2022年07月01日号
次回7月15日更新予定

キュレーターズノート

「コレクション」を考える(4)──栃木県立美術館50年分のコレクションの歴史

志田康宏(栃木県立美術館)

2022年06月01日号

栃木県立美術館は、公立の近代美術館の先駆けとして1972 年11月3日に開館し、今年開館50周年を迎えた。それを記念し、2022年4月16日(土)から6月26日(日)まで、企画展「題名のない展覧会─栃木県立美術館 50年のキセキ」展を開催している。この展覧会は、50年の歴史のなかで収集・蓄積されてきた館蔵コレクションに光を当て、美術館の開館時からどのように作品を集めてきたか、学芸員の調査研究により、どのような作家を発掘し展覧会を開いてきたかを振り返る展覧会である。当館では通常、企画展は1人の学芸員が担当するが、今回は中堅・若手4人でタッグを組んだ。多岐にわたるコレクションを網羅し、それぞれの専門性を生かした新鮮な眼でコレクションの魅力の掘り起こしをはかるとともに、教育普及的な視点も盛り込み、単なる名品展ではなく館の歴史や特徴を示す内容の展覧会となっている。
本稿では、担当学芸員のひとりとして、栃木県立美術館の50年に着目した本展を辿ることを通して、地方公立美術館が蓄積してきた大規模コレクションの形成史の一端を紐解いてみたい。


「題名のない展覧会—栃木県立美術館 50年のキセキ」展 会場入口

「題名のない展覧会─栃木県立美術館 50年のキセキ」展

プロローグ 「白亜と鏡の美の殿堂」─美術館誕生!



栃木県立美術館外観[撮影:村井修]


展覧会冒頭で、当館を象徴する建築に着目するコーナーを設けた。当館は大阪万国博覧会(1970)の万国博美術館を手掛けた川崎清による設計で、当時最先端のデザイン性を誇る建築を現在も使用している。建築当初は「内と外をつなぐ」コンセプトに基づき、ガラス張りの壁面によって、館内と屋外がシームレスに繋がった光景が広がっていた。夜間開館をしていた時期もあり、ライトアップされた白亜の建築が夜の市街にきらめいていたという。開館10周年の時に同じく川崎の設計による常設展示館が増設され、企画展とコレクション展を同時に鑑賞できるようになった。その後、作品保護のための壁面パネルの設営やマイセン磁器展示室の開設、耐震工事などを経て現在の形となっている。縦横90度の壁面に加え、斜め45度の壁面が大胆に取り入れられ、変化に富んだ空間の連なりが独特な展示空間を生み出している。今回の展示では、建築当時の設計図面や建築模型、開館時から現在も使用している柳宗理デザイン・天童木工制作のスタッキングチェアなどを展示し、美術館そのものに着目してもらうことから展覧会をスタートさせた。

第1章 コレクション「ゼロ」からの出発

1)コレクションの始まり

当館は開館にあたり、まずは学芸員の調査研究に基づく主体的な企画展を開催することに最も力を注ぎ、美術館としての核を築くことに努めた。当初、収蔵品はわずか数点であったが、性急にコレクションをつくるのではなく、県関連作家やその作品の調査、回顧展の開催といった美術館活動と連動して徐々にコレクションを形成していくことが計画された。作家や遺族、所蔵家との信頼関係を築いていくなかで、作品購入予算がほとんどなかった収集初期には、特に貴重な作品の寄贈を多数受けることができた。新生美術館への期待と支援の意を込められたそれらの作品群は、現在もコレクションの大切な礎となっている。その後、購入による収蔵も少しずつ増え、収蔵品の数はいまや9,000点を超えている。第1章「コレクション『ゼロ』からの出発」では、美術館草創期に大規模な寄贈を受けた本県ゆかりの作家の作品などを通して、地域と密接な関わりをもった当館のコレクションの成り立ちを紹介している。

清水登之は栃木市出身の洋画家で、戦争記録画家のひとりとしても知られる。1972年、当館の開館記念展「栃木県の美術」に続く企画展として「清水登之展」を開催。以降、遺族から多数の寄贈を受け、現在当館では油彩や水彩・素描あわせて131点を所蔵している。《地に憩う》は第17回二科展(1930)の入賞作品で、この年の二科賞も受賞している。土とともに生きる農民の姿をしっかりとした描線と色彩で描き出した力強い作品である。



清水登之《地に憩う》(1930)、栃木県立美術館蔵


2)県美術作品等取得基金を活用した購入


モネ《サン=タドレスの海岸》(1864)、栃木県立美術館蔵


1980年代後半、日本の公立美術館でも高額の作品購入を可能とするために基金制度が導入され、当館でも多くの作品を収蔵した。90年代に収蔵した西洋絵画はいずれも当館のフランス・イギリス美術コレクションの中核を成し、シンボル的存在となっている。当館における最初の基金購入作品であるモネの《サン=タドレスの海岸》(1864)の初公開時には、来館者数は通常の3倍にまでのぼった。本作は作家の父の別荘があった港町の風景を描いた作品で、絵の勉強を始めたばかりの24歳の時の作品である。印象派にたどり着く前の初期の名品として人気が高く、他館への貸し出しも多い。

