2021年08月01日号
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キュレーターズノート

個と公の狭間での実践と、終わらない問い──展示と本を通して見せる「村上慧 移住を生活する」

野中祐美子(金沢21世紀美術館)

2021年06月15日号

2020年10月17日から2021年3月7日まで、金沢21世紀美術館において展覧会「村上慧 移住を生活する」を開催した。村上にとっては過去最大規模の個展であり、「移住を生活する」を大々的に紹介した初めての機会でもあった。
展覧会タイトルにある「移住を生活する」というのは、村上が2014年4月から継続しているプロジェクト名である。このプロジェクトは、村上が自作した発泡スチロール製の「家」を背負い、歩きながら移動し、寝るために家を置く「敷地」を他人から借りて移動生活をするものである。村上が、この移動生活中に自分自身に課している課題として、毎日日記を書くこと、貸してもらった敷地に家を置き「敷地写真」を撮影すること、各地で「土地のある家」のドローイングを描くこと、がある。生活しながら同時に制作をし、移動を繰り返す。実に忙しい毎日だ。そしてその生活そのものがいずれ作品としてかたちになるのである。

新しい「住み方」をつくる

[撮影:撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]


村上がこのプロジェクトを始めたきっかけは、2011年3月の東日本大震災とその後に起こる原発事故に端を発するが、それ以前にも以後にも目の当たりにしてきた自分が生きているこの「社会」への疑問や違和感、このままではいけないという危機感。そうした思いが彼を突き動かした。展覧会に寄せた村上のステイトメントには、ある意味彼の作家としての、いやそれ以上にひとりの人間としての姿勢が明確に示されている。その内容はぜひ展覧会ウェブサイトで読んでいただきたい。ステイトメントの一部を抜き出してみる。


毎日の生活のために毎日の生活をしていた。当たり前のことだ。でもあの津波と原発事故から、自分が立っているこの社会の地盤が思っている以上に脆いものであるという事実についても考えなくてはいけないと感じていた。そして、このまま普通に家賃を払って住んでいるだけでは「生き残れないかもしれない」と思うようになった。電気と水道とガスが通った家で普通に暮らしながら作品をつくること自体に嘘があるような気がした。そこでひとつ新しい試みとして、自分の「住み方」を作るところから始めてみようと思った。


また、ある誌面に村上はこんな風にも書いている。


私も電気が通っている家を借りて生活していますが、10年前に東日本大震災が起こった頃から、自分の生活に息苦しさを覚え始めました。原発の再稼働反対デモに参加しながら、自分は原発で作られた電気を使っていました。あの事故は自分の生活によって引き起こされたと感じました。それだけでなく貧富の差や過労死など、ほとんど全ての社会問題は自分の生活によって引き起こされていると感じました。私はアーティストだったので、この感覚を作品化する必要があると思いました。


現状に留まっていてはいけない、絶対安全と思っていた自分たちの生活や日常に疑いを持つことで、いま自分がどういう社会のどのような状況にいるのかを知ること。これを実践したのが「移住を生活する」なのである。家賃を払い、電気代や水道代、ガス代を支払い、働いて税金を納めて日々を送る。生活パターンがこのひとつしかないことへの違和感。それによってあらゆることを見過ごしてしまっているのではないかという不安感。村上はまったく別の生活をすることで、自分のなかに湧き出てきた疑問や違和感に対して向き合おうとする。


[撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]



6年の時間のすべてを見せる

筆者が村上の「移住を生活する」を初めて見たのは、2018年9月、金沢市が主催した東アジア文化都市「変容する家」での展示のときだった。この展覧会で村上は、「移住を生活する」の二軒目の家★1に関わる作品群を展示したのだが、私にはこのときの展示が作品の本質をうまく伝え切れているのか疑問だった。もっとこの作品が機能する展示方法があるのではないか、と思っていた。その後、ここで展示したものがすべて金沢21世紀美術館のコレクションとなった。「すべて」というのは、家だけでなくこの「二軒目の家」時代に描いたドローイング、撮影した写真や映像、移動した軌跡がわかる地図、そのすべてを指しており、その総体には《移住を生活する 2015.6-2018.9》というタイトルが付いている。

