キュレーターズノート
美術家を囲む郷土(ローカル)と、そこから立ち上がる景色──福岡の二人の作家の活動を通して
正路佐知子(福岡市美術館)
2022年12月01日号
対象美術館
アーティストやアートスペースの活動を通して、美術館の活動や美術館学芸員としての自身の足元を見つめなおすことは少なくない。この秋、そのような観点から特に気になった二人の美術家の活動を紹介したい。どちらもアーティストが主体となり、時間をかけて準備された企画である。
牛島智子個展「2重らせんはからまない」と『ミミズになる。記録集』
現在、福岡県立美術館では「牛島智子 2重らせんはからまない」が開催中だ(2022年12月4日まで)。牛島智子については2021年3月15日号でも一度紹介したが、牛島にとって美術館主催の個展は今回が初めてとなる。本展では、福岡県立美術館の4階展示室をフルに使用した「回顧展」が試みられた。過去作品を制作年順に並べる単純な回顧展ではない。牛島が自身の活動を回顧することそれ自体をコンセプトとする展覧会である。だから個展でありながらも、牛島が生まれ育った福岡の八女ゆかりの坂本繁二郎をはじめとするいわば牛島の先輩にあたる画家たちの作品から展覧会はスタートする(作品にはそれぞれ牛島の言葉が添えられている)。もちろんシェイプドキャンバスのペインティングや、八女和紙を使用したインスタレーションなど、これまでの活動のエッセンスを伝える作品群も紹介され、牛島の歩みもダイナミックな作品を通して知ることができるのだが、本展の核となるのは、福岡県立美術館の展示室壁面に設置されたガラスケースを螺旋に見立て展開する新作平面作品《KAIKO節》のインスタレーションと、立体作品《MAYUDAMA》だ。《KAIKO節》は3角形から12角形までの多角形で成る牛島の「年代記」ともいえる作品。3角形には牛島の生年である1958年から3年分、4角形には1年重複するかたちで1960年からの4年分が、5角形には1963年からの5年分が、12角形では2012年から2023年までが記され、各年の出来事や展示に関する資料が貼り込まれている。2023年の部分は白紙だが、1年後多くの資料で埋め尽くされることは容易に想像できるだろう。そして会場奥に鎮座する白く大きな《MAYUDAMA》の中に足を踏み入れると、この造形が《KAIKO節》を構成する多角形をつなぎ合わせできていることに気づく。「回顧」「らせん」をキーワードに、牛島の思いがけない発想とユーモアに心躍る鑑賞体験が待つ本展は12月4日に閉幕するが、出品作品の写真は11月中旬に発行された展覧会記録集に収められているのでぜひ手に取っていただきたい。
本展覧会に先行して9月に発行されたのが『秋の種 2021→22:牛島智子 インスタレーション ミミズになる。記録集』だ。「秋の種」は2019年に始動した、キュレーターやエディターらによるコレクティブの名称で、これまでに女性アーティストを取り上げたグループ展や個展を年1回のペースで開催してきた。その3回目の企画として、2021年12月から2022年3月の間、牛島智子展「ミミズになる。」と全4回にわたるアーティスト・トーク「牛島カイコ」が、秋の種企画委員会代表でもある宮本初音の運営するスペース「Art House 88」で開かれていた。現在から1980年代まで、時を遡るかたちで語られたトークの冒頭、牛島は福岡県立美術館での個展に向け「自分の64年間を一瞬にして見られる作品をつくりたい」と、「2重らせんはからまない」のコンセプトについても語っている。トークは県立美術館の個展に先んじて行なわれたが、その内容はすべて記録集に収録されており、展示内容をも補完する。話題は九州産業大学時代やIAF、上京後のBゼミでの活動、帰福後の地域との関わりや津屋崎現代美術展との出あいといった美術活動についてだけではない。「男と女だったら女の方、都会と地方だったら地方の方にい」た牛島がこれまでに直面してきた「ネガの部分」や、そのなかで社会の仕組みを考える癖があること、「どうしていいかわからないときには作品にする!」という美術との向き合い方についても、率直に語られている。ひとりの美術家の軌跡と言葉は、彼女を取り巻く美術状況を逆照射し、時に批評する。「回顧」展という形式を作品、展示そして語りによって幾重にも並列させることで「64年間」を示した牛島智子の力量に圧倒された。
「2重らせんはからまない」会期中、福岡市内のギャラリーEUREKAで数日だけの個展「牛島智子展 うたう、うた 口火をキル」も開かれた(2022年11月4日〜7日)。同展のトークイベントで牛島は、「2重らせんはからまない」を企画担当した福岡県立美術館学芸員の藤本真帆と、「秋の種」の代表であり「ミミズになる。」の会場となったArt House 88を運営する宮本初音をゲストに、アーティストと展覧会の関係、美術状況について語り、「口火を切った」という。牛島が仕掛け、美術館やスペースが行なったこれらの展示、記録集の発行そしてトークイベントはまるでひとつのプロジェクトのようだ。福岡の美術をめぐる状況を変える一手になるかもしれない、そんな期待を抱いた。
新庄良博の作品と企画
「絵画と遺稿 古賀春江と坂宗一のころ 新庄良博の書庫より」
