2022年11月15日号
次回12月1日更新予定

キュレーターズノート

観光と造形の間を行き来する12通りのイメージ──「小林耕平 テレポーテ―ション」

野中祐美子(金沢21世紀美術館)

2022年10月15日号

「テレポーテーション」という言葉を聞くとどこか懐かしい響きがするのは私だけだろうか。幼少期、日本の多くの子供たちが観ていたであろうアニメ「ドラえもん」の影響かもしれない。ドラえもんは、瞬間移動の道具「どこでもドア」でのび太を幾度となく助け、机の引き出しを開けると「タイムマシン」で過去にも未来にも自在に移動することができた。私にとってのテレポーテーションを考える原初体験はこのアニメだったように思う。

「交換」を考察する

さて、現在、黒部市美術館で開催中の展覧会「小林耕平 テレポーテーション」は、小林が黒部の地理的、歴史的特徴をリサーチし、「切り離し」「移動し」「再度接続する」という概念的なテレポーテーションの考え方を通して、主にモノや意味の交換について考察するものである。本展覧会の構成は次の通りである。

展示作品は1点。


《テレポーテーション》(2022)
ビデオ・インスタレーション(1本のビデオ、オブジェクト)
約1時間31分
構成・オブジェクト・テキスト:小林耕平
デモンストレーター:小林耕平、山形育弘
撮影:渡邉寿岳


小林・山形の掛け合いは、いまや小林作品には欠かせない。そしてその二人の様子を独特の距離感で撮影する渡邊もだ。


《テレポーテーション》(2022)より[撮影:大西正一/写真提供:黒部市美術館]


1時間31分の映像のなかには12の項目があり、それぞれが黒部の観光名所や風景、文化を題材として、美術表現にまつわる作家の関心ごとが、地域で得た知識や認識に重ねられている。そして、イメージ、運動、切り取り、接続、境界、重力、拡張といったキーワードから繰り広げられる問いかけが、「観光」と小林が制作した「造形」の両者に投げかえられ、それぞれの風景のなかで小林・山形による問答が実践される。その様子は、造形物と風景との違和感も相まってとてつもなく滑稽である。が、その滑稽さのなかにこそ、真理が隠されているのが小林作品である。終始笑いが絶えない鑑賞体験ではあったが、つねに頭をフル回転させて、自分の持っている常識や固定観念のようなものを払い除け、小林が設定した「観光案内」に乗っかることで初めてこの展覧会を鑑賞=旅することができる。


《テレポーテーション》(2022)より[筆者撮影]



地図(ハンドアウト)を片手に

というわけで、展覧会の内容に触れながら、「テレポーテーション」というテーマで小林が考察しようとしたものの根幹を探ってみたい。

まず入り口で手渡されるのがハンドアウトである。片面には小林が制作したオブジェクトの「造形指南」が丁寧に記述され、もう片面にはそれぞれの風景(撮影地)の「観光案内」が地図付きで紹介されている。純粋に黒部の観光地や知らなかった場所を知ることができ、黒部に初めて来た人は美術館とセットでこのハンドアウトを片手に旅行もできそうだ(いや、むしろそのセットを体験してこそ展覧会の鑑賞としては完結するのかもしれない)。

展示室の入り口には「テレポーテーションキャップ」と名付けられた二つのキャップが天井からぶら下がっている。まるで別の世界のへの入口を示唆するような、この先広がる展示室での未知なる体験を暗示するかのようである。実際、映像のなかで、小林と山形はこのキャップを被っている。テレポーテーション中、ということか。頭上に浮いているキャップを見て、筆者はここでもまた、ドラえもんの道具のひとつ「タケコプター」を思い出していた。


テレポーテーションキャップ[撮影:大西正一/写真提供:黒部市美術館]


展示室には12項目分のオブジェクトがランダムに配置され、それらはゆるやかにつながり、お互いに関係し合っているようにも見えた。鑑賞者はオブジェクトの間を縫うように奥へと進んでいく。突き当たりの暗室には1時間31分の映像が上映されている。そこには、いま見てきたオブジェクトを誇らしげに説明する小林と、小林からの質問やツッコミに冷静に答える山形のやりとりが続く。


イメージの所在:閃き方|生地中橋/源兵サの清水[筆者撮影]


運動の分け方:モチーフと解釈|東山円筒分水槽[撮影:大西正一/写真提供:黒部市美術館]


境界としての輪郭:地と図|僧ヶ岳(雪絵)片目川左岸[筆者撮影]


本作品は以下の12の項目に分かれており、各セクション名は、「テレポーテーションの視点:美術表現にまつわる作家の関心事|地域の風景や文化的な事象」という観点から付けられているようだ。


