キュレーターズノート

小さな町で美術を耕す──小国町・坂本善三美術館と地域住民たちの数々の試み

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2021年08月01日号

日本で唯一と言われる畳敷きの展示室を持つ坂本善三美術館は、大分県に隣接した熊本県阿蘇郡小国町にある。名産の小国杉に囲まれた静かな山里にたたずむ同館で、9月4日まで開催中の「コレクションリーディングvol.5 プロダクツで作る坂本善三」展を訪問してきた。

衣・食・住から画家坂本善三を読み解く

「東洋の寡黙」「グレーの画家」として知られる坂本善三(1911-87)の作品に、新たな側面から光を当てるコレクションリーディング・シリーズは、これまでさまざまな試みを行なってきた。近年は、宮崎のコンテンポラリーダンスユニット・んまつーポスとつくる「拍手し展!」(2018)、町内の飲食店や旅館などが参加して「食」から坂本善三に迫った「おいしいもので作る善三展」(2020)などがあるが、今回はその集大成とも言える、食品、服飾、木工、陶芸、建築、デザインといった衣食住に関わる、中学、高校などを含む町内外の33のグループが、大きく「衣」「食」「住」の分野で参加している。


本館奥の間に常設展示される坂本善三《作品82》(1982)


「衣」では、唯一の町外からの参加で、福岡を中心に4店舗を展開する天空丸のファッション・ブランド「TIGRE BROCANTE」の、Tシャツのほか、トップスやパンツ、スカートにバンダナや日傘などに及ぶ、多彩なアイテム展開が目を引いた。なかでも、格子からこぼれる柔らかな光を日本的な抽象として描いた善三の代表作《作品82》(1982)をベースにした、シルクスクリーンのハンドプリントシリーズは、今回の目玉のひとつである。同社と美術館は、熊本地震の際に坂本善三の《城》をモチーフにしたチャリティTシャツを制作し売り上げを地域に寄付したことをきっかけに縁がつながり、今回の展開となった。デニムなどのインディゴ染め、絣(かすり)、注染など、同社が得意とするローカリティと手仕事を生かしながらも時代にフィットするものづくりと、坂本善三の目指してきた表現がうまく重なり、すでに一部が完売するほどの支持を生み出している。


(左上から時計回りに)「衣」のTIGRE BROCANTEのアイテム/「食」ジャンルのアイテム/「住」ジャンルの木工房えむら「赤い車のある風景三次元」/木工製品や陶器など(いずれも一部)


小国町には杖立温泉などの旅館街や飲食店が多数あるが、「食」のジャンルでもバラエティ豊かな製品が揃った。地元の酒造メーカーの吟醸酒、旅館の宿泊者限定の懐石の一品などのほか、小国ジャージー牛乳を使用したギーを生産する甘露堂の「おいしいものと溶け合う時」には、善三作品《赤い色の空間》(1986)を見ながらギーを味わうためのシタール演奏曲(しかもカセットテープ)がおまけについてくる。美術館はつい、正確で、かしこまった作品の解釈を受け手に求めてしまうが、参加者が思い思いに想像力を発揮し、ときにユーモアを交えながら善三作品を自分のものにしている、いい意味での「やってみよう!」という参加のハードルの低さに、思わず笑みがこぼれた。

「住」のジャンルでは、小国杉の里ならではの、木工を中心とした17グループが参加した。木工房えむらの「赤い車のある風景三次元」は、《赤い車のある風景》(1937)をすべて木製の立体で忠実に再現してある。小屋の屋根を開けると、絵には描かれていない屋内のレイアウトを実際にイメージしながらつくり込んであることに驚く。また、展示室の一番奥に鎮座する、よしの木工の「アトリエの中の書斎机」は、ひと際大きく、会場全体を見渡すような並々ならぬ存在感を発揮していた。「善三先生がアトリエで書きものをするならどんな机を使ったか」というイメージで制作された同作品は、漆を重ねて、机の前板には幅600ミリの一枚板を用い、椅子の座面には八代産のイ草を用いて軽やかさを出した結果、モダンさと和家具の良さを併せ持っている。小国の木工の第一人者だという同社の吉野正敏氏の技術の集大成だという同作は、情熱を持ちつつ実直に制作に取り組んできた坂本善三の生き方や作品に重なり合うようでもあり、小国の地で吉野氏がものづくりにかけてきた、ひたむきさや誇りを感じさせられた。