どのような展示をすると、この作品の本質を伝えることができるのか考える必要があると思っていたし、何よりも私はこの作品のことをもっと理解したいと思っていた。「変容する家」展の段階では、私はおそらくまだこの作品のことを十分に理解できていたとは言えなかった。収集後、できるだけ早い段階でこの作品を展示してみたいと強く思うようになった。

すぐに企画展示としてプレゼンする機会があり、2020年度、本作品を取り上げた村上慧の個展開催が決定した。展示室は約20平方メートル、天井高6メートルというこれまで村上が展示してきたスペースとは比べものにならない広さの空間だ。この十分な広さを活かして、村上は当館のコレクションになった部分だけでなく、これまでの「移住を生活する」のすべてを展示したいと申し出てくれた。三軒分の家、ドローイング、写真、映像、地図そして日記。展示の構成要素はとにかく膨大な量と情報量だ。この作品の展示の難しさは、まずこの構成要素の圧倒的な量。そして村上が6年以上かけて取り組んできたその「時間」を扱うという点にあった。

当初広すぎると思った展示室も、展示内容を詰めていくなかで次第にスペースが足りないという事態になった。そこで、地図はすべて展示室外側の通路の壁や天井へ張り巡らすことになった。村上が実際に歩いた道のりを、地図を辿りながら展示室へ向かう行為は、ちょうど当館の建築が街の中のように設計されていることともうまくリンクした。


「村上慧 移住を生活する」エントランス風景[撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]


「村上慧 移住を生活する」展示風景[撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]


展示室内はまるで迷路のようにサブロクのパネルを数百枚立てた。村上はパネル1枚を1日と考え、同じ日に描いたドローイングと日記というセットで貼りつけていった。ところどころに村上が撮り溜めた映像や家を設置し、展示室の奥の方には村上が「街の映画館」と呼ぶスペースをつくり、そこでは実際に敷地交渉している様子を映像で見ることができる。鑑賞者はその迷路のような、街のような展示室の中を目的地がわからない状態で歩き始め、しかし目の前に差し出された毎日の日記と細かい描線で描かれた家のドローイングに目を奪われるうちに、徐々に村上が過ごした時間のなかへいざなわれていく。


「村上慧 移住を生活する」会場レイアウトのスタディ模型[撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]


「村上慧 移住を生活する」展示風景[撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]



「体験」することの重要性

村上は、自分が「移住を生活する」をしているときの感覚に近いものを展示にしたいと言った。目的地がなく、次の瞬間、次の瞬間何が起こるのかまったく予測がつかないあの感覚。自分が動くことで、出会えた多くの人々、街、自然、出来事。それを日記に綴る。ドローイングは敷地を決めた段階で描いてきたため、寝る場所が決まった「点」をドローイングとした場合、日記はその点と点とを結ぶ間の「時間」とも言える。鑑賞者はそんな村上の6年以上にも及ぶ移動生活の時間をここで体験する。


「村上慧 移住を生活する」展示風景[撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]


そう、「体験」することが大切である、と村上は日記のなかでも繰り返し語っていた。


全て自分の身をもって体験しているので、僕はこの毎日をパーフェクトに信用することができる。テレビやネットや新聞を見て右往左往することはよくあるし、そればかりに気をとられて何も分かんなくなっちゃってる人もいるけれど、自分で経験したことは全て信用することができる。この体験してきた日々に確信が持てる。そうやって、嘘でもまた聞きでもない日々が積み重なっていく。これを突き詰めていくと、人生を肯定できるような気がする。(2015年2月10日)


初めてこの作品の展示を見たときの物足りなさは、おそらくこの時間の経験ができなかったことに起因するのではないだろうか。要素や情報の量だけでなく、そこに内包された時間や出来事の密度をどこまで鑑賞体験として経験できるのか、それがこの作品の展示方法でもっとも重視すべきことだと思う。


「村上慧 移住を生活する」展示風景[撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]


