2020年06月01日号
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キュレーターズノート

「地元」と世界──「インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと —『アーティスト』がみた町田—」を企画して

町村悠香(町田市立国際版画美術館)

2020年04月01日号

「地元ゆかり」の作家や地元の風景を描いた作品を収集・展示するなど、地域に寄り添った活動は公立美術館の重要なミッションのひとつだ。だが改めて考えると「ある土地にゆかりがある」というのはどのようなことを指すのだろうか。筆者が企画担当した「インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと —『アーティスト』がみた町田—」(2020年4月14日~6月28日)では、「すむひと」「くるひと」という二つの視点から、便利に使われる「地元ゆかり」という言葉の再考を試みた。

なお、本稿執筆後、町田市の方針により新型コロナウイルス感染拡大防止のため、3月28日〜4月12日まで当館は臨時休館することが決定した(最新情報は当館ウェブサイトをご確認いただきたい)。
世界的な感染拡大が落ちつき、文化芸術に関わる活動全般が再開できることを祈るばかりである。またこの状況が続いた場合、4年間の集大成である本展を、かたちを変えて公開できないか検討していきたい。


「地元ゆかり」を再考する


「インプリントまちだ展」は、町田市立国際版画美術館が2017年から2020年に向けて4年間、版画制作を軸とする若手のアーティストが地域に取材して発表してきたシリーズ展だ★1。集大成となる本展では、町田市が東京オリンピック・パラリンピックでホストタウンを務めるインドネシアの新進気鋭アーティスト、アグン・プラボウォ(Agung Prabowo "AGUNG"、1985年生まれ、バリ島ウブド在住)を新たに招聘。さらにこれまで招聘してきた作家(=くるひと)が「外から」の視点で町田を取材して発表した新作とともに、出身・在住作家や市民ら(=すむひと)の「内から」の視点も共存させることを目指した。招聘作家の成果作品、地元出身・在住作家の作品、歴史・民俗資料、市民の自主出版物など多様な展示品を通して、「地元ゆかり」に向き合った展覧会を試みた。



「インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと —『アーティスト』がみた町田—」展覧会ちらし


「23万人の個展」の視点に学ぶ


東京都町田市は、1960年代からの大規模団地を中心とした宅地開発で急速に人口が増えた郊外都市だ。周辺に中心市街地が広がる町田駅は小田急線の急行で新宿駅から40分ほどの距離に位置し、都心のベッドタウンのひとつに数えられる。現在の町田市政が発足した1958年に6.1万人だった人口は、1973年には約23万人を超えた。現在は約43万人の人口を擁しているが、わずかながらも人口は減り始めている。

代々住んできた人と移り住んできた人、そして親が移り住んできた土地で生まれた人が住む郊外都市の「地元ゆかり」とはなにか。人口が増え現在の姿が形成されていく時期の町田市での出来事を調査した。そのなかで町田市が文化行政に携わるエポックとなったイヴェント「23万人の個展」に注目した。



町田市民祭実行委員会「23万人の個展」ポスター(1973、町田パリオ蔵)


1973年に町田駅周辺で開催された「23万人の個展」は、当時人口23万人を越えた町田市に住む人ならだれでも参加できる市民協働の祭りだった。ポスターには「あなたが出店し 自分で楽しみ そしてみんなを喜ばそう」「じまん料理、郷土料理、郷愁料理、無責任素人うらない、辻演劇、絵画、詩、8ミリ映画…(中略)…その他善意あるあなたのアイデイアを受付けています」とある。そのように、「自分の頭で考え工夫することによって、表現の喜びを感じ、人を喜ばせる」というコンセプトの祭りを開催することで、参加者の裾野を広げようとした。当時多くの郊外都市で社会問題となっていた「旧住民」と「新住民」の断絶が開催の背景にあり、この問題に対する画期的なアプローチをとったイヴェントとしてメディアに多数取りあげられた。

1970年代に「個の表現」を通して異なるバックグラウンドを持つ人々が出会う場を作ったこのイヴェントに学び、本展でも「すむひと」「くるひと」を共存させるコンセプトを固めていった。


「すむひと」をすくい上げる


当館の収集対象は古今東西の版画作品であるが、いわゆる「地元ゆかり」の作家による版画作品も収集してきた。本展では赤瀬川原平、飯田善國、松本旻、三井壽、若林奮が町田市の風景や人物に着想を得た作品も紹介する。彼らは出身者、移り住んだ者と町田に住んだ経緯はさまざまだ。いずれもアーティストとしての関心と身の回りの存在が交差したときに、本展で紹介する作品を生み出している。

これに加えて本展では、従来紹介されることが少なかった「すむひと」の存在をすくい上げることを試みた。版画を印刷物と広く捉え、同人誌、サークル誌、ミニコミ誌、ZINE、フリーペーパーといった自主発行の少部数印刷物に着目し、町田で過去・現在に発行されたそれらを調査、展示する。


主婦がつくったミニコミ誌



『でんえん』創刊号〜終刊号(田園出版、1981-1984、町田市民文学館ことばらんど蔵)


