キュレーターズノート

アーティストと街とアートセンターと

勝冶真美(京都芸術センター)

2019年05月15日号

今回より、京都市内の街中にある京都芸術センターに「キュレーターズノート」をご寄稿いただくことになった。京都芸術センターは、明治2年に京都の町衆たちが設立した小学校の校舎を拠点に活動している。展覧会のみならず、演劇やダンスの公演、トークイベントやワークショップなどがさかんに開催され、アーティストのための制作スタジオや図書室なども併設もされている。第一回目となる本稿では、本センターについて紹介いただきながら、京都のアーティストを取り巻く環境についてご紹介いただく。(artscape編集部)


京都芸術センター


FOCUS #1 「キウチ芸術センター展」(出展作家:木内貴志) 2018

京都芸術センターは、京都市の施設として、京都を中心に現在活動を行なう/これから始めようと考えるアーティストの支援を行なっている。現代におけるアーティストの活動支援を考えたとき、街とアーティスト関係を考えること──よりよい相関関係を構築すること──はとりわけ重要であるように思う。京都という街はどのようなアーティストを排出し、街は彼らの多様な活動をどのように受け入れていくのか、彼らの活動は街にとってどのような意味を持つのだろうか。


京都という街


芸術系大学の多い街、アーティストが多い街であるということは、本ウェブサイト読者の多くが持つ京都のイメージであると思う。そのとおり、京都には芸術系大学が多くあり(京都市立芸術大学京都精華大学京都造形芸術大学嵯峨芸術大学など)、卒業後も京都を拠点に活動を続ける若いアーティストも多い。他の都市との比較は安易にできないが、アーティストの存在が街に受け入れられているという雰囲気はあるように思う。


歴史的にもさまざまな芸術家が集い、街に芸術家を受け入れる土壌があるという点、人口147万人という大都市でありながら落ち着いた雰囲気で制作に集中できる点、街の地理的サイズがコンパクトな分コミュニティが生まれやすい点など、街の特色が京都のアートシーンを支える側面はいくつもある。江戸時代の文人サロンさながら、さまざまな分野の芸術家が交流し、交差する京都のアートシーンは、独特の雰囲気を保ちながら進化している。


しかし、いいことずくめというわけでもない。スタジオの確保はアーティストにとって最も頭を悩ませる問題のひとつだ。また、アーティストの多さに対して、美術館やギャラリーなど、公的に作品を発表できる場は多くない。それらの現状を憂慮する声も多いが、京都のアーティストはしたたかに生き抜いているように思われる。


廃工場や空きビルを活用したシェアスタジオ(punto★1山中suplex★2など)、建築家、アーティスト等が共同し芸術家向けに町家物件を改修、大家と芸術家をマッチングする取り組みBasement Kyoto★3、やアトリエを探すアーティストと空き家を抱える大家のための相談窓口を開設する東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)★4、アーティスト、編集者、ギャラリストなどが共同で運営し、ライティングスクール事業なども行なう浄土複合★5など、この数年でアーティストが主体的に運営するスペースが多く見られるようになった。行政や助成金頼みのアート事業に一石を投じるような、彼らの自由で独自の活動を楽しみにしたい。



山中suplex



浄土複合
[Photo by Kai Maetani]

京都芸術センター


一方で京都芸術センターは、「京都市、芸術家その他芸術に関する活動を行なう者が連携し、本市における芸術を総合的に振興するため、多様な芸術に関する活動を支援し、芸術に関する情報を広く発信するとともに、芸術を通じた市民と芸術家等の間の交流を図るための施設★6」として2000年に京都市により開設された。1993年に明倫小学校としての役割を終えた校舎を、できるだけ変えることなく最小限の改修で活用しているセンターは、板張りの廊下の軋み、懐かしい黒板の匂いなど、今もなお、かつての小学校の面影をとどめている。


センターの開設にあたっては、いわゆる行政主導とは異なり、設立前の検討段階から行政と芸術家が活発に議論し、むしろ芸術家主導でプログラムの検討が行なわれた★7。地域住民とのそうした密度の濃い議論を経て、12室のスタジオ(制作室)を審査の上無償で使用できる制作支援事業を基幹にしつつ、伝統芸能から舞台芸術、美術と幅広いプログラムと、分野融合的な先駆的事業も多く企画制作してきた。