展示室中央に大きなテーブルを置いた。テーブルの背後にはホワイトボード代わりにA0サイズの用紙が貼られたパネルを数枚設置した。これは、「会期中、来場者やゲストなど、いろんな人と話す場をつくりたい」と村上が言ったことに端を発してプランの最初からあったものだ。村上慧という人は、人の話をとにかくよく聞いて考える。私は1年ほど彼と一緒にいて常々そう感じていた。彼はある日記にこんなことを書いていた。


油断するとすぐに、自分の身内から学ぶことを忘れる。自分が学ぶべきことは、本やテレビやインターネットや有名人のセリフの中にだけあるように思い、友達や家族からは学ばなくなる。これはこの社会の刷り込みだと思う。二次情報、三次情報があふれ、それだけに価値があるように錯覚してしまう。危ないことだ。人と話す時、いつも授業を受けるような気持ちで向き合う姿勢を忘れないようにしたい。(2014年12月21日)



「村上慧 移住を生活する」展示風景[撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]


こんなエピソードもある。

村上は移動中に人から食料や飲料などをよくもらう。けれど、それはほとんどの場合、歩くには負担となってしまうため断ることもあるという。「お金が一番いい」と言っていたが、ときどき、お金を物に換えるお店や自販機がないエリアで水がどうしても必要というときは、お金よりも水がいい。タイミング次第で欲しいものが違うのである。最近のインタビューでこうした出来事について答えている。


だから、結局大事なのは「いまなにがほしいですか?」っていう会話かもしれないですね。会話が大事、コミュニケーションが大事。7年もやってて出した結論が、会話することが大事っていうのもどうかと思いますけど(笑)。


会話が大事。とてもシンプルな回答だ。何か問題を前にしたときや、違和感や疑問に直面したとき、解決するためにはやはり他者と会話をし議論すること、これが一番重要なのではないか。それはどんなに小さなコミュニティであっても、国レベルの大きな出来事であっても同じだ。

会期中、下は小学4年生から上は80代までの人々が、定期的に行なわれる村上との「テーブルトーク」に参加した。自分たちの日常や生活、家族や友人との関係など、その都度トピックは集まった人によって違ったが、初めて会った人同士がテーブルを囲み、井戸端会議を繰り広げた。ホワイトボード代わりの用紙には、村上がその会話のなかで気になったことなどをメモしていく。会期終了時にはその用紙は何枚も重ねられていた。



「村上慧 移住を生活する」展示風景[撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]



本の形態でも伝える

さて、ここまで展覧会について書いてきたが、ずいぶん前に終了した展覧会についてこの場を借りて書かせていただいたのには理由がある。展覧会終了後に発行された「本」について触れたかったからだ。いまから紹介する「本」というのは、展覧会カタログとか記録集といった類のものではなく、「移住を生活する」というプロジェクトを展覧会ではなく別の方法で見せるとしたら、という可能性を探った結果つくられたものだ。

書籍のデザインは、展覧会全体のデザインワークを依頼したデザイナーの阿部航太によるものだ。阿部はデザイナーであるが、もうひとつの顔としてブラジルのストリートカルチャーの調査をしながらそれを映像や本などのかたちでまとめる文化人類学のフィールドでも活動をしている。デザインというのはきわめて公共性の高い仕事であるが、同じくストリートというまさに公共の場で起きている出来事に着目し、その二つの間を行き来する阿部と、「移住を生活する」で徹底的に個人と公共について考え続けている村上を引き合わせることが、今回の展覧会で私が密かに企んでいたことのひとつでもあった。きっと何か面白いことができるに違いない、と確信していた。

阿部に展覧会のデザインの依頼をした時点で、彼はすぐに村上の活動に興味を示し、十分に理解してくれた。それは今回の展覧会のDM、ポスター、ウェブデザイン、会場デザインすべてにいい影響を及ぼしたことは言うまでもないのだが、阿部と村上を引き合わせたことで生まれた今回の書籍について最後に少し書き記しておきたい。



