2019年07月15日号
次回8月1日更新予定

キュレーターズノート

戦後版画運動の地下水脈 女性、山村をめぐるケーススタディ

町村悠香(町田市立国際版画美術館)

2019年05月15日号

町田市立国際版画美術館の学芸員、町村悠香さんによる「キュレーターズノート」の連載の第1回。町田市立国際版画美術館は東京都の町田市に位置し、版画工房やアトリエなどの施設を持つ特色ある美術館だ。今回は、同館で開催中のミニ企画展「彫刻刀で刻む社会と暮らし──戦後版画運動の広がり」と、次回開催予定の企画展「インプリントまちだ展2019──田中彰 町田芹ヶ谷えごのき縁起」を中心に取り上げる。(artscape編集部)


版画に特化した美術館として


1987年に設立した町田市立国際版画美術館は版画に特化して総合的に扱う日本では珍しい美術館で、世界的にも希有な存在である。1980年代の公立美術館建設ラッシュのなかで比較的後発にあたる当館は他館にない特色を作ることを狙った。版画に絞って作品収集することで、一流作品のコレクションが形成されることを目指したのだ。世界最古の印刷物と言われる『百万塔陀羅尼』を始め国内では浮世絵、創作版画、新版画、現代版画など。西洋ではデューラー、レンブラント、ゴヤらの銅版画作品、ポップ・アート、新表現主義など。版画を体系的に収集して、古今東西を見渡すことができる作品約3万点が集まっている。近年は潤沢な収集予算はないが、「版画といえば町田」というイメージが定着し、貴重な作品をご寄贈いただくことも多い。筆者はこの館に勤務し始めて4年目だが収蔵品でバラエティ豊かな展示企画ができることに、収集の蓄積の恩恵を受けていると実感することが多い。


「戦後版画運動」のコレクション


現在常設展示室で開催中のミニ企画展「彫刻刀で刻む社会と暮らし──戦後版画運動の広がり」は30年の活動のなかで次第に収集された「戦後版画運動」関連の作品群約300点から約30点を展示している。

戦後版画運動とは、版画による社会運動と版画そのものの普及を目指した美術運動だ。中国で1930年代に魯迅が提唱した「木刻運動」の刺激を受け北関東から始まり、1940年代末から1960年代半ばにかけて全国で盛んに行なわれた。中心的な役割を担った「日本版画運動協会」は、北関東を拠点とする美術家を核として1949年12月に発足。当初核となったのは戦前のプロレタリア美術運動に関わったメンバーだった。主題となったのは炭鉱や工場での労働運動や米軍基地・安全保障問題、原子力問題(ヒロシマ・ナガサキ・第五福竜丸事件)などの社会問題で、展覧会で発表するだけでなく、運動で実際に使用するビラやポスターを木版画で制作した。また生活者目線を重視し、「身近な労働者としての農家の暮らし」も数多く描いている。



鈴木賢二《母と子》1961年




滝平二郎『むすめたち』より《麦畑》1953年



運動の大きな特徴は木版画のメディアとしての特質を活かし、ローカルかつグローバルな広がりをもったことだ。例えばサークル文化運動の盛り上がりとともに全国にアマチュアの「版画サークル」が数多く作られた。さらに作品が郵送でやりとりできることから、国内のみならず海外との交流も活発に行なわれ、1950年始めにはニューヨークや北京での展覧会開催を達成している。


ミニ企画展「彫刻刀で刻む社会と暮らし──戦後版画運動の広がり」
版画運動の知られざる側面とは


戦後版画運動はこれまで栃木県立美術館が北関東の作家とそのネットワークを紹介し★1、目黒区美術館で北九州の炭鉱における活動が示された★2。また近年は福岡アジア美術館アーツ前橋がアジア全体での木版画による社会運動を俯瞰する画期的な展覧会を開催した★3

筆者は「抑圧された状況に対して声を上げる想像力」を社会のなかに担保するため、歴史を鑑みながら現在を考える必要性を強く感じている。また美学的価値だけでなく、印刷メディアとして版画が果たした社会的役割に興味を持ってきた。このような関心から当館でまとまって公開する機会がなかった作品・資料群の調査を行ない、将来的に企画展に発展させるため常設展示室で30点あまりの「ミニ企画展」として展示するに至った。



