キュレーターズノート

対話の生まれる展示室から継承されるもの──「持続するモノガタリ─語る・繋がる・育む 八戸市美術館コレクションから」の実践

篠原英里(八戸市美術館)

2022年05月15日号

近年新たなスタートを切ったばかりの美術館のなかでは、どのような奮闘が日々繰り広げられているのだろう。2021年に再オープンを果たした八戸市美術館の学芸員の方々に、今年度より「キュレーターズノート」の執筆陣に加わっていただくことになった。初回は現在開催中の「持続するモノガタリ─語る・繋がる・育む 八戸市美術館コレクションから」展を担当された篠原英里さんに「対話」を通じた企画展の実践のレポートを寄せていただいた。(artscape編集部)

「おしゃべり歓迎」の展示空間

企画展「持続するモノガタリ─語る・繋がる・育む 八戸市美術館コレクションから」は、八戸市美術館が再開館してから初めてのコレクション展である。2017年4月に旧八戸市美術館が閉館してから、新美術館整備のために長らく展示できなかったコレクションを5年ぶりにお披露目する機会となった。展示は3章構成で、八戸の歴史・土地・交流を切り口にコレクションを紹介している。


「持続するモノガタリ─語る・繋がる・育む 八戸市美術館コレクションから」ポスター[デザイン:佐々木遊]


本展では展示室で話し声がよく聞こえる。毎日、何人もが展示室に並んだ作品を観ながら、おしゃべりしていく。「私、この作家と知り合いだったのよ」「よくわからないなあ」「この作家の画集が欲しい」「昔こんな場所あったよね?」「あ、蕪島の絵だ、ウミネコだよ」「見てこの色! 鮫町の雰囲気が出てる」「ウチにもこんな屏風欲しいわね、いくらくらいかしら」「この寄贈者のお屋敷が、実家の近くにあったんだよ」「墨にブランデーを混ぜて書いたって、またどうして?」「魔女の宅急便の絵だ!」「三味線かぁ、私は手が小さいから弾けなくて」「これ、あの会社の社長さんじゃないの」「この作家に絵を習ったことがあるよ」……。

「展示室では静かに」という美術館でよくあるルールは撤廃。むしろ、展示室のおしゃべりは大歓迎。というのも、美術館が語りの場となることを目指しているからだ。本展のテーマは、タイトルにあるように、「モノガタリ」を持続させること。ここでのカタカナのモノガタリには、作品(モノ)が語ることと、人が作品を語ることの二つの意味を込めている。簡単に言えば、作品も人も饒舌にしたい、といったところだろうか。


「持続するモノガタリ─語る・繋がる・育む 八戸市美術館コレクションから」展示風景[撮影:神智]


とはいえ、展示室で話すことに抵抗を感じる人がほとんどだろう。そこで、訪れた人たちが口を開きたくなるような工夫を、あれこれ考えた。

まず、今回展示する八戸市美術館のコレクションがどれも八戸市に縁深いことを活かし、主な来館者である八戸人の記憶を刺激することを考えた。近年の美術展の傾向に反して過剰気味に掲示した解説テキストに、八戸市内の地名や横丁の名をはじめ、八戸えんぶりといった文化、団体や会社、学校名を散りばめた。寄贈者名も了承を得て可能な限りキャプションに記載した。実際、展示が始まってから観察したところ、知っているキーワードを見つけると、やはりそのことを話したくなるようで、会話のきっかけになっていた。また、思わずツッコミを入れたくなるような作家たちのエピソード(ライバル作家だった渡辺貞一と名久井由蔵が酔っ払って道端で相撲をとり、入れ歯が雪の中に落ちて探すのが大変だったなど)を引用紹介し、豆知識を書いた「ひとこと」も作品の近くに掲示した。

さらに、展示室内では、インタビュー映像の上映も行なっている。この映像は、作家や関係者14名にインタビューを行ない、本展覧会のために撮り下ろしたもの。作品や作家をよく知る人々が語る声や姿からは、テキストでは伝わりきらない強い思いが伝わってくる。この映像のお陰で展示室には語る人の声がつねに響いており、展示室を無音にさせないことで、話しやすい環境づくりの役割も果たしている。


「持続するモノガタリ─語る・繋がる・育む 八戸市美術館コレクションから」展示風景[撮影:神智]