アーティスト・イン・レジデンスプログラム2018 The Instrument Builders Project: Circulating Echo
[Photo by Takuya Matsumi]

京都芸術センターで、こういった企画を支えているのは「アートコーディネーター」という職種で、彼らが主にプログラム企画・運営を担っている。

バックグラウンドもさまざまなアートコーディネーターが、3年間という限られた任期のなかで、在職中さまざまな事業を担当する(2019年現在は6名のアートコーディネーターが在籍)。大まかな担当分野はあるものの、美術史出身のコーディネーターがダンス事業を担当することもあり、現代演劇出身でも伝統芸能を担当することもある。

狭い事務所の中で交わされる隣の席のスタッフが熱弁する演劇論、打ち合わせスペースから漏れ聞こえる伝統芸能家の仕事論、海外のアーティストとSkypeで打合せするレジデンス事業担当の横で、ギャラリーで展示しているインスタレーションをどのようにボランティアスタッフに説明するか悩む展覧会担当者、と日々の事務所はさながら芸術の坩堝で、ありふれた日常になってしまった筆者も、ふとしたときにこの特異な状況に改めて驚かされる。

伝統芸能から現代美術まで垣根なくフラットに議論し交流できるという環境こそが、京都という街の矜持であり、京都芸術センターはその意味で京都のアートシーンを体現しているとも言えるのかもしれない。


素謡の会「うたいろあはせ」第3回 ゲスト:三浦基(演出家)(2019年3月28日)

京都で仕事をしていると、他の都市に比べて京都は恵まれている、という声を聞くことも多い。確かに、文化資源が豊富で、行政からのサポートもある。京都だから、という理由で立ち寄る海外からのアーティストも多く、自分から行かなくても人が来てくれるような都市である。街からの恩恵は大きく、その意味では京都でアーティスト活動をしていくことには大きなメリットもあるだろう。

ただし、このある種「アーティストに優しい」環境は、下手をすると内向きな態度を醸成してしまう危険性を孕む。居心地がいいがゆえに、いつの間にか小さなエコシステムの中に安住してしまうという罠に陥りかねない。

安定的な制作環境を保持しつつ、世界からの刺激や批評、あるいはマーケットからの視線に晒されることが、アーティストとして生き残る為には必要とされている。アーティストの自律的な活動と、京都芸術センターのような公的な機関による活動をどう絡み合わせて存在感のある街にしていけるのか、今後も考えていきたい。


★1──2014年設立。元かばん製品の工場をリノベーション。現在のメンバーは岡本里栄、嶋春香、天牛美矢子、長谷川由貴、松平莉奈、森山佐紀、山西杏奈。
★2──2014年設立。現在のメンバーは小笠原周、小宮太郎、本田大起、石黒健一、木村舜、和田直祐、坂本森海、宮木亜菜、前谷開、小西由悟。スタジオではイベントや展覧会のほか、アーティスト・イン・レジデンスなども行なう。
★3──アーティスト向け(の制作居住空間に)物件(を)改修(する)プロジェクト。メンバーは矢津吉隆(美術家)、榊原充大(建築家/リサーチャー)、髙才ゆき(アートメディエーター)(2019年4月末現在)。
★4 京都市の「京都文化芸術都市創生計画」における「若手芸術家等の居住・制作・発表の場づくり」事業を実施するため2011年に設立。京都在住の芸術家たちの居住・制作・発表支援などを行う。
★5──2019年、池田剛介(アーティスト)、櫻井拓(編集者)、櫻岡聡(ギャラリスト)、沢田朔(アート・アドミニストレーション)により設立。シェアアトリエ、ギャラリー(FINCH ARTS)、ウィンドウギャラリーの他、ライティングスクール事業も開始。現在のシェアスタジオメンバーは、内海昭子、田中美帆、黒木結、山本聖子。
★6──京都市 京都芸術センター条例 第一条(1999年制定)https://www1.g-reiki.net/kyoto/reiki_honbun/k102RG00000460.html
★7──京都芸術センター設立までの経緯は「芸術創造拠点と自治体文化政策──京都芸術センターの試み」(松本茂章、水曜社、2006)に詳しい。

京都芸術センター

住所:京都府京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2
tel.075-213-1000