2022年07月01日号
次回7月15日更新予定

キュレーターズノート

志賀理江子──螺旋海岸

住友文彦(キュレーター)

2013年01月15日号

 ひとりの作家が表現を生み出し、それを作品や展覧会と呼ぶときに、いつも器である会場や施設との関わりを考えてしまうのは、学芸員の悪しき習性なのかもしれない。そのことはお構いなしに、表現したいことをかたちにすることはできる。どんな芸術の歴史的な文脈や、批評の問題系よりも、表現を届けたい具体的な相手が居ることで器の問題を後回しにできる。いわば表現をするうえで原初的な関係性が保持されていればいいわけである。

 2008年から仙台市に隣接する名取市の海岸に近い北釜と呼ばれる地域に移り住んだ志賀理江子の個展には、津波と震災による甚大な被害を受けた隣人へ差し向けられたものという側面もあると思う。「地域の専属カメラマン」と自らを呼んで祭りや運動会などの記録を行ない、そこで生活する人たちの個人史に耳を傾けるフィールドワークのような作業を継続してきた。そうすることで、志賀は隣人たちの生を自分のなかに注ぎ込むような時間を過ごしてきた。それは研究者のように一定の距離をおくものではなく、それぞれが単一なものである地域の日常とそこの人たちの個別の生を呼び起こすことで身体化し、それらの被写体を作品として演出するうえで不可欠な作業として誰に頼まれるわけでもなく着手し、ずっと継続させてきた。
 そのつながりは、2011年3月11日に土地と住処が破壊されても分断されることはなかった。エレベーターを上がるとすぐに広がる展覧会の会場では、被災前と後の写真が混在しながら螺旋状にぎっしりと展示空間を埋め尽くしていた。均一な高さではないが、人の身長ほどもあるようなベニヤ板を立て、そこに大きく一枚ずつ写真が留められている。そのラフな展示方法と同時に、写真は下の隅は留められず、紙が縒れたりすることで写真がイメージそのものではなく物質的なものであることを強く印象づける。そこには津波で流された写真を洗浄し、持ち主や遺族が見つけられるように集めて返却する作業を行なった経験が色濃く反映されているとも思われる。それは見る者にも、例えデジタル化され容易に交換が可能になったとしても、写真は物質のようにして忘れ去られ、消え去られる対象であることを強く印象づけるものだった。そして、それゆえに写されているものを注視する私たちの知覚や生にも限りがあるのだということを想起させる。
 それぞれの飛翔するような創造力が漲る写真についても、彼女の作品を知る人なら繰り返し述べるまでもない充実したものだった。海岸を集団で掘るような人たちのイメージが多くあったのがとくに眼についた。何かを強く暗示させることで、作り上げたイメージを固定化させず自由に動きを与えるような演出の力は圧倒的であった。それにしても、そうした飛翔力を写真集にではなく、空間的な展示として結実させたことが、まずとても印象的だった。写真作品の展示は結局写真集で眺めるのが一番いいと思われることがほとんどだが、空間を動き回る展示プランとして、自らの感性を活かしきるのはおそらく容易なことではない。彼女と仕事をしてきた際に、折に触れ聞いてきた展示についての未成熟だったアイディアがようやく実現できたのは本当に嬉しいことだった。
 それはけっして展覧会を仮設壁で区切って構成することでも、あるいは「せんだいメディアテーク」の特徴的な建築デザインを活かすことでもなかった。あらかじめ、夕方以降の時間での鑑賞を彼女は筆者に勧めた。それは、すべてを消費可能な等価交換の場にしてしまうガラス面の効果が減じる時間だった。ポストモダン建築の代表作のような名古屋市美術館で、光を効果的に使いながら、移動壁を使わず空間を広く感じさせて、展示を成立させていた青木野枝にも同じようなものを感じる。それは、美術や建築という領域を成立させている何かを参照するのではなく、創られたものにもっと必要不可欠な展示方法が前景化されているような清々しさのようにも思えた。
 もちろん志賀理江子は、美術の、とりわけ写真の批評言語に無頓着なわけではなく、むしろ今回は積極的に関わり合いながら自分の表現を分節化しているようにもみえた。それは少し意外な気がしたくらいなのだが、「考えるテーブル」という展覧会に先駆けて行なわれた連続トークイベントによってその作業は一層深められたのだろう。これは彼女の新しい局面としてとても気になる。そこでは、これらの作品はますます北釜の人たちへ返すものではなくなっていくだろう。いったん作品として提示されたものは、北釜の人たち以外の多くの人へ届けられることになる。おそらく彼女は、この会期中にもすでにその多様な眼差しを受け止めることによって、少しずつ自分が作り出していく作品の新しい意味や関係性を発見していくのではないだろうか。


志賀理江子──螺旋海岸、展示風景
撮影=志賀理江子
提供=せんだいメディアテーク

志賀理江子──螺旋海岸

会期:2012年11月7日(水)〜2013年1月14日(月)
会場:せんだいメディアテーク6階 ギャラリー4200
仙台市青葉区春日町2-1/Tel. 022-713-3171

