キュレーターズノート

神戸アートシーン、「ハッピーアワー」のその先へ

芹沢高志(デザイン・クリエイティブセンター神戸[KIITO])

2019年03月01日号

これまでは開設に至る経緯やプロダクション・サポート・プログラムであるスタジオレジデンス事業、近隣文化施設や海外関連施設との連携などを通して、デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)の活動概要を紹介してきた。本項では少しKIITOを離れ、神戸のアートシーンについて、その現状と変化の兆しについて論じてみたい。

神戸は六甲山脈と瀬戸内海に挟まれ、東西に伸びる狭い平地部分に鉄道や幹線道路が集中して街区が広がる。人口は2018年の推計で152万7000人余り。政令指定都市として都市機能も充実しているし、海や山の近さもあって、住みやすい都市と言えるだろう。食材も豊富で、各国料理の店も充実しているし、個性的なベーカリーや菓子店も多い。かつて阪神・淡路大震災という未曾有の都市災害を経験したが、少なくとも目に触れる主だった景観としては、その痕跡もほとんど消えている。あの地震を知らない若者たちも多くなってきた。


神戸 メリケンパーク・ハーバーランドの風景
[© 一般財団法人神戸観光局]


観光的なイメージでは、神戸港、旧居留地、北野異人館、神戸ファッションと、どこか異国情緒漂う「おしゃれ」な街というイメージがあるのではないだろうか? 兵庫県立美術館神戸市立博物館をはじめとして美術館、博物館の類も十分存在するし、神戸ファッション美術館といったユニークなものもある。現代アート分野をみても横尾忠則現代美術館や新開地の神戸アートビレッジセンター(KAVC)、民間のC.A.P.芸術と計画会議DANCE BOXなど、評価すべき活動を展開するところも少なくない。つまり十分「文化的」な都市であるはずなのだが、同時代の創造的な息吹を強く感じるかといえば、正直に言って、その面では低調に思う。もちろん個々の輝きに出会うことはあるのだが、それが面的な、都市的な息吹にまで高まっているかといえば、残念ながらその勢いは弱いように感じられるのである。

それがなぜなのか、明確な答えがあるわけではない。それぞれのユニークな活動をつなぎ、面的な勢いに高めて行くことは、神戸アートシーンにもっとも後発で加わったKIITOの役割でもあると思うし、その意味で連携のプロジェクトには力を入れてきた。しかしそれ以前に、神戸の精神風土の現状というものにも原因があるのかもしれない。

海も山も近くにあり、さまざまな観光資源もある。都市環境は整備されており、食事もうまい。住民はそれなりの文化的な生活を享受していると感じているし、そのそこそこの充実感のゆえに、あえて挑戦の必要性は感じにくいと言えるのかもしれない。

すでに紹介したように、KIITOのレジデンスプログラムからは、神戸を舞台とした『ハッピーアワー』(濱口竜介監督、2015年公開)という映画が生まれている。

30歳を過ぎて出会った4人の女たち。最高の友達。奇跡のような出会いと信じていた。しかしあることがきっかけとなって、それぞれの関係性が変わり、彼女たちの人生は大きく動き始める。いかに安定しているように見えても、それは微妙な動的均衡の上に成り立った、まさに奇跡のような瞬間だった。あとから考えれば、ああ、あの時はハッピーアワーだったんだと感じるような、そんなひとときの平穏。少し唐突かもしれないが、私には神戸のアートシーンの現在が、ある種の「ハッピーアワー」であるように思えてならない。取り立てて文句があるわけではないのだが、ダイナミックな動きはなく、いたって平穏な日々に見える。しかし、それは何かのきっかけで、大きくゆらぎ始めるかもしれない。

そんなゆらぎとなるかもしれない予感を感じながら、今年開催される二つの芸術祭について紹介してみよう。

10回目となる「六甲ミーツ・アート 芸術散歩」

六甲ミーツ・アート 芸術散歩」は六甲山観光株式会社、阪神電気鉄道株式会社が主催となり、六甲山の自然を感じながら、ピクニック気分で現代アート作品を楽しむ屋外展として、2010年から始まったものだ。わたしは最初、あくまで六甲山観光という文脈のなかだけでこの催しをとらえていたのだが、「六甲ミーツ・アート 芸術散歩2017」で公募部門審査員を引き受けて以来、その芸術祭としての真摯な作り方に深く感銘を受けてきた。招待枠の他に公募枠があるのだが、公募作品についてはアーティストを育てるという意識が明快で、これを毎年続けることの意味は大きい。そしてその「六甲ミーツ・アート 芸術散歩」が今年2019年、10回目を迎える。

神戸には下町芸術祭神戸文化祭といった非常に特徴のある芸術祭が生まれ始めている。これらがますます独自色を強めながら共存していけば、街の顔を大きく変えていけるのではないだろうか?