第2章 調査研究から展覧会へ

当館で50年の間に開催してきた企画展は240本を超える。本展第2章「調査研究から展覧会へ」では、当館歴代学芸員の調査研究により発見・再評価されてきた作家や作品、企画展開催を機に収蔵された作品や資料、当時の展覧会ポスターなどを担当学芸員のコメントとともに紹介している。



「第2章 調査研究から展覧会へ」会場風景(飯塚琅玕齋と重要無形文化財「竹工芸」保持者)


「竹のめざめ─栃木 竹工芸の精華」展(2014)、「竹の息吹き─人間国宝 勝城蒼鳳と藤沼昇を中心に」展(2020)では、栃木ゆかりの作家を中心に近現代の竹工芸を紹介した。栃木出身で竹工芸を芸術の域に高めた飯塚琅玕齋いいづかろうかんさいは、上京して中央で活躍後、戦時中の疎開や講習会などを通して郷里栃木県に竹工芸の種を蒔いた。良質な竹が育つ県北の那須・大田原地域を中心に芽吹いた竹工芸家たちの作品は、海外でも高く評価されており、現在は勝城蒼鳳かつしろそうほう藤沼昇ふじぬまのぼるの2名が人間国宝(重要無形文化財「竹工芸」保持者)に認定されている。学芸員の長年にわたる地道な研究が実を結び作品や資料を作家や遺族から譲り受けることも多く、2021年度には海外の所蔵が多いため国内での所蔵が少ない藤沼の竹作品2点を初めて収蔵することができた。

第3章 題名の〝たくさんある〞展覧会

第3章「題名の〝たくさんある〞展覧会」では、作品の脇にキャプションを置かず、少し離れたところに掲示し、作品名を想像して考えてもらうという試みを行なっている。これは、美術作品に題名が付けられることは普遍的な行為ではなく、19世紀に入ってから展覧会の出品リストに記載するために題名をつけるようになったという歴史性を反映したもので、美術館における展示行為自体を来館者に意識させる仕掛けとなっている。



「第3章 題名の〝たくさんある〞展覧会」会場風景


第4章 印刷物でたどる美術館のあゆみ



「第4章 印刷物でたどる美術館のあゆみ」会場風景


展覧会開催において作成されるポスターや図録などの印刷物も、当館では50年分の蓄積がある。本展では当館で開催してきた過去の企画展のポスターを大きなパネルにまとめた。これは、倉庫に保管されていた過去50年分の展覧会ポスターを1枚ずつ撮影し作成したものである。また過去の展覧会図録も選りすぐり、展示している。もちろん本展でもポスターや小冊子を作成し、ひとつずつ新たな歴史を刻んだ。展示した過去の展覧会図録と本展小冊子は、在庫のあるものに限りミュージアムショップで販売している。

第5章 魅せます! 県美のコレクション

本展では、企画展示室だけでなく、普段はコレクション展の会場となっている常設展示室も使い、全館展示を展開している。常設展示室では、栃木県ゆかりの日本画家や洋画家による絵画、豊かな自然に育まれた工芸、展覧会を重ねるごとに厚みを増してきた現代版画、近代挿絵史をおよそたどることのできる19世紀イギリスとフランスの挿絵本、早くから現代美術として研究に着手していた写真・映像作品などを展示している。



「第5章 魅せます! 県美のコレクション」会場風景


エピローグ つながる美術館

ミュージアムショップを出たフリースペースにて、「エピローグ」と称して当館の教育普及事業をパネル展示で紹介している。2000年以降は展覧会の枠を超えて、美術館が多様な作品や価値観との出会いの場となり、地域の人々や教育機関などと連携しながら地域コミュニティのハブとして機能していくための、さまざまな教育普及事業を展開している。

また今回、来館者アンケートで当館コレクションの人気作品投票を実施している。投票の結果を今秋のコレクション展Ⅲ「みんなの《推し》コレクション!」の出品作品選定の基準とする予定となっている。当館では初の試みとなるが、実際に集まったアンケートを見ながら率直に感じていることは、人気投票に対する来館者の反応がとても良いということである。アンケートが予想以上に集まりがよく、展覧会の感想や「県美との思い出」の項目には個人的な思い出や心温まるエピソードが数多く綴られ、長い歴史を持つ当館の実績を感じているところである。もちろん初めての訪問の方からのコメントも良く、有意義な企画となっていると感じている。

未来のために

県立美術館規模のコレクション形成の事例としては、第2章のような学芸員の地道な調査研究が基礎にあることが、本展のベースになっている。また収集された作品を適切な環境で保管するための収蔵庫の存在や、展覧会として作品を展示するための展示室というミュージアムならではの機能が大規模コレクションを形成し維持するための礎となっている。県民の財産として収集・形成されたコレクションをこれからの未来にも受け継いでいくため、日々の調査研究を継続していくこと、そしてそのための環境を維持し続けることが肝要である。

ミュージアムの開館周年展は全国的にも開催されている。特に2020年以降、海外からの作品を借用した大型展の開催が難しくなってから特に増えているようだ。今後も開催され続けるであろう周年展の一事例として、本展が参照軸のひとつとなれば幸いである。

題名のない展覧会─栃木県立美術館 50年のキセキ

会期:2021年4月16日(土)~6月26日(日)
会場:栃木県立美術館
(栃木県宇都宮市桜4-2-7)

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