1.  個と全:鑑賞者の設定|下立駅とおおべっさま迎え
2.  イメージの所在:閃き方|生地中橋/源兵サの清水
3.  運動するベース:イメージと支持体|宇奈月温泉(黒部渓谷トロッコ電車)とジルコン
4.  運動の分け方:モチーフと解釈|東山円筒分水槽
5.  切り取りとテレポート:点と線|僧ヶ岳(雪絵)黒部川左岸河口付近
6.  二方向へのパス:ネガとポジ|不動堂移籍と圧痕レプリカ法
7.  忘却による未来との接続:展示マケット|魚津埋没林博物館
8.  境界としての輪郭:地と図|僧ヶ岳(雪絵)片目川左岸
9.  リンクの解除:作品の設置|黒部川河口
10. 重力からの解放:視点の階層|下山芸術の森 発電所美術館
11. 身体の拡張:立体視|僧ヶ岳(雪絵)魚津水族館
12. 物体とイメージ:イメージの持ち運び方|黒部市歴史民俗資料館、お光とゴッホ


12項目すべてを紹介したいところだが、それはぜひとも展覧会場で体験していただきたいので、その一部をここでは紹介してみたい。


切り取りとテレポート:点と線|僧ヶ岳(雪絵)黒部川左岸河口付近

黒部市と魚津市にそびえ立つ僧ヶ岳の雪絵を題材に話が始まる。雪絵(雪形とも言う)とは山肌の残雪やそこから覗く岩肌などの形を、人物や動物などの形に喩え名前が付けられたものである。僧ヶ岳の雪絵は全国的にも高く評価され、季節を告げる風物詩として魚津市民にも親しまれ、かつては農耕や川の水量の目安とされていたそうだ。

小林はある研究者が撮影した僧ヶ岳の雪絵の写真をキャンバスにトレースして描き、全体像から徐々に拡大していくかたちで合計4枚のドローイングを描いた。その4枚を元に、小林・山形は僧ヶ岳がよく見える場所でデモンストレーションを実施した。


切り取りとテレポート:点と線|僧ヶ岳(雪絵)黒部川左岸河口付近[筆者撮影]


このトレースして描くという作業のなかには、そもそも自然界がつくり出した現象のなかから人為的に「切り取り」という行為が生じる。画面に収めること、形をなぞること、色分けすること、これら切り取った複数の画像を点としたとき、その点と点を結ぶ線の引き方こそテレポーテーションそのものだという。どういうことか。

今回、小林は4枚のキャンバスに分けて雪絵を描いており、それぞれに具体的な対象を見出すことができる。しかし、それはあくまでも人間の認知の範囲(僧、兎、馬など)を超えるものではなく、人間側で一方的なストーリーを展開しているに過ぎない。自然界はもっと別のメッセージがあるのではないか、それぞれのイメージに我々の認識とは異なる関係性があるのではないかという可能性を想像することの必要性を小林は主張する。そのとき、バラバラの4枚のキャンバスを見る私たちは、あらゆる組み合わせで4枚のドローイングに視線を巡らせることができるはずだ。この4枚の間に我々の知らない関連性があるのではないかという可能性を探ること、我々の言葉で組み立てている論理の外側のことを考えることの必然性。そこにテレポーテーションの意義がある。小林は、自然が描きだす現象をなぞる行為は、人知を超えた自然のサイクルのようなものに触れる接点になるのではないかと考える。同時に、そうした自然界の人知を超えた現象をテレポートするからこそ、途中で誤作動のような、エラーのようなものが生じることへの期待感も示唆する。

この誤作動というのは、テレポーテーションにおいてとても重要なことである。

またしても「ドラえもん」を参照してしまうのだが、「どこでもドア」や「タイムマシン」を使うとき、決まって何らかの誤作動が生じていたように記憶している。しかし、それが物語を発展させるきっかけでもあったはずで、テレポーテーションにおける誤作動というのは、物事をより複雑に発展させていく。繰り返しになるが、考え方として「我々の言葉で組み立てている論理の外側のことを考える」ことでテレポートを可能にさせるのである。


忘却による未来との接続:展示マケット|魚津埋没林博物館

魚津埋没林博物館には約2000年前の杉の樹根が地下水を利用した水槽に保存されている。1930年の魚津港改修工事の際に、杉の原生林跡が見つかり、出土した場所にそのまま地下水を満たしその一部を保存した。

この撮影地で小林が見せた作品はコンクリートの塊に細い木が突き刺さり、木の枝にはポラロイド写真が複数枚付いているものだ。小林は山形にこれは何か? と問いかけるが、さっぱり見当もつかない様子の山形に、写真に写っているのは間もなく始まる黒部市美術館での個展の展示マケット写真であることを伝えると、山形は自分がまだ見ぬものであることに納得する。


忘却による未来との接続:展示マケット|魚津埋没林博物館[筆者撮影]


さらに小林はこれから起こり得る展覧会のマケットをコンクリートの中に埋めて見れないようにしたことを明かす。このセクションでの小林の試みは「忘れること」でテレポーテーションを可能にさせるのではないか、という探究である。