さまざまな対話のかたち

ここまで読んで、家族や友人と一緒なら話すけれど、ひとりで来た人はどうするの? という疑問を持った方がいるかもしれない。そんなときに話し相手になるのが、展示室にいる案内員。八戸市美術館の案内員は、他館でいうところの監視員のように来館者と作品の安全を守りながら、作品の案内も担う。事前に作品や作家のことを勉強しているので、知識を使いながら来館者に寄り添ってお話しして案内をする。案内員は毎日、来館者とどんなことを話したのかを、私にもシェアしてくれる。案内員によって声のかけ方はそれぞれで、個性が発揮されているようだ。

加えて、展示室の出口には、来館者と担当学芸員(つまり、私)が語り合うブースを設置している。これは、担当学芸員の名前から取って、通称・篠原部屋という。私は普段そこで仕事をしており、展示を観終えた人に挨拶したり、感想を聞いたりしている。なかには、私にガッツリと展示の要望を話す人や、人生相談に近い話をする人もいる。話す人がいないときには、仕事をしながら、展示室から出ていく人の様子を観察している。冒頭のような来館者のおしゃべりを紹介できたのはこのためだ。


担当学芸員と語り合えるブース


しかし、あまり人と話したくない、という人もいるだろう。それに、案内員や私が、全員と話せないこともある。そこで、「モノガタリカード」を設置している。このカードに感想や意見を書いて出すと、後日、私からのお返事付きでカードが館内に貼り出されるという仕組み。このカード上で複数回やり取りして、文通友達のようになっている人がいるし、多言語表記の有無について議論を交わしている人もいる。子どもが書いた絵や、美術館への批判や少し過激なことが書かれたカードも含め、いまのところ、すべてのカードにお返事を書いている。特にゴールデンウィークは、お返事を書くのに忙しかった。書くときには、堅苦しく無難な回答ではなく、一学芸員としての若干個人的なお返事をするように心掛けている。壁に貼られたカードが日に日に増え、いろんな人のいろんな考えを知ることができ、私にとってはとても学ぶことが多い。


館内に貼られたモノガタリカード[撮影:神智]



コレクションを次の世代につなぐために

ここまでしつこく語りに拘ったのは、コレクションを未来へ伝えるためには、語りが必要だと考えたからだ。

その背景にまずあったのが、新美術館の整備である。1986年に開館した八戸市美術館は、新美術館整備のため2017年に一時閉館。2021年の再開館に至るまで、どんな美術館であるべきか、必要なものごとは何なのか、設計者や市内の人たちと共に、ソフト面とハード面ともに幾度も議論してきた。再開館にあたって、建築もコンセプトも新しくなるなかで、旧美術館から受け継いできたコレクションを、新しい美術館はどのように考えるのか。再開館後初めてとなるコレクション展で、その姿勢が問われるのは確かだった。

また、同時に強く感じていたのが、世代交代である。八戸市美術館のコレクションは、明治から昭和にかけて活躍した作家の作品が多く、特にここ15年ほどで、複数の収蔵作家が残念ながら逝去された。もう作家に直接話を聞くことができない。あれもこれも聞いて記録に残しておけばよかったという後悔と反省があった。これは作家の問題だけではない。美術館の学芸員の世代交代も急速に進んでおり、現在当館に所属している学芸員6人は全員30代だ。

美術館が再開館した後も、時間は流れ、世代は次々交代していく。そのなかにあっても、コレクションやそれにまつわる情報を未来へ伝えるためには、語り続けることが大切だと考えた。それも、美術館だけではなく、できるだけ多くの作品、多くの人が語り、記憶に残り続けること──つまり、モノガタリの持続──が必要だと。作品から生まれた語りは、作品を育む存在でもある。語られることによって、作品も、人も地域も成長していく。


関連イベント鑑賞クラブ「木夕」で作品を語る参加者たち[撮影:神智]


最後に、モノガタリを持続する上で大切なのが、個人的な語りにどれだけ丁寧に向き合い、耳を傾け、伝えていけるかだ。これは、来館者とスタッフの距離感が近い、市立美術館の規模だからこそできる運営の活かしどころではないだろうか。



持続するモノガタリ─語る・繋がる・育む 八戸市美術館コレクションから

会期:2022年3月19日(土)~6月6日(月)
会場:八戸市美術館(青森県八戸市番町10-4)
公式サイト:https://hachinohe-art-museum.jp/exhibition/1353/

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