キュレーターズノート
山田健二「別府地熱学消化器美術館」/ベップ・アート・マンス 2011
坂本顕子(熊本市現代美術館)
2012年01月15日号
昨年末は別府に三度も通ってしまった。もし、別府へ行くことがあれば、博多と別府を結ぶJR九州のソニックという特急列車を使うことをお勧めする。北九州の工場群を抜けると、田園風景のなかの小さな美しい川をいくつも越える。そして、再び海が見える頃にはいよいよ別府だ。車内の客のおしゃべりのトーンがいつも少しだけ上がるのが楽しい。
三度通ったうちのひとつは、BEPPU ART AWARD 2011 グランプリ受賞展:山田健二「別府地熱学消化器美術館」を見るためだった。BEPPU ART AWARDとは、BEPPU PROJECTが主催する40歳未満のアーティストを対象とした公募展である★1。九州でも、例えば青木繁記念大賞西日本美術展や田川市美術館の英展、大分アジア彫刻展などをはじめとするさまざまな公募展が行なわれてきたが、従来の絵画・彫刻というジャンルの限定なく、意欲的な表現に対して門戸を開き、作品プランの提示から実際の展示として具体化するまでのプロセスを作家とともに行なっているという点で画期的である。同グランプリ受賞の山田健二の作品は、このアワードの開催趣旨の核心をそのまま突くような鋭さと驚きに満ちたものであった。
別府の市街地の地底には、無数のトンネルがはりめぐらされている──いわば「都市伝説」として地元の人々のあいだで語られていた噂を、山田は実際に突き止め、それを作品化した。トンネルは市街地西側の山手から、別府港のある東側に向けてつながっており、セメントで内部をがっちりと固められているが、建築物の基礎や崩落などもあり、そのすべては解明できていない。戦後、進駐軍がつくったとも言われていたが、決定的な証拠はないのが事実である。
そのトンネルに入り一番に感じたのは、明かりもなにもない暗闇であり、その内にたたえられている温泉由来の熱気だったという。まるでなにものかの胎内にいるかのような蒸し暑さ、生けるものさえも溶かしてしまいそうなそのトンネルの印象が、そのままタイトルの「消化器」に反映されている。そして山田は、別府特産の湯の花の原料である青粘土で、古墳の壁画を思わせる文様や絵をトンネル内に描き、美術館に見立てたのだ。実際の展示が行なわれたplatform02では、トンネル内部の映像が投影され、観客はマウスで操作してその内部や全体像を見ることができる。また、その内壁を模したごつごつとしたオブジェが置かれ、現場で採取されたリアルな音も流されていた。
そのアーティストとしての嗅覚、手腕は見事というほかない。ただ、ジャーナリズムではなくアートの観客として「消化不良」がひとつ二つ残るとすれば、山田本人を魅了しそのタイトルにも据えられたトンネルの持つ熱、そして内壁のもつ異様な存在感を、私たちは最終的に新たな皮膚感覚として体感できなかったということであり、その得体のしれない「臓器としての近代」を胎の中に抱えたまま生きる私たち人間の歴史や相貌というものが、より具体的な輪郭をもって描写されれば、さらに多くの人々の共感を得るのではないかと感じた。例えば、台湾を代表するアーティストの陳界仁が、台北市街に残る廃墟を舞台に新たな映像作品を撮り、その近代の裂け目から人間の歴史を再び編み直していったように。
しかし、このトンネルの存在自体が、多くの近代が残した病と根を同じく、法や所有権、安全面の問題からも明快に語ることが難しいものだけに、一時に多くのことを期待するのは、性急すぎるのかもしれない。ぜひ今後に注目してみたいと思わせる作家であったし、なによりこの九州のこれまで60年ものあいだ、誰も触れることのなかった歴史に、手探りで分け入りながら自力でひとつの作品として立ち上げていったという軌跡に、新鮮な驚きと興奮を感じられずにはいられなかった。