例えば、展示されている埋没林を引き合いに、これらは長く地中にあり忘れられていた、だからこそテレポートできたと言う。では、これから起こる、つまり未来の展覧会を忘れることはできるのか。これから起こりうる未来のことを忘れることで、未来が訪れたとき、そこにテレポートが成立するというのである。「忘れる」とはそもそも、経験しないと忘れることは不可能ではないかと疑問にもつのが通常の思考だろう。しかし、ここでは、「埋める」という行為を参照して一旦忘れてみることをデモンストレーションしている。小林はこの忘却状態をつくり出したうえで、展覧会設営時におそらくテレポートの瞬間を経験したに違いない。


物体とイメージ:イメージの持ち運び方|黒部市歴史民俗資料館、お光とゴッホ

黒部市歴史民俗資料館には「日本三奇橋」と言われた愛本刎橋の復元模型が展示されている。かつて橋があった場所には現在、赤いアーチ状の橋が架かり愛本橋として親しまれている。この橋の近くにある愛本姫社には、大蛇に嫁いだ茶屋の娘お光の像が御神体として祀られており、その像は江戸時代の浮世絵師渓斎英泉が描いた「花魁」である。歴史民俗資料館には、その「花魁」のレプリカとゴッホが英泉の「花魁」を模して描いた絵画のレプリカが展示されているそうだ。また、ゴッホの《タンギー爺さんの肖像》の背景にも同様の「花魁」のイメージが描かれている。お光とゴッホの関係、そこには紛れもないテレポートが存在している。このイメージの移動をヒントに、小林は黒部市下立の観光マップに掲載されている写真を切り取り、自宅に眠っていた各地でお土産として購入したキーホルダーのイメージの上に貼り付け、新たなキーホルダーを作成した。お土産というのは、その土地の記憶や思い出を旅人が誰かに贈ったり自分のために持ち帰るものである。つまり、元あった場所から離れていくことを前提としている。そのとき生じるのがイメージの移動、テレポーテーションである。


物体とイメージ:イメージの持ち運び方|黒部市歴史民俗資料館、お光とゴッホ[筆者撮影]



リンクの解除:作品の設置|黒部川河口

ゴッホの《タンギー爺さんの肖像》や《東海道五十三次「大磯」》、ガリガリ君のパッケージをそれぞれ恣意的に5分割する。作品ごとに分割したものをアクリル板に1片ずつ貼り付け、作品ごとにレイヤー状に立てたものを風景のなかに設置する。


リンクの解除:作品の設置|黒部川河口[筆者撮影]


本来はひと続きの図像だったものが、バラバラになった時点で、かつて認識されていた図像ではなくなり、単体の名付けようのない物体となる。小林は一旦、それまでのつながりを解除して、まったく別の何かと再結合させるということもテレポートと言う。

ガリガリ君のパッケージに描かれているコップや氷と、黒部川河口で岩を積み下ろすクレーン車と岩とがワンセットで新しいイメージが生まれ、《東海道五十三次》の図像が目の前にはないが太平洋があると想像して重ねてみると、また別の図像が生成される。一枚の絵の中の図像は、隣り合う図像と強く結びついているが、その関係を切り離してみると、ほかの物事と再接続する可能性が広がる。ここでは図像間のリンクを解除させ、新たな接続先を求め図像を彷徨わせる。


リンクの解除:作品の設置|黒部川河口[筆者撮影]



「世界観」とは何か

そのほかにも、地域の信仰の対象である神と鑑賞者を重ねたり、湧水とイメージの源泉について考えたり、圧痕レプリカ法を引き合いにネガとポジに着目することで情報やメッセージの伝達について考察するなど、小林の驚くべき視点の転換やズレから生じるユニークな発想は、黒部の観光地の風景とともに鑑賞者の脳裏に焼き付いていく。

このように、12通りの切り口で、小林はテレポーテーションについての考察を展開させた。ベースは小林の制作活動そのものにあり、小林が物事を考えるときの基礎となるような部分がそのまま作品化されているように感じた。

作品内で小林が山形に「世界観」とは何か? と問いかける場面がある。世界観とは自分の周りをどう見ているのか、どのように捉えているのか、ということだとするならば、今回の展覧会を経験した鑑賞者の多くは、各々の「世界観」が大きく揺さぶられるはずだ。我々の思考は、どうしても人間中心になりがちであり、それゆえに見えなくなっている事象や、見過ごしてしまっている現象は無数にあるだろう。我々の生きている世界はもっと多様で多角的な広がりを持つ世界である。テレポーテーションという手法は物理的な移動は難しくとも、今回のような概念的な移動、切り離し、接合など、いくらでも私たちの世界の見方を変えてくれるのである。

小林は担当学芸員に「来場者の入口と出口が違っていたらいいな」とコメントしていたそうだ。筆者が会場を出るときには、間違いなくあのテレポーテーションキャップはタケコプター以上のものに見えたはずだ。




小林耕平 テレポーテ―ション

会期:2022年9月23日(金)~12月18日(日)
会場:黒部市美術館(富山県黒部市堀切1035 黒部市総合公園内)
公式サイト:https://www.city.kurobe.toyama.jp/event/detail.aspx?servno=30772

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