キュレーターズノート
アッセンブリッジ ・ナゴヤ2018──UCO最後の3日間
吉田有里(MAT, Nagoyaプログラムディレクター)
2019年01月15日号
前回の続編として、「アッセンブリッジ ・ナゴヤ2018」について取り上げたいと思う。2018年10月6日(土)〜12月2日(日)の間、美術部門では「移ろう地図、侵食する風景」と題し、碓井ゆい、山本高之、L PACK.の3組のアーティストが参加。各作家とも、プロジェクトとして新作の制作をスタートしており、今回はこれまで展開してきたシリーズを紹介する展示を行なった。
前回「街の変わりゆく景色をどのように残すべきか」(artscape 2018年09月15日号)
港まちポットラックビルでの展示
碓井ゆいは、歴史、社会や政治、人々の生活にまつわる出来事や諸問題を題材に、刺繍、キルトなどの手仕事の手法を用いて制作した3シリーズの作品を展示した。現在、碓井は2019年度のアッセンブリッジ ・ナゴヤで発表予定の新作の制作のため、名古屋港エリアで港湾労働を支えた女性と仕事について、さまざまな世代にインタビューし、文献を集めて調査を進めている。
山本高之は、1988年の名古屋オリンピック誘致活動(ソウルオリンピックとして開催)をきっかけに、インターネットの登場以前にオリンピックや万博などの大規模なイベントが都市に及ぼした影響について、インタビューやフィールドワークをしながら調査を行なっている。今回の展示では、オリンピックシリーズとして、ロンドン、ソウル滞在中に制作した2つの映像作品と名古屋オリンピックの資料を展示した。山本は、リサーチワークショップという方法で、有志の参加者ととも新作に向けて始動している。
2015年度よりプロジェクトとして継続的に参加しているL PACK.は、《UCOのための設計──8枚切りのアーカイブ──》として、10月末で取り壊された「UCO」にまつわるアーカイブを発表した。「8枚切り」とは、UCOで提供しているホットサンドイッチに使う食パンのことで、実物の食パンを採寸して、比率をそのまま拡大した木枠の構造体の中にUCOにまつわるさまざまなモノやコトが時系列順に収蔵されている。
プラモデルのように、枠の中で陳列されたモノは、実際にUCOで使用していた道具や建築の部材であり、8枚切りのパン(木枠)を重ねて1斤のパンとして移動すれば、そのまま新たな場所で、プラモデルを組み立てるようにUCOを再生できるという構想である。
解説付きの冊子を読むと、それぞれにまつわるストーリーがさまざまな視点で書かれている。また、UCOで日々の出来事を綴った日記などの展示物からも場所と連動した記憶を再生できるような仕掛けとなっている。展示終了後には、すべての建築部材、素材、道具が新たな場所の再生に向けて保管することになった。
地域美学スタディ「UCOラウンドテーブル」
10月6日に小山田徹(アーティスト)、篠原雅武(京都大学非常勤講師/哲学・公共空間論・環境思想)とともに「場所をつくること/継続すること」、翌7日には、佐藤知久(京都市立芸術大学准教授/文化人類学)、矢口克信(現代美術家)とともに「残すこと/記録すること」をテーマに、トークイベントを行なった。特に印象深かったのは、小山田が、80年代後半から京都でダムタイプのメンバーを中心に、アートと社会が接点を持つような「アートスケープ」や「ウィークエンドカフェ」などの「場」をつくり運営してきた実践と、矢口がアートプロジェクトの展示場所として出会った空き家で、会期後もその場を引き継ぎ、建物を解体しながらも新たな場として展開する「ワシントン」の活動である。二つは地域も手法も年代も異なっているのだが、アーティストが場を立ち上げて、育て、地域や社会にどのような変化をもたらしたかを、自身の言葉で聞くことのできる貴重な時間であった。篠原の公共空間における考察や、佐藤の記録をどのような形で残していくべきかの見解についても非常に興味深いテーマであった。地域美学スタディについては、近いうちに記録を公開していきたいと計画している。
UCO最後の3日間
最後の3日間は、この数年間のこの場所で起きた出来事が集約したような時間であった。
連日、最後の時を惜しむ近所の常連さんがコーヒーを楽しみながら集い、Gofish、折坂悠太、角銅真実によるライブイベント、UCOのロゴデザイナーであるフクナガコウジによるシルクスクリーンのワークショップ、デザイナー川村格夫によるCahp Books Clubのワークショップ、L PACK.によるモーニングイベントなど、さまざまなイベントが行なわれた。