ミニ企画展「彫刻刀で刻む社会と暮らし──戦後版画運動の広がり」展示風景




左:新居広治《〔炭鉱労働者達〕》1950年代、右 :《農婦(砂川)》1956年 展示風景



開催に先立ち、筆者は昨年7月から勉強会を開き★4当館収蔵の日本版画運動協会の機関紙を読むとともに、当事者などへのインタヴュー調査を行なってきた。その結果これまですくいきれなかったいくつかの側面が明らかになり、なかでも本展で紹介できたひとつが版画運動に携わった女性作家の存在であり、もうひとつが北関東に留まらない全国への広がりだ。


声を上げる女子高生 女の版画運動


日本版画運動協会はアメリカ日系二世の団体の協力で、1952年にニューヨーク五番街で展覧会を開催した。展示は好意的に受け止められたものの、女性作家不在に対して来館者から疑問の声が寄せられたことが機関紙で取り上げられた。

女性作家が初めて機関紙で紹介されたのは、2年後の1954年。小林喜巳子(こばやし・きみこ)という女性が描いた第五福竜丸事件の作品が掲載されたときだ。小林は1929年生まれ、1946年から女性が入学可能になった東京美術学校(1949年に新制の東京藝術大学となる)初の女子卒業生の一人で、プロ作家として版画運動に参加した数少ない女性だ。日本美術会に所属し平和美術展などで活躍してきた。

本展ではこれまで版画運動の文脈で紹介される機会が少なかった小林の代表作の《私たちの先生を返して──実践女子学園の斗い》を同学園卒業生の大嶋夕子氏から借用し、展示することができた。


小林喜巳子《私たちの先生を返して──実践女子学園の斗い》1964年


横長の画面にセーラー服の女子生徒がところ狭しと描かれた本作は1962年に実践女子学園中学・高等学校で実際に起こった「実践騒動」を基にしている。画面中央右手の男性教師3名が組合活動で経営陣と対立。解雇の危機に対して教え子の女子生徒たちが自主的な反対運動を起こし、集会を開いた様子が描かれている。この事件は名門女子校の学園紛争として新聞で報道された。だが女性が主体となった学園民主化運動は好奇のまなざしにさらされ、週刊誌では「女の園のいがみあい」などと矮小化された取りあげられ方もされたという。なお、実践騒動で解雇の危機にあった教師のうちの1人は土方定一らとの「リアリズム論争」で知られる美術評論家の林文雄で、小林はその妻であった。

小林は本作に限らず群像画を好んで描いているが、群像とは事を動かし、政治の流れを変えて歴史を作りうる人々の集団ともいえるだろう。明治以来の西洋絵画受容過程ではアカデミズム絵画に倣った歴史画をいかに日本的文脈で描くかが試行錯誤された。女子高生が男性教師を守るために立ち上がった運動を主題とし女性作家によって描かれた本作は、女性に向けられてきたまなざしや、絵画の中での描かれ方のステレオタイプを覆す大きな力を持っている。


裏の山から木を切って 山村の「DIY版画運動」


日本版画運動新聞機関紙を読んでいくと、「サークル通信」の欄に大きなスペースが割かれていることがわかる。機関紙1号に紹介された「カギカケ版画サークル」は長野県南佐久郡小海町鎰掛(かぎかけ)集落で1950年に結成された山村の青年達による版画サークルだが、これまでその実態は紹介されてこなかった。筆者と研究会メンバーはサークルに携わった宿岩善人(やどいわ・よしひと)氏の協力を得ることができ、インタヴューのため長野県に向かった。

宿岩氏は1932年生まれ、農業に従事する傍ら版画サークルに携わったのは18歳頃だった。四方を山に囲まれた南佐久地域は戦前から農民運動が活発で、戦後は農村医療を確立した若月俊一医師が演劇や人形劇、コーラスを通して予防・健康教育を提唱するなど文化運動が盛んな土地だった。宿岩氏は戦前からの農民運動活動家で版画を数多く手がけた油井正次から版画を勧められ、初めて版画制作を行なったという。




カギカケ版画サークル『うたごえ』No.8より 1951年10月8日



宿岩氏が保管していた貴重なサークル誌『うたごえ』はカギカケ版画サークルで1950〜52年頃に発行したもので、その一部をお借りして本展でも展示している。農家の小学生を宿岩氏ら年長者が指導し、農作業後の娯楽として制作した手作りの冊子だ。