学芸員レポート

 年末にしかできない資料の整理は、いつも貴重な時間だと感じる。前の美術館を辞めてから郵送物の宛先を自宅にしているので、なんでもない住宅地のなかに郵便局や宅配の配達員の方が日に何度も来てくれるときがある。眼を通せなかった資料や案内をゆっくり見るときに、失礼を心のなかで詫びることもあれば、いつ実現するかわからない展覧会や原稿等の参考になるように分類をしておくこともある。前橋のプレ・イベントで実施しているアートスクールで、とくに「エフェメラ」と言われる資料の分類や活用について話し合ったときにも、チラシやパンフレットなどの資料が潜在的に持っている可能性に否応無しに惹き付けられてしまうことに気付く。美術館以外にフットワークの軽い小規模組織の活動が増加しているので、そこに魅力的なものを見出すことも少なくない。日々の注意や関心の矛先から逃れていくようななにかがじつは膨大にあって、それゆえに自分が知っているものはほんのわずかでしかないという不能感をおぼえ、未達成の仕事の多さを確認するような時間である。
 そうした整理する資料のなかで、今年は毎年続けてきた非常勤講師の仕事がなくなるので、これを機会にこれまでの講義やゼミの資料を整理してみることにした。決まった日時を必ず授業に割くのは現場を抱えながらでは困難なうえ、学生の関心に十分に応える準備もできず、今年についてはまったく無理だろうと思う。異なる世代の問題意識を直接的に感じられるのは本当に貴重で、たっぷり対話ができるような環境であれば十分に有意義なのだが、それをうまく両立させるにはふたつの現場の管理側の認識が寄り添わないと無理な気がいつもしている。しかし、いつもそのときに現場で抱えていた、もしかしたら答えがないかもしれないことを授業に持ち込んでは考える機会にできた経験からすると、ふたつの行き来は有効に機能するはずだと思う。
 また、中島理壽さんが監修して編まれたデータベース「日本の美術展覧会記録1945-2005」(国立新美術館)にも、時間をかけてみることができなかったのであらためてアクセスしてみた。特定の調べものがあったわけではない。しかし、この情報を見ているだけでこの国の主要な美術館がどういう展覧会を実施してきたかを概観できるような長大な仕事である。どこにも一元的に蓄積されてこなかった情報だが、時間をかけて情報を確認し、しかも惜しげもなくインターネット上で私たちが利用できるようにしてくれているのはじつにありがたい。
 こうして眺めてみると、印象に残る展覧会の数々が眼につく一方で、それぞれの館が独自の特徴を打ち出していると言えるのはごくわずかでしかないように感じる。総花的に年間プログラムを組むことに配慮していることや、地域のアマチュア作家を取り上げる展覧会や欧米の近代美術を取り上げるマスメディアによる巡回展がどこにも同じような美術館を増殖させていることがよくわかる。新しい価値をつくりだそうとする果敢な試みもあるが、それぞれの施設としての特徴は見えづらい気がする。
 このことは、いま準備している前橋の新しい美術館の事業について考えるうえで、いろいろと考える材料を与えてくれる。今年10月の開館のときにはこの地域の美術や文化を知ってもらうような展覧会を実施する予定である。ローカルな歴史や文化が美術表現によってかたちを与えられ、それが地域を超えて交換できるようなものになることを期待している。「アーツ前橋」と正式に名称が決まり、つい先日行なわれた施設内覧会で建物がお披露目された。最大の特徴は、公園等の非日常空間のなかにあるのではなく、街と直結するような立地である。ここを訪れる人は、あらかじめ特別な場所に行くつもりで展覧会を見るのではなく、会社や買い物や食事に行くのと同じように日常生活の延長で美術表現の数々を見る特別な体験をしてもらうようになってほしい。
 これは前橋市の中心部にあった百貨店のリノベーションなので当然である。既存の基礎等をそのまま活かすことで工事費は大幅に抑えている。また、建築家の欲望を具現化したようなデザインもない。元の建物の構造や記憶と、展開される予定のプログラムとの綿密な対話によって生み出されたデザインである。柱と梁が多い経済効率優先で作られた店舗空間を、豊かな個性溢れる空間の連続に変え、かつバックヤードとスタジオ、展示室を直結させて制作に有利な環境も確保することができている。特別な材料も極力控えているので権威的な場所ではなく、自分たちが主人公であると来場者が感じ取れるような空間デザインになっている。成長型経済を脱していくこれからの、新しい公共文化施設デザインの試みと言えるのではないだろうか。


アーツ前橋、外観


同、エントランス


同、通路


同、展示室
提供(アーツ前橋の写真すべて)=水谷建築設計事務所

アーツ前橋

前橋市千代田町5丁目1番16号/Tel. 027-230-1144
URL=http://artsmaebashi.jp/

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