今年の5月、福岡市天神のギャラリー「アートスペース貘」で新庄良博展を見た。新庄良博は1951年生まれ。会社勤めを経て1980年代より福岡県筑後市を拠点に活動する彫刻家だ。素材はクスノキを中心とする木材で、チェンソーによって造形される。刻まれた跡は粗野で激しくもあるが、その作品は素材のぬくもりを感じさせる。定期的に新作を発表し、近年は九州芸文館の企画等で若い作家と共に展覧会に参加する機会も増えている。2020年に肩を傷めたが、療養中にも手指を用いて小品を制作し発表するなど精力的な活動を続ける。肩の負傷からの本格的な復帰展となった5月の展示は大型の球形の作品《HOSHINOZA2022》だけでなく、チェンソーによる木肌を写し取ったフロッタージュの平面作品など新たな試みも見られ、挑戦を続ける表現者の姿を印象付けた。
その際、アートスペース千代福で秋に予定している展覧会の案内を手渡されていた。タイトルは「絵画と遺稿 古賀春江と坂宗一のころ 新庄良博の書庫より」。新庄の彫刻を展示するのではなく筑後地域の洋画家・坂宗一(1902-90)の作品・資料を展示するという内容を不思議に思いながらも、開催のずいぶん前にこのような案内が完成していることに並々ならぬ意気込みを感じた。当初9月17日から25日までという短い会期だったが、12月末まで展示が続行されることとなり現在も事前予約制で観覧可能だ。
アートスペース千代福は酒蔵だった鉄筋コンクリート製の建物を改修し、2003年にオープンしたオルタナティブスペース。発足当時は8名の作家でさまざまな展覧会やイベントを開催。メンバーはその後変動し、現在は新庄良博、津田三朗、岡田伸雄、松尾伊知郎の4名で運営している。近年、コロナ禍もあって展覧会等はほとんど行えていなかったが、再びこの空間を活用していきたいと考えているという。
千代福の1階のスペースではメンバーの作品、特に新庄の作品が多数並ぶ。1990年代の過去作から、2019年に制作したもののコロナ禍でほとんど人に見せることも叶わなかったという竹を用いた大作まで、さながら新庄良博展のようで見応えがある。
「絵画と遺稿 古賀春江と坂宗一のころ 新庄良博の書庫より」と題された企画展は2階のスペースに展開する。本展覧会は、2年前に新庄が坂宗一の遺族から譲り受けたスケッチブック27冊や絵画などを核に企画構成された。展覧会名にも表われているように、坂だけでなく筑後画壇の画家を含むたくさんの絵画や資料、そのすべてが新庄良博のコレクションだという。坂の師である坂本繁二郎や七つ上の先輩で親しくしていたという古賀春江との関係を窺わせる資料も示されて、関係者から譲り受けた坂本繁二郎の愛蔵の額縁や壺もあれば、青木繁の生家が解体・廃棄されたときに業者の許可を得て救出した障子戸も、松田諦晶の自画像と伝わる人物画も含まれる。展示物の選択には筑後地域の先人の背中を見て、その活動を追いかけてきた新庄ならではの視点、そしてその関係から見える景色が示されている。
新庄は肩の療養中に、坂宗一の27冊のスケッチブックに書き込まれた情報(スケッチや習作だけでなく寄稿文の草稿と思われる文章やメモ)をノートに書き起こし、年代特定も行なった。丁寧な作業には、今後の研究に資するものになればとの思いが溢れている。本展でスケッチブックは新庄の手によって本展のため一時的に、一冊ずつ丸ごと額装され、一枚の絵画作品のように展示されている。開かれたページ以外にも豊かな世界が広がっていることが容易に推測できる。坂は自作について、師事した「坂本(繁二郎)のリアルがしみこんだ」ものであるが「絵そらごとが好きで、大まじめに正面切った絵はきらい」と語っている。素朴なタッチで実在する風景もどこか心象風景的で詩情に溢れているのが坂の特徴といえるが、新庄が坂の作品のなかでも一推しする《牛舎》をはじめ、見事な対象把握にも今回気付かされた。
1997年に開催された「坂宗一展」の図録において美術評論家の谷口治達は、坂の「主要作の大半が行方知れずになっている」ことを憂い、「主要作の多くが発見され整理された時こそ坂宗一画伯の芸術が真に再評価される時だと思う」と締めくくっている。しかしながら25年が経っても状況は変わってはいない。そのような郷土の画家に対して「こんな魅力のある人はいない」という確信を持つ同郷の美術家が時間をかけて探り資料と共に紹介する本企画は、福岡の近代絵画史を新たな視点で再考する必要性を問いかけていた。
牛島智子 2重らせんはからまない
会期:2022年10月15日(土)~12月4日(日)
会場:福岡県立美術館(福岡県福岡市中央区天神5-2-1)
公式サイト:https://fukuoka-kenbi.jp/exhibition/2022/0308_14707/
本展出品作品について(会場パネルテキスト、記録集ジャケット裏の作品リストほか/福岡県立美術館ブログ):https://fukuoka-kenbi.jp/blog/2022/1117_15467/
『秋の種 2021→22:牛島智子 インスタレーション ミミズになる。記録集』
[販売場所]
・福岡県立美術館「牛島智子 2重らせんはからまない」会場受付(2022年12月4日まで)
・EUREKA(福岡県福岡市中央区大手門2-9-30 Pond Mum KⅣ 201)
・「ART BASE 88」ショップ(オンライン)
絵画と遺稿 古賀春江と坂宗一のころ 新庄良博の書庫より
会期:2022年9月17日(土)〜12月末 ※事前予約制
会場:ギャラリー千代福(福岡県久留米市安武町安武本2025)
公式サイト:http://chiyofuku.jpn.org/index.html
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