15日号
次回5月17日更新予定

キュレーターズノート

今和次郎 採集講義、青森県立美術館コレクション展

工藤健志(青森県立美術館)

2012年01月15日号

 2006年7月13日にオープンした青森県立美術館は、2011年に開館5周年の節目を迎えた。が、くだんの大震災により、5周年記念展の第1弾として1月22日からはじまった「芸術の青森」展は会期半ばで打ち切り、続く4月23日から予定していた第2弾の「青木淳×杉戸洋──はっぱとはらっぱ」も中止となってしまったが、第3弾の「光を描く印象派展──美術館が解いた謎」(2011年7月9日〜10月10日)はなんとか開催にこぎつけ、観覧者も約10万人を集めるなど盛況のうちに終了、5年の歩みにひとつの区切りをつけることができた。

 なにが起ころうと、どんな状況が続こうと月日は淡々と流れていき、そんな激動の2011年もあっという間に過ぎ去ってしまった。震災、そして原発事故からしばらくは、1年先のことなどまったく想像することもできなかったのに。しかし、年が改まったからと言ってすべてがリセットされるわけもなく、僕らは当面のあいだ「2011年」をつねに意識させられながら暮らしていくことになるのだろう。ある意味「時間の節目」とは便利なもので、それをどうとらえるかによって人や社会の意識、態度はいかようにでも変化する。たとえそれが忌まわしい「負」の記憶であったとしても、目を背けるのではなく、真摯に受け止めぬ限り、そのマイナスはさまざまに連鎖しながら影響を与え続けていく。青森県立美術館の活動も6年目に入ったが、5年間の経験の良い部分を発展・継承していくのは当然として、開館時のドタバタからそのまま手をつけることなくズルズルと進んできてしまった部分についても、ただ表面的に修正するだけなく、なぜそうなってしまったのか、その要因と課題をきちんと分析したうえで手直しをはかっていきたいと考えている。
 その意味で、開館6年目のスタートとして「今和次郎 採集講義」(10月29日〜12月11日)を開催できたことは大きな意味があったように思う。関東大震災による都市の崩壊と再生を目の当たりにして、日々変化していく街の様子や人々の生活を採集、分析する「考現学」という学問を生みだした今和次郎の、出身地かつ東北での初の大規模回顧展。大震災以降の日本がどうあるべきか、そしてわれわれはどう生きるべきかを思考するための「フック」がこの展覧会には無数にあった。明確な「答え」ではなく、「ヒント」の提示という点において、「考える」ことよりも「わかりやすさ」、そして「表層的な刺激」が好まれるいまの日本では集客面での苦戦も予想されたし、実際「大入り」とはいかなかったものの、それでもあえて6年目のスタートに本展を据えたことで、むしろ青森県立美術館の使命と存在意義は存分に示し得たのではないかと考えている。
 企画担当は当館の板倉容子学芸員とパナソニック 汐留ミュージアムの大村理恵子学芸員。和次郎の代名詞ともなっている考現学の紹介は全体のごく一部で、和次郎の出発点となった民家調査・民家研究から、関東大震災を機に開始されたバラック調査と「バラック装飾社」に関する資料、そして建築家・デザイナーとしての仕事、さらには日常生活を考察する「生活学」「服装研究」といった戦後に和次郎が開拓した新しい学問領域や、大学での講義や著作による人間の暮らしについての教育普及活動まで、和次郎の多岐にわたる仕事を総合的に紹介しつつ、そこから和次郎の一貫した主張を浮かび上がらせていた点が見事であった。曰く、人間は等しく幸福であらねばならない。和次郎の活動は、人間とその暮らしへの尽きることのない興味と関心にもとづく、豊かで幸せな生活のあり方の探求であり、それこそが真の創造行為、芸術であるという揺るぎない信念の表明でもあった。多彩な活動はすべてその実践と問いかけのヴァリアントに他ならない。本展がこれまであまり紹介される機会のなかったドローイングや原稿に触れることのできる貴重な機会であることは言うまでもないが、住居、服飾、生活様式から慣習、流行、合理まで踏まえ、さまざまな手段で人々の暮らしのあり方を、いまを生きる人々とともに創造しようとした和次郎の態度からは、すべての人間それぞれの個性、意識や行動様式をどこまでも尊び、賛美する確固たる意思が読み取れよう。かつて、バラック装飾社の活動を批判したモダニズム建築家に対して、彼らの仕事を「才能あり努力を積んだ芸術家のみの至り得べき聖地としての抽象美普遍美」と一蹴し、「装飾とはかかる透明な働きの美の仕事のみに居るものに非ず、人生や、世相などを含んだリズミカルな表現を空間に於いてやる仕事でもある」と反論した和次郎の意思は晩年に至るまでぶれることはなかったのだ。その意味で、和次郎は時代を先取りしたポストモダニストであり、真の意味でのコミュニストだったと言えるかも知れない。
 考えてみれば、和次郎の方法論を継承した「日本生活学会」が1972年、「現代風俗研究会」は1976年という高度成長の終焉と経済の停滞期に結成され、「路上観察学会」も1986年というバブルへと突き進む騒乱期に組織化されるなど、社会や価値の大きな転換期に、それらを問い直す考現学的試みが活発になっているという点はじつに興味深い。まさに混迷と低迷が続き、社会や他者を批判しなければ自己を保てないいまの日本、さらに震災と原発事故が追い打ちをかけ混迷の度合を増すいまの時代だからこそ和次郎の視点は強く意味を帯びてくるし、さらに「現代」を問い直すという点において、本展はまぎれもなく「現代美術展」であったと言えるだろう。
 なお、本展はパナソニック 汐留ミュージアムに、2012年1月14日〜3月25日の会期で巡回することも申し添えておく。


「今和次郎 採集講義」展、会場風景(青森県立美術館)

今和次郎 採集講義

会期:2011年10月29日(土)〜12月11日(日)
会場:青森県立美術館
青森県青森市安田字近野185/Tel. 017-783-3000

会期:2012年1月14日(土)〜3月25日(日)
会場:パナソニック 汐留ミュージアム
東京都港区東新橋1-5-1/Tel. 03-5777-8600

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