3夜連続で行なったライブでは、この場所の空間的特性、この場所に流れていた時間をそれぞれの解釈で読み解き、演奏をしてくれた。
Gofishは、UCOのリノベーションした吹き抜けをステージに、自身が近年音楽活動と平行して活動している「カレーミーティングクラブ」の本格的なカレーを振る舞い、カフェ機能と多目的スペースを兼ね備えたUCOの特性を生かした「場」をつくった。折坂悠太は、今まで閉ざされていた裏庭の大きな木の下をステージとして演奏した。初めて訪れた場所にもかかわらず、瞬時にその場の空気をつかんで、急遽セットリストを変更。消失して見えなくなるものの存在や儚さを唄った歌詞が、場所と呼応するように響き、凛とした空間と時間を生み出していた。折坂が「初めて来ましたが、この場所は僕にとってもみなさんにとっても重要な場所です」と演奏中に語ったのが印象的だった。角銅真実と横手ありさは、最終日を「UCOの大晦日」とし、映像作家の山城大督が空間構成に入り、路上、裏庭、などの各所にモニターで歌合戦を中継し、その場に居合わせた人同士を自然に結びつけながら、最後日を皆で見守るあたたかな楽しい時間に変えた。
アッセンブリッジ ・ナゴヤでは、まちなかでの既存の場所を活用して、展示や演奏を行なうことを特徴としている。ライブの環境としては、ホールやライブハウスのような音響設備はないのだが、施設における制約がない分、表現者の空間を読み解くアイデアによって演出や表現が自由に変換され、サイトスペシフィックなライブを実現する環境を生み出していた。
もちろん良い結果だけではなく、実際はまちなかでのライブを実行するには、近隣の理解が必須であり、この取り壊しの一件で厳しい意見も含めていろいろな意見をもらうことにもなったのだが、ひとつひとつを実行していくなかで、関係性や理解をより深めることができたと思っている。
ボタンギャラリー 殿様のわらじ展
また、港まちづくり協議会のプロジェクトスペースであり、MAT, Nagoyaが企画運営を行なった「ボタンギャラリー 」では、共同企画者の渡辺英司の発案で「殿様のわらじ」展を開催した。落語の一節にある「殿様が一度も履かなかったワラジ」(つまりは普通のワラジ)に付加価値をつける骨董屋の笑い話から、美術作品や身の回りのモノの価値について考えるといった内容だ。これまでこの場所で展示したアーティストや写真、俳句、書、絵画などを制作する近隣の方々に参加を呼びかけ、約20組が参加し、作品にまつわるエピソードとともに展示し、値段をつけた(実際は販売はしない)。
この港まちでアートプログラムを開始してから3年の間で、最初は互いに存在も知らなかった近隣住人たちが「実は私も日曜画家として絵を描いている」「美大出身でなので50年前の卒業制作を展示したい」など、作品を持参して参加してくれた。 ボタンギャラリーは、無人のウインドーギャラリーであったけれど、窓越しに見える作品に反応したり、楽しんだり、なんだかわからないという感想も含めて、住人に見守られていたことを実感できた。取り壊しという区切りがあったからこそ、改めて、まちのなかでの存在意義や効果を感じ取ることができた。
サウンド・ブリッジ
クラシック音楽と現代美術の分野を横断する「サウンド・ブリッジ」では、表現のジャンルにとらわれず、ダンサー、舞踏家、ミュージシャン、ラッパー、ドラァグクイーンなどが、港まちエリアの公設市場や水辺エリア、UCO、旧・税関港寮などを会場としてパフォーマンスを行なった。そして最終日には、港まちブロック(街区)パーティーを開催。ここでは、DJやミュージシャンによるライブ、港を拠点に10年以上活動を続けている名港サイファーのメンバーによるラップバトルから、港まちの女性会による盆踊りまで、さまざまな人が集う場となった。これまで、港に訪れることのなかった客層を呼び込むことができ、地元の子どもや老人たちが一緒になって楽しんでいる景色が見られたのは爽快だった。毎年、開催しているフェスティバルが、地域内外からの認知度や理解を広げつつ、音楽とアート、ここに集う人、暮らす人のあいだを横断し始めている。
このような大きな反響を得て、今後も新しい取り組みとして、このブロックパーティーは継続していきたいと考えている。
最終日から2ヶ月が経ち、取り壊し工事が施工され、ボタンギャラリー 、UCO、つむぎは瞬く間に更地となった。今後、これらの場所が持っていた役割をこのまちの別の場所に移行する計画を進めていく。まちの風景の変化や移り変わりを、プロジェクトを通じて見つめていきたい。
アッセンブリッジ ・ナゴヤ2018
会期:2018年10月6日(土)〜12月2日(日)(会期中の木曜・金曜・土曜・日曜・祝日)
会場:名古屋港〜築地口エリア一帯