2019年04月15日号
次回5月15日更新予定

キュレーターズノート

熊本市現代美術館「バブルラップ」展

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2019年01月15日号

熊本市現代美術館では、「バブルラップ:『もの派』があって、その後のアートムーブメントはいきなり『スーパーフラット』になっちゃうのだが、その間、つまりバブルの頃って、まだネーミングされてなくて、其処を『バブルラップ』って呼称するといろいろしっくりくると思います。特に陶芸の世界も合体するとわかりやすいので、その辺を村上隆のコレクションを展示したりして考察します。」が昨年末よりスタートしている。本展はアーティスト・村上隆のコレクションを中心に、自身がキュレーションを行なった展示である。

「バブルラップ」展の成り立ち

展覧会場正面入口
中央作品:空山基《Sexy Robot_Walking》(2018)
© Hajime Sorayama, Courtesy of NANZUKA
© 2018 Takashi Murakami / Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Received.

そもそも、展覧会タイトルの「Bubblewrap(バブルラップ)」とは何か。それは、俗に「プチプチ」と呼ばれる梱包用緩衝材のことであり、バブル経済期に起こった日本のアートムーブメントを「まさに陶芸を購入する際に使う、バブルラップのような、なんとも実体のない、いい加減な、しかし、機能的な梱包材をして包んで見れば、敗戦後のアレヤコレヤがまとまるのではないか」★1 という村上の意図のもとに、命名された。

村上はこれまで、自身のコレクションをベースに、2016年に横浜美術館で「村上隆のスーパーフラット・コレクション ─蕭白、魯山人からキーファーまで─」で国内外の現代美術と日本の現代陶芸、2017年には十和田市現代美術館で「村上隆のスーパーフラット現代陶芸考」では28作家約400点の現代陶芸を展示した。今回の熊本では、そこからさらに進化して、バブル経済期の日本のアートムーブメントを「バブルラップ」と初めてネーミングし、日本の現代美術約190点と現代陶芸約1800点、古道具も合わせて総計2000点を通して、日本の美とは何かを検証している。

「バブルラップ」と日本の美意識

村上のステートメントでは、「もの派」「バブル経済と西武セゾングループ」「Superflat」「生活工芸」「坂田の清貧の美」の5つのカテゴリーによって本展は構成されているが、実際の会場内では「もの派」は主に「坂田の清貧の美」のなかに展示されるかたちでの4部構成となっている。それらを順に紹介する。

まず、会場入口には、わたせせいぞう風の「Bubblewrap 1945~today」のネオンサインが設えられ、今季のDiorとのコラボレーションでも話題を呼んだ空山基の《Sexy Robot_Walking》が華やかに来場者を迎える。ここは人気のフォトスポットとなっているが、ふと、その右手を見ると、篠山紀信による《三島由紀夫(1968 東京)》が置かれる。日本国旗を前に刀を携えた褌姿でポーズを決める三島が、平成最後の年にバブル時代を思い出し、浮かれる私たちをじっと見据えている。

この冒頭の「バブルラップ」に相当するゾーンは、村上のステートメントでは「バブル経済と西武セゾングループ」と記されている。荒木経惟の《センチメンタルな旅》を中心に、50〜60年代の読売アンデパンダンの系譜の中西夏之、菊畑茂久馬、三木富雄らの作品を埋め込みながら、森村泰昌、大竹伸朗、川俣正、そして、今回は特に、日比野克彦にスポットが当てられている。日比野は東京藝術大学在学中の1982年に、当時のセゾングループを代表する事業であったパルコ主催の「第3回日本グラフィック展」大賞を受賞し、華々しいデビューを飾ったことはよく知られている。一方、当時の村上は、2浪の末、東京藝大に入って間もないころで、バブル期のアートムーブメントに同期できてはいなかった。この「バブルラップ」ないし「バブル経済と西武セゾングループ」は、村上が学生時代に憧れたアーティストの美術作品をコレクションする意味合いを持ち、自身の制作や活動のモチベーションとしているであろうことは、よく理解できる。

その一方で、当時の日本は世界トップクラスの経済状況にあったにもかかわらず、その時期に支持されたアートが、日比野克彦に代表されるような捨てられた段ボールを再利用した作品であったことや、また、その時期のアートが現在に至るまで命名されていないことをどうとらえるか。村上は、その点について「日本人の西欧コンプレックスの究極の裏返し」★2 と指摘し、あらためて、バブル経済期の日本の現代アートを「バブルラップ」と本展をもって命名した。