六甲ミーツ・アート芸術散歩2018 笠井祐輔「動物たちも景色を見ている」
[©六甲ミーツ・アート芸術散歩]



六甲ミーツ・アート芸術散歩2018 さわひらき「absent(不在)」
[©六甲ミーツ・アート芸術散歩]


「アート・プロジェクトKOBE 2019: TRANS- 」のスタート

もうひとつは神戸ビエンナーレの後継企画として位置付けられる「アート・プロジェクトKOBE 2019: TRANS-」だ。その内容は神戸ビエンナーレを知っている者にとっては衝撃的な変容にも思える。まず企画者たちは、あえて「芸術祭」という名称を使わず、あくまで地域で行なわれるアートプロジェクトであると自己規定している。トリエンナーレ形式の芸術祭だった「混浴温泉世界」を、毎年開催する個展形式の「In BEPPU」に組み替えた、大分県別府の例もあるが、このような芸術祭の変容は、新たな動向であろうと私は思っている。

今や日本各地で数多くの芸術祭が立ち上がり、すでに飽和状態ではないのかという意見もある。私自身は、地域を対象としたアートプロジェクトはさらに増えていくべきだと考える立場だが、確かに「芸術祭」という形式が類型化しつつあることは事実だろう。「芸術祭」も地域地域の必然性に合わせて、その形式から構築されていくべきものであって、別府や神戸はその先駆けとして大きな意味を持つ。

開催エリアとして「TRANS- 」は、現在の繁華街である三ノ宮や元町ではなく、兵庫港、新開地、新長田といった、より西部の地区に注目する。ここは神戸の近代から高度成長期までを支えた場所であり、要するに労働者の顔を持つ。これまでの神戸が、あまり見せたがらなかった顔でもある。

参加アーティストについても先鋭的な絞り込みがなされる。ディレクターの林寿美が選出したのはグレゴール・シュナイダーとやなぎみわの二人だけ。開催エリアの特性を考えればうってつけの選択であり、いやがうえにも期待が高まる。


会場視察をするグレゴール・シュナイダー(2018年10月)
[©TRANS-KOBE実行委員会]



会場視察をするグレゴール・シュナイダー(2018年10月)
[©TRANS-KOBE実行委員会]



神戸市中央卸売市場(神戸市兵庫区)に設置された、やなぎみわの移動舞台トレーラー「花鳥虹」
[©TRANS-KOBE実行委員会 photo:表恒匡]


このメインプロジェクトの他にも、パブリック・プログラムが公募され、TRANS- というテーマのもと、実に魅力的な提案が集まってきている。


TRANS- 。現状を飛び越え、まだ見ぬ地点へと向かう試み。たとえハッピーアワーが終わることになろうとも、私はこうした勇気ある越境の試みが、今の神戸アートシーンには必要であると信じている。さらにいえばこの試みが神戸をも飛び越えて、日本各地で芸術祭の変容が進んでいくことを夢見るのだ。


六甲ミーツ・アート 芸術散歩

会期:2019年9月13日(金)〜11月24日(日)
会場:六甲ガーデンテラス、自然体感展望台 六甲枝垂れ、六甲山カンツリーハウス、六甲高山植物園、六甲オルゴールミュージアム 、 六甲ケーブル(天覧台)、風の協会(グランドホテル六甲スカイヴィラ)、六甲有馬ロープウェイ(六甲山頂駅)、[プラス会場]TERAN CAFE
問い合わせ:六甲ミーツ・アート芸術散歩2019事務局(六甲山観光株式会社営業推進部)
神戸市灘区六甲山町一ヶ谷1-32/tel. 078-894-2210/fax. 078-894-2088
E-mail. info@rokkosan.com


アート・プロジェクトKOBE 2019: TRANS-

会期:2019年2019年9月14日(土)〜11月10日(日)
会場:主催TRANS-KOBE実行委員会/神戸市
問い合わせ:TRANS-KOBE実行委員会事務局
神戸市中央区楠町4丁目2-2神戸市民文化振興財団 内
tel. 078-361-7105/fax. 078-351-3121
E-mail. info@trans-kobe.jp