よしの木工「アトリエの中の書斎机」越しに見る展示室



善三美術館の新たな挑戦

小国町の人口は2021年現在、約6400人だが、この規模の町で30以上の団体が展覧会に参加することの凄さに改めて驚くばかりである。どれだけの準備が必要だったかと心配になったが、意外なことに出品の説明会は1回行なわれただけだという。無理やり集められたり、強制されたりするわけでもない。参加者が自然に集まってくる秘密は、やはり善三美術館が積み重ねてきた日々の活動にあるのではないかと山下弘子学芸員は語る。例えば、「食」ジャンルは「おいしいもので作る善三」展の参加者、「住」ジャンルは「おぐに木工展」などのベースがあるが、それ以外にも手づくり雑貨などのほか、歌やダンスやパフォーマンスから占いまで、町民が気軽に出店し参加できる「ZENZOアートフリマ」が2007年から継続的に開催されてきたことや、町内のすべての小学生が参加する「鑑賞教室」の蓄積がある。すでに没後30年以上が経ち、直接面識のある人が限られる状況にもかかわらず、町の人が「坂本善三さん」「善三先生」と敬意と親しみを込めて呼んでいることからもその定着ぶりがわかる。そして、コロナ禍で最終日に延期になったが、オープニングイベントに参加予定だったんまつーポスが、最終日まで毎日「TIGRE BROCANTE」のウェアを着て踊る写真をアップするという「んまつーポスが善三シャツを着つづける79日間プロジェクト」を自主的にスタートしている。日々、目が離せない。

そのようななかで、この春、善三美術館が始めた新たなチャレンジが「おぐに美術部」である。小国町も人口減少に悩み、小国中学には常勤の美術教師がおらず、小国高校では選択科目に美術がないという状況で、「美術の実技」「アートプロジェクト」「デジタル技術」の三本柱を中高一貫の地域美術部として、美術館が受け皿になって運営するという試みだ。学校部活動が地域スポーツへと移行していくように、美術館がその役割を担っていくというものだが、筆者自身が自館の活動に鑑みても、これらを企画し、継続していくには、正直、相当な決意がいる。しかし、善三美術館が本事業に着手したことは、それだけ待ったなしの状況が差し迫っていることの証左でもある。一方で、そこから意外な展開が発生していることにも注目したい。それが、東京・六本木の森美術館との連携プログラム「アート・キャンプ for under 22 Vol. 6 IN/BETWEEN:美術館をつなぐ」(全4回)である。コロナ禍でリアルな活動が難しいという状況下で、巨大都市と、山里の子どもたちがオンラインで出会うときに、どんな価値観の違いや共感が生まれるのだろうか、その興味は尽きない。もし、そのなかでひとつだけ確実に言えることがあるとすれば、世界屈指の美術館のプログラムに引けを取らない活動を、地域のなかで展開してきた美術館が小国町のなかにあることではないかと思う。


コレクション・リーディングvol.5 プロダクツで作る善三展

会期:2021年6月19日(土)〜9月5日(日)
会場:坂本善三美術館(熊本県阿蘇郡小国町黒渕2877)
公式サイト:http://event.sakamotozenzo.com/event/


災害時にアートに何ができるのか

熊本市現代美術館には6月1日から日比野克彦新館長が着任した。非常勤のため来館の頻度は限られるが、早速、その最初の仕事となったのが、東京藝大ILOVEYOUプロジェクトと協働した体験型シンポジウム「災害時のアートインフラを考える」であった。本企画は、令和2年7月豪雨で、地元人吉で被災した東京藝大大学院の上川桂南恵氏を中心に計画されたもので、日比野館長をコーディネーターに、地元商店街の中心メンバーで地域の避難所の指揮を執った車いすユーザーの長江浩史氏、天草丸尾焼の陶芸家で熊本地震後のアートプロジェクトを展開した金澤佑哉氏、舞台俳優で災害後にさまざまな避難所にアウトリーチを行なった松岡優子氏、被災地で用いられたブルーシートをアップサイクルする「ブルーシードバッグ」を制作し収益を寄付する仕組みをつくった佐藤かつあき氏など、多様なメンバーが災害時にアートに何ができるのかという報告を行なった。

開催時の6月22日時点では、美術館は閉館しており、出演者以外は完全オンラインでの開催となったが、上川氏の絵画《川の底の泥が頭の上に来るかもしれない》が展示された空間の中で、出演者の話をリアルタイムで、グラフィックレコーディングで記録していく内容となった。同日のアーカイブは熊本市現代美術館のYoutubeチャンネルで公開中である。また、当日制作された同作品は、東京藝術大学美術館で開催中の「SDGs×ARTs展 十七の的の素には芸術がある」で展示中である。外出がままならない時期ではあるが、ぜひ近隣の方は足を運んでもらえれば幸いである。




体験型シンポジウム「災害時のアートインフラを考える」

日時:2021年6月22日(火)18:00〜20:00
会場:熊本市現代美術館 Youtubeチャンネル


SDGs×ARTs展 十七の的の素には芸術がある

会期:2021年7月22日(木祝)〜8月31日(火)
会場:東京藝術大学大学美術館 本館 展示室3、4(東京都台東区上野公園12-8)
公式サイト:https://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2021/sdgs_arts/sdgs_arts_ja.htm

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