キュレーターズノート

マイクロなアート活動とゆるやかなネットワーク、そして鳥取県立美術館のオープンに向けて

赤井あずみ(鳥取県立博物館)

2021年06月15日号

今号から「キュレーターズノート」の執筆陣に加わっていただく鳥取県立博物館の赤井あずみ氏は、学芸員としての勤務のほか、「HOSPITALE PROJECT」というレジデンスやギャラリーなどのインディペンデントな活動もされている。2025年に県立博物館の美術部門が独立して県立美術館がオープンするプロセスもあわせて、現在進行形のさまざまな鳥取アートシーンを発見していけそうだ。(artscape編集部)

地域で育まれている細やかなアート活動

アート好きな方々が鳥取といって思い浮かべるのは、どういうものだろうか。水木しげるや植田正治といった著名アーティストが挙がることもあるだろうし、国宝三仏寺投入堂や菊竹清訓の東光園といった建築スポット、あるいは牛ノ戸窯や岩井窯など民藝の窯元に興味を持っていただけるかもしれない。全国一人口の少ない鳥取県では、巨額の資本が投下された目玉の観光文化施設もなければ、マスト・ヴィジットな芸術祭があるわけでもない。けれども、目を凝らせばこの土地に身を寄せる個人のささやかで個性的な活動が、ある種の文化的基盤を作り、土壌を耕しつつある様子を見ることができる。

2006年、鳥取市出身の演出家・中島諒人が立ち上げた「鳥の劇場」は、鳥取市鹿野町という、市街地からは少し離れた土地の廃校を拠点に活動する劇団である。2月の定期公演やゴールデンウィークの子ども向けプログラムなど、地方にいながら年間を通じてプロフェッショナルな演劇を鑑賞する環境を提供している。今年の5月には寺山修司原作『裸の王様』が渋さ知らズの生演奏とともに上演され、会場は緊急事態宣言下で遠出が難しい家族連れで賑わいをみせていた。また先日、9月に開催される「鳥の演劇祭」の2021年のプログラムが一部発表され、この地に小さな希望を与えたニュースとなった。今年で14回目を迎えるこのイベントは、約3週間にわたり国内外(2020、2021年は国内のみ)から招聘されたカンパニーやアーティストによる多彩なプログラムが展開され、年に一度の開催が待ち遠しい地域の「祭」として定着している。近年では戯曲講座やワークショップ、高校演劇の指導、障害のある人が参加する演劇プログラムなど、上演以外のパブリックな活動にも力点が置かれ、鳥取の文化拠点として大きな役割を果たしている。



鳥の劇場の全景[写真提供:有限会社キーワード]



『裸の王様』公演チラシ[写真提供:NPO法人鳥の劇場]


鳥取〜東京、鳥取〜海外の文化的往来

劇団員約20名で構成される鳥の劇場と比較すると、ごく小さな活動ではあるが「鳥取夏至祭」も鳥取のパフォーミング・アーツの企画として根付いてきている。イギリス、フランスで活動していたコンテンポラリーダンサーの木野彩子が、鳥取大学への就職を機に移住してきたのは2016年、その翌年にパリで夏至に開催される音楽祭「Fête de la Musique」に着想を得て、鳥取のまちや人に関わるイベントとして立ち上げた。公募によるアーティストたちがまちなかをステージに、即興で音楽とパフォーマンスを繰り広げ、通りを行き交う人々や空間を巻き込み、日常とは異なる時間を挿入する。5回目となる今年は6月19、20日に鳥取市街のわらべ館にて開催されるが、11名の県外のアーティストたちはオンラインでの参加となる。海外を含む各地から、また映像や詩など、ジャンルをさらに拡大した表現者たちの顔ぶれの多様さが、これまで木野が築き上げて来たネットワークの強みを証明している。



鳥取夏至祭2019公演風景(鳥取サンロード商店街)[写真:田中良子 写真提供:鳥取夏至祭実行委員会]


一方、ヴィジュアル・アーツのマイクロな活動として紹介したいのが、ふたりの映像作家のプロジェクトである。ひとつめは、東京と鳥取の2拠点で活動する波田野州平を中心に6名が構成する記録集団「現時点プロジェクト」である。市井の人々の生活史を映像で記録するこのプロジェクトは、これまで鳥取県内に在住する10名のオーラル・ヒストリーを集めてきた。これらの記録を160分にまとめた映画『私はおぼえている』は2020年の東京ドキュメンタリー映画祭でも上映され、また今年のゴールデンウィークには最新の映像が『仲倉壽子さんと商店の記憶』『竹部輝夫さんと中津の記憶』の2本にまとめられ、オンラインで配信された。


「私はおぼえている」第一話 小椋久義さんと家族の記憶


もうひとつは、佐々木友輔による鳥取県内で映画の自主上映活動をする人たちを2年間かけてインタビューした『映画愛の現在』である。鳥取県への移住アーティストのひとりである佐々木は、県内にたった3館の映画館しか持たないこの地で、「映画とは何か」を考えながら2019年、鳥取の映像文化のリサーチ活動に着手した。鳥取県内のほとんどを悉皆しっかい調査したとも思える圧巻の取材力をもとに、最終的には3部にわたるロードムービーとして完成させた。(じつは8ミリフィルムの保存公開活動者として、筆者も第1部に出演している)。2020年には鳥取県内3カ所でのお披露目上映会が開催されたのち、今年6月に開催されたロッテルダム国際映画祭のCinema Regained部門に選出され、第1部が上映された。「鳥取に暮らす人々」に焦点を当て、見えない歴史や文化を明るみに出すことを試みたいずれの作品も、日常を振り返り、足元を確かめることをひそやかに促してくれる。そして、至るところにアートが存在することを、改めて確認することとなるのである。