村上の本はこれまで福音館書店から「たくさんのふしぎ」シリーズの絵本が1冊と、夕書房から一軒目の家時代に書き綴った日記をまとめた『家を せおって 歩いた』が出版されている。今回当館から出版された『村上慧 移住を生活する』は村上にとって3冊目の本となる。800ページを超える本書には「一軒目の家」から「三軒目の家」の間に制作したドローイングと、「二軒目の家」と「三軒目の家」の期間に執筆・撮影した日記と敷地写真、そして「二軒目の家」の期間に新たに制作された「Örebroの家」★2の制作物が収録されている。加えて、当館での展覧会の記録と、会期中に村上とのテーブルトークのゲストとして参加いただいた映像人類学者の川瀬慈氏と建築家の辻琢磨氏、そして筆者によるテキストが含まれている。

展覧会を企画し展示構成を考えるように、この本をどういうものにするか、村上、阿部、筆者の3人で何度も議論した。展覧会とは違う方法で「移住を生活する」を見せられないか。

ここでも展示のときと同様に、膨大な量の情報を扱うことに直面した。日記のなかにドローイングをはめ込んでいく方法は阿部からのアイデアであった。日記を読みながらその背景に各地で描きためた家のドローイングが現われる。そうかと思えば、突然、家を担いで歩いている村上の写真が続いたり、家の細部をクローズアップで写した写真や展覧会場の様子をさまざまな角度で捉えた写真が出てきたり。あるいは、村上が各地で撮影したスナップ写真や家を置くために借りた敷地のモノクロ写真が続いたり。時系列になっているのは日記と敷地写真のみで、それ以外の要素はランダムに現われる。また、日記のなかで村上が出会った人々と会話をしている記述が多数出てくるのだが、そこはわざとフォントを太くして際立たせた。ページはどこから見てもすんなり入っていける。物語のように前から順番に読み進めないと理解できないわけではなく、ページを開いたところは、たまたま村上が過ごしたある地点に過ぎず、そのときの時間や空気感が読者に自然に伝わり、のめり込めるような本になっていると思う。



800ページを超える本書はその物質感だけでも村上が過ごしてきた歳月を物語ってくれる。しかし、ページをひとたび開けると、日記、ドローイング、地図、写真によってあっという間に読者も「移住を生活する」の当事者になれる。そんな本を目指したつもりだ。あるいは、「移住を生活する」という作品を展示室やギャラリーではない、別の方法で見せようと試みたひとつの「展示」と言えるのかもしれない。展覧会をご覧いただいた人もそうでない人も、ぜひ一度手に取ってみてほしい。




日記を読んでいると感じるのだが、村上は移動生活のなかでいつも迷い、悩み、考え続けている。答えを出さず、これでいいのか? ダメか? なぜ? と自分自身に問いかけ続けている。

彼のそうした活動をアウトプットする方法として、今回は展覧会と本という形式を取った。そしてその両方の内容が完成形かと問われれば、そうではない。この先も変化する可能性は十分にあるだろう。なぜなら、いつも迷い、戸惑いながらも考えて先へ進む村上だから、次の展示の機会にはまた別の方法を提案してくるに違いない。「移住を生活する」は現在進行形で続くプロジェクトである。故に、アウトプットの方法も更新し続けていくことは自然なことのように思う。作家と対話できる限り、アップデートを続けるこの作品の今後が楽しみである。


[撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]



★1──現在、村上の家は三軒存在する。初代の家(2014年4月〜2015年5月)は激しい劣化により引退し、二軒目の家(2015年6月〜2018年9月)は2019年に金沢21世紀美術館のコレクションとなり作家の手元から離れたため、それ以降制作した三軒目の家を現在は現役で使っている。
★2──Örebroはスウェーデンの都市。村上は2016年7月6日から約2カ月間滞在しており、その時にÖrebro用の家を制作し「移住を生活する」を実施した。



村上慧 移住を生活する

会期:2020年10月17日(土)〜2021年3月7日(日)
会場:金沢21世紀美術館(石川県金沢市広坂1-2-1)
公式サイト:https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=17&d=1786
※本文中で紹介した書籍については、詳細情報が公開され次第追記予定です。


関連レビュー

村上慧 移住を生活する|村田真:artscapeレビュー(2021年04月01日号)
「ミヒャエル・ボレマンス マーク・マンダース|ダブル・サイレンス」、「村上慧 移住を生活する」、「アペルト13 高橋治希 園林」|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2021年03月15日号)

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