続く、「Superflat」のゾーンでは、ガーリーフォトブームの先駆けとなったヒロミックスの《セルフポートレート、1996》や、グルービジョンズの《チャッピー33》、ファッション・ブランド「ABATHING APE」のカーペットなど、時代を反映するアイコンを折り込みつつ、奈良美智のほか、カイカイキキメンバーのMr.、タカノ綾、青島千穂などを展示する。村上が、「バブルラップ」と「Superflat」の時代性の違いとしてもっとも顕著だと指摘するのは、コンピューター文化の驚異的な発展である。それまでの作家の手作業を基本とした1点物のアート制作は、デジタル技術の発展によって、徐々に、複製・共有が容易になっていく。本ゾーンの作品の背面には、Mr.が描いた竹柄の《無題》、青島千穂《赤目族》が、展示室の高さ4.5メートルいっぱいに巨大な壁紙として貼られている。PCのデスクトップの「壁紙」にも重なるそのイメージは、「Superflat」を象徴していると言えるだろう。そして、ここでもうひとつ忘れてはならないのが、成田亨、竹熊健太郎、小松崎茂、庵野秀明、BOMEに連なるアニメや特撮、フィギュアの流れである。もはや、多くの日本人が文脈を共有するメインカルチャーとなったそれらの先駆者たちの作品が、並列するようなかたちで置かれている。

MADSAKIのグラフィティの中に横たわる大谷工作室《ポセイドン》

そして、やはり今回の展示の目玉は、その後に続く「生活工芸」の圧倒的なインスタレーションである。その冒頭のゾーンには、それまでのLED照明のホワイトキューブと一転して、MADSAKIのグラフィティが天井まで張り巡らされ、その中央に、単管と古びたブルーシートで組まれた掘っ立て小屋があり、さらにその内部には大谷工作室の《ポセイドン》がごろりと横たわっている。その脇からは、指差し作業員の《ふくいちライブカメラを指さす》の再生音が聞こえてくる。このゾーンは、映画『血と骨』(2004)などの仕事でも知られる美術監督の磯見俊裕が、村上が見た東日本大震災後の東北の沿岸部の風景をもとに、セッティングを行なったものだ。破れてボロボロになったブルーシートやトタンを忠実に再現し、ところどころに漁具の浮きがぶら下げられている。2010年代の日本の、いわば“原風景”である。そして、そこに置かれるのは1800点にも及ぶ、現代陶芸だ。近年、村上は、「大衆に向けた『買うことが可能』な価格帯での真剣な芸術」★3 として、現代陶芸や生活工芸に注目しそれらを地道にコレクションするほか、自身のギャラリーなどでも多くの作家を紹介し続けてきた。会場内に響く澄んだ金属音は、陶器を窯から出したときに出る貫入音であり、無数の陶器がこの世に生まれる際の産声でもある。

その結語としてのインスタレーションが、東京・目白にある「古道具坂田」の店舗をそのまま再現した「坂田の清貧の美」である。村上は近年、「生活工芸」の祖ともいえる柳宗悦の理論を引きながら、骨董とも言えない「古道具」を精力的に紹介する坂田和實に注目してきた。そして、今回、坂田の思考や生き方そのものが顕現した店を会場内に制作することで、坂田が探求する清貧の美を提示しようとする。それと同じ空間の中には、本展タイトルにもある、もの派の李禹煥、菅木志雄の作品が置かれる。村上は、ブルジョワ階級として、ある種の植民地主義的な視点をもって美を発見した柳と、韓国出身という外在的な視点でもの派の理論的なリーダーとなった李を重ね、清き貧しさを美とする日本の意識が、アメリカに追いつき追い越せと動いたバブル経済時代にあっても無意識に「バブルラップ」を選択し、そして、バブル後の現在においてもそれが継承されていることを指摘する。

バブルラップに乗るか乗らないか

本展会期中には、国立国際美術館において「ニュー・ウェイブ 現代美術の80年代」(~1月20日)が、静岡市美術館では「起点としての80年代」(~3月24日/金沢21世紀美術館、高松市美術館から巡回)が開催中だ。この「バブルラップ」展を含め、バブル経済期のアートムーブメントを見直す活動が、現在、非常に活発なのである。本展は村上の個人コレクションをベースとする点で、歴史的な網羅性には欠けることは否めないが、自ら莫大な投資をして作品を買い集め、戦後の美術の動きを大胆に解釈し、「Superflat」のように国際的に流通するような「命名」を行なうことで、自らの思考に伝播・希求力を持たせるその意欲と手腕には驚嘆する。村上の唱える「バブルラップ」に乗るか乗らないか。それは見るもの自身に委ねられている。



★1───本展会場入口に掲示された展覧会ステートメント74行目より抜粋。
★2───本展会場入口に掲示された展覧会ステートメント76行目より抜粋。
★3───本展会場入口に掲示された展覧会ステートメント22行目より抜粋。


バブルラップ:「もの派」があって、その後のアートムーブメントはいきなり「スーパーフラット」になっちゃうのだが、その間、つまりバブルの頃って、まだネーミングされてなくて、其処を「バブルラップ」って呼称するといろいろしっくりくると思います。特に陶芸の世界も合体するとわかりやすいので、その辺を村上隆のコレクションを展示したりして考察します。

会期:2018年12月15日(土)~2019年3月3日(日)
会場:熊本市現代美術館(熊本県熊本市中央区上通町2-3)
公式サイト:https://www.camk.jp/exhibition/bubblewrap/

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