調査のなかで存在を知ったミニコミ誌『でんえん』は、団地に住んでいた女性が1981年にひとりで創刊した雑誌だ。編集部自ら取材に出かけて行なったインタヴューでは、地元の文化人や市民グループ、女性の社会活動、店舗情報など、多彩なことがらを紹介している。『でんえん』創刊号には「一つの街に一つの雑誌。商業都市から一歩進めて文教田園都市へと歩いている町田。そこには創り出すエネルギーの模索があります。でんえんがそうした町田の市民誌になれればと思います」という編集部の思いが書かれており、多くの会員や広告主の協力を得て、3年間で11号まで出版された。特別な「アーティスト」でなくても、自主出版で思いを表現し社会に関わった人々に目を向けた女性の活発な活動が浮かび上がってきた。ここには当時の町田を知るうえで今となっては貴重な情報が詰まっている。

インディペンデントなフリーペーパー


喫茶店、本屋さん、文房具屋さんやコンビニのレジ脇などで、ふと見かける手作り感あるフリーペーパー★2。思わず手にとってしまうこれらの制作者が、自発的に活動を続けるモチベーションに関心を持ち、取材を申し込んで質問に答えてもらった。展覧会では現在も町田で発行されている4つのフリーペーパーを紹介する。



こどもの国駅周辺エンタメマガジン『国マガ』創刊号~vol.56(国マガ編集部、2013-2019、国マガ編集部蔵)


そのうちのひとつ、こどもの国駅周辺エンタメマガジン『国マガ』は2013年に創刊して現在も続くフリーペーパーだ。東急こどもの国線の終点、横浜市と町田市の境界地域にある「こどもの国駅」に住む編集者志望と漫画家志望の若者らが集まって創刊された。内容やメンバーの変遷を経て、今では地元の情報や歴史に加え、漫画や小説、展覧会レビューを思い思いに発表している。

取材させてもらった4組はいずれも、インディペンデントに発行するための知恵や、活動を継続する心得を持っていた。広告収入、グループでの金銭的負担の分担、店舗に買い取りを依頼するなどで活動資金を確保し、「締め切りをせかさない」「やりとりする時間を限る」ことが無理せず長く活動を続けるコツだという。制作物を街に置く行為は、人が集まる場所を管理する人と交渉し、自分たちの表現や、特定のグループにとって必要な情報をパブリックに発表することだ。日本の多くの街でフリーペーパーが発行され街中に置かれている理由のひとつに「公共空間のなかでの自己表現」というストリート・アートにも似た欲求を見出せる。


アグン・プラボウォが表現する都市の「不安」


最終年に招聘したインドネシア人アーティストのアグン・プラボウォは2019年9月に町田に滞在した★3。リノカットという版画技法を駆使してカラフルでポップな作品を制作するアグンはインドネシア国内外で高く評価されている。



アグン・プラボウォ《Sleepless》2015(リノカット彫り進み技法、手製の再生紙、作家蔵)



アグン・プラボウォ《私と私》2019(リノカット彫り進み技法、手製の再生紙、作家蔵)


トレードマークの骸骨やあらゆる動植物が繰り広げる楽しげなイメージとは裏腹に、アグンは自身の心の不安を見つめることから出発し、哲学的思索を深めて創作を行なう。環境問題に関心が深く、人間のみならず生き物すべてへの思いやりを通して「幸福に生きることとは何か」を追求。作品素材に手製の再生紙を用いている。本展ではアグンの代表作約70点を本邦初公開する。版画作品に加え、近年精力的に取り組んでいるインスタレーション作品も展示室に出現する予定だ。

町田での取材から着想を得て制作した新作は3点シリーズで、それぞれ60枚組で1点を構成する。アグンがこれまでに手がけたなかでも最大の作品だ。テーマのひとつは都市空間に住む現代人が漠然と抱える不安である。2020年3月現在、コロナウイルスが世界的に広まり、各国で先が見えない状況下に置かれている。本作はこの状況が進展する前に構想されたものだが、かつてない事態の対処を迫られている現在、アグンの作品は大切なことを投げかける。ウイルスという見えない脅威に対しての恐怖感によって、デマが広がり、人の心に眠る差別心があぶり出されてしまう。国を越えた人の移動と交流がますます広がる現代だからこそ、自己の負の感情と対峙し、異なるバックグラウンドを持つ人といかに向き合うかが試されている。


「地元ゆかり」を拓く


日本は高度経済成長期を経て地方から都市部に人口が集中するという変化を経験した。現在は労働者として外国人を受け入れ、社会の構成員が変化しつつある。地域社会での多文化共生がいっそう重要となっていくなかで、「地元ゆかり」の文化は「日本人」だけのものではなくなっていくだろう。公立美術館が地域に寄り添う活動を行なうにあたり、今後このような視点も求められてくるのではないだろうか。

★1──2017年にながさわたかひろ、2018年に荒木珠奈、2019年に田中彰を招聘した。
★2──「フリーペーパー」の定義は難しいが、この和製英語はもともと広告収入を元手に発行する印刷物を指していたようだ。現在では同人誌やZINEに近い存在となり、ファン・コミュニティや地域コミュニティ、特定の社会的テーマを取りあげる存在となっているといえよう。
★3──アグンの町田でのレジデンスについては「木版画から樹木と出会う 「インプリントまちだ展2019──田中彰 町田芹ヶ谷えごのき縁起」から見えた人、まち、環境」の最後に紹介した。

インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと —「アーティスト」がみた町田—

会期:2020年4月14日(火)~6月28日(日)
会場:町田市立国際版画美術館
東京都町田市原町田4−28−1
公式サイト:http://hanga-museum.jp/exhibition/schedule/2020-444

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