佐々木友輔『映画愛の現在 第1部/壁の向こうで』(予告編)(2020)

県民がつくる「開かれた美術館」


鳥取県立博物館


こうした地域での細やかな活動が多数ある鳥取で、筆者は県立クラスの美術館ではほとんど最後発といえる鳥取県立美術館の新設という巨大プロジェクトに携わっている。「新設」とはいえ、1972年に開館した県立博物館は、当初より自然、歴史・民俗、美術の3部門が共存する総合博物館として活動してきており、各分野の常設展示室に加え、約500平米の企画展示室を2部屋備えることで、日展をはじめとする大規模美術展の開催を前提とした施設として建設された。現在は美術分野が3本、自然分野と人文分野はそれぞれ1本ずつ、年間合計5本の企画展を開催している。また、開館年にはわずか18点であった美術の収蔵資料も、50周年を目前にした現在では古美術から近現代美術まで1万点を超える。コレクションの充実と引き換えに、収蔵スペースは不足し、設備の老朽化も深刻な事態を迎えつつあるなかで、2014年より改修や建て替えを含めさまざまな可能性を検討した結果、美術部門の分離独立が決定された。



鳥取県立美術館 南側外観透視図[提供:槇総合計画事務所]


現在の筆者の状況としては、博物館美術振興課と教育委員会直下の美術館整備局美術館整備課の2つの課を兼務し、博物館の通常業務と並行して、美術館準備を進めている。取り組んでいる業務を大まかに挙げると、1)美術館の実施設計を固める作業 2)新美術館で取り組む展覧会事業および普及事業の計画立案 3)オープンまでの準備期間中に実施するプロジェクト・企画 4)収集方針の見直しとコレクション形成、の4つである。ご存知の方も多いと思うが、鳥取県立美術館は、設計から運営を一貫してPFI(Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティヴ)手法で行なう日本初の美術館として注目されており、上記の4項目のうち、1)~3)については、現在県内企業を含む10社で構成する「鳥取県立美術館パートナーズ株式会社」とともに現在進行形で協議が進行中だ。この美術館のテーマは「県民立美術館」である。

検討や計画段階から、そのプロセスを公開し、県民が参画できる「開かれた美術館」を掲げて活動してきた。そのうちのひとつが、筆者が企画を担当する「ミュージアムサロン:アートと社会と未来について」というトークイベントである。これは、地域のキーパーソンをゲストに迎え、彼らの拠点を会場にこれまでの活動を伺いつつ、新設美術館に対する想いや期待、提案を、オーディエンスを交えてディスカッションするものである。2016年より12回にわたって開催してきたが、ゲストは「美術館に興味がある人」かつ「会えば挨拶はするが、じっくり話をする機会がなかった人」や「名前は知っているがまだ出会ったことのない人」、「行ったことのない場所を拠点にしている人」という基準でお声掛けしている。展覧会が主役の博物館で、来場者に出会う機会はごくわずかしかない学芸員にとって、開催地によって異なる層の参加者に出会い、ゆったりとカジュアルに話をする時間は貴重であり、ある種のコミュニティに関するリサーチ活動として、今後美術館を一緒に作り上げていく仲間探しとして、楽しみながら実施している。



ミュージアムサロン 会場風景[写真提供:鳥取県立博物館]


話をするなかで実感するのは、社会教育施設として活動してきた博物館から、より地域振興機能に領域を広げた美術館への期待である。美術館についての会話のなかで、十和田市現代美術館や金沢21世紀美術館、瀬戸内の一大アートエリアといった、ここ20年で観光施設としても成果をあげた美術館が引き合いに出される機会も多い。ただ、そうした経済的効果というよりもむしろ、「さまざまな人が訪れ、集い、楽しみ、交流する拠点」というサードプレイス的・コミュニティスペース的な機能が求められており、カフェスペースやライブラリーの充実をといった声も多く聞いてきた。ここにこそ、建築と運営が一体化したPFI事業に期待が寄せられる部分があるだろう。今回、建築を担当する槇総合計画事務所によるプランには、「ひろま」と「えんがわ」、大屋根の下の「創作テラス」という大きなフリースペースが備えられ、そこでの多彩な県民参画活動が想定されている。

2025年春の美術館オープンまで残すところあと4年を切り、プレサイトも公開された。開館記念展の企画会議も開かれ、にわかに焦りを覚えてきているが、小さな県ならではのコミュニティとネットワークを活かした美術館づくりを目指したいと考えている。

★──鳥取県教育委員会美術館整備課アーカイブ https://www.pref.tottori.lg.jp/bijyutsukanseibi-archive/

鳥取県立美術館プレサイト: https://tottori-moa.jp

 
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鳥取県立博物館

住所:鳥取県鳥取市東町2-124