筆者が驚いたのは制作した木版画の版木の多くが、宿岩氏らが自ら伐採して調達した木を用いていたことだった。物資が乏しい時代、さらに山間部にあっては、材料や道具の入手しやすさが版画サークルの成立と継続に大きな影響を与えただろう。山村の「DIY版画運動」ともいえるカギカケ版画サークルの活動からは、なぜ戦後に全国で版画サークルが成立しえたのか、その鍵のひとつが見えてきた。

なお、宿岩氏はサークル活動のあとに地元の公民館設置運動や社会教育に携わったという。今は公民館で歴史に関するサークル活動を新たに行なっているという宿岩氏の話しからは1950年代の文化運動が現代に残した功績を感じることができた。


メディアとしての木版画の可能性を探る実験スタジオ
町田の木を掘り起こして


最後に版画運動にリンクする今後の取り組みとして、筆者が担当しているこの夏の展覧会「インプリントまちだ展2019──田中彰 町田芹ヶ谷えごのき縁起」を紹介したい。本展では木版画を軸に制作するアーティスト・田中彰を招き、町田における人と木の関係性をテーマにした新作を発表する。作家の発案で伐採予定だった町田の「エゴノキ」を、木に関するさまざまな専門家とともに根から掘り起こし、版木を手に入れることから制作を行なうチャレンジングなプランが進行中だ。


芹ヶ谷公園の木を根から掘り起こしている様子 2018年12月



掘り起こした木を版木に加工する様子 2019年4月




田中彰《きのおくのきおく》2019年



カギカケ版画サークルで行なわれていた「木を切ることから始める木版画制作」が偶然にも現代のアーティストによって現在進行形で行なわれていることに、筆者は研究と実践をつなぐダイナミズムを感じている。さらに本展では会期中にエントランスロビーの特設スタジオで行なう作家の滞在制作イヴェント「版画でくみあげる町と人のみなもと──町田版画運動」を計画中だ。


メディアとしての木版画の底力はあるのか



田中彰『展覧会を紐解く手引き』より《Woodcut Movements in Machida》2019年



イヴェントではエゴノキの幹から切り出した細長い版木を用いて、作家が町田の水源などを取材した木版画絵巻を滞在制作する。来館者に木版画を教えながらの共同制作も行なっていく予定だ。加えてスタジオが「印刷所」にもなり展覧会とイベントを宣伝する木版画ポスターを大量に刷る。木版画ポスターを手で配ると同時にSNSでも拡散してもらう仕組みを構築する予定だ。新旧メディアが共存して生まれるムーブメントが美術館のスタジオを拠点にどのように展開していくのか。「町田版画運動」の実験にぜひ多くの方々に加わって楽しんでもらいたい。


★1──「野に叫ぶ人々 北関東の戦後版画運動」展(2000年4月16日〜5月21日)と、「没後30年 鈴木賢二展 昭和の人と時代を描く──プロレタリア美術運動から戦後版画運動まで」展(2018年1月13日〜3月21日)。ともに栃木県立美術館で開催。http://www.art.pref.tochigi.lg.jp/exhibition/t180113/index.html
★2──「‘文化’資源としての〈炭鉱〉」展(2009年11月4日〜12月27日)。目黒区美術館で開催。https://mmat.jp/exhibition/archive/2009/index.html
★3──「闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s」展。福岡アジア美術館(2018年11月23日~2019年1月20日)とアーツ前橋(2019年2月2日〜3月24日)で共同開催。http://www.artsmaebashi.jp/?p=12321
同展については「闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s/アーツ前橋、5年間の実践を経て」(住友文彦)の前半で詳しく触れられている。https://artscape.jp/report/curator/10152112_1634.html
★4──「版画運動機関紙を読む会」。主なメンバーは池上善彦、鳥羽耕史、木下紗耶子、角野宣信。

ミニ企画展「彫刻刀で刻む社会と暮らし──戦後版画運動の広がり」

会期:2019年4月10日(水)〜6月23日(日)

企画展「インプリントまちだ展2019──田中彰 町田芹ヶ谷えごのき縁起」

会期:2019年7月6日(土)~9月23日(月・祝)
会場:町田市立国際版画美術館
東京都町田市原町田4−28−1

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