キュレーターズノート

Port B「サンシャイン63」──地肌と声の行路

阿部一直(山口情報芸術センター)

2009年04月15日号

 「サンシャイン63」では、スタートしてから、サンシャインシティそのものにはなかなか近づけず、周辺地区をワープしながら、時にはタクシーで拉致されたりも含めて(自動車の利用は「63」からの手法だが、数々のロードムービー、特にそのミニマリズムの徹底においてストローブ=ユイレの『歴史の授業』を強く意識させるものである)、さまざまな速度で、巡りまくることになる。ここでその順序のメモを羅列すると(*各ポイントで必ずサンシャインビルの眺めを確認し、フォトを撮ることをノルマとされる)、
0:「オヤジカフェ」に集合~説明を受ける~数人でチームを組み役割を振り分ける~指示書のままスタート~サンシャイン60が各ポイントで見えるたびにフォトを撮るように言われる
1:近所の某ホテルに行き22階の1室で係の説明~ラジオを聞く[区長の話]
2:近所のラブホへ行かされる~内装は星空~閉まった狭い窓を開けるとようやくサンシャインが見える、下に墓地~ラジオを聞く[サンシャインビル建築家の話]~パレード(非正規雇用者解雇反対)に出くわす
3:総合書店ジュンク堂9階洋書売り場へエスカレータで~そこで戦後直後当時と現在の池袋地区の航空写真を棚から探し出し見せられる~エスカレータで再び下る
4:偶然霊柩車に出くわす~古い眼鏡屋~墓地の入り口坂道の角でラジオを聞く[寺の親戚の女の人の話]
5:寺の墓地に入り、地面の糸にそって歩く~墓地中程でラジオを聞く[住職の話]
6:鬼子母神にむかい境内へ~お土産物屋「上川口屋」で休憩の指示~だが閉まっている
7:並木荘(手塚治虫の居たアパート)で一服~無言でフィギュアのランドスケープつくり、その後その理由を述べる~その風景写真を撮る~役割を各自交代する
8:シナリオを渡され鬼子母神の参道を歩きながら交互に朗読する~都電荒川線に乗る
9:駅でおり、蔵跡でラジオを聞く[戦犯記念碑撤去裁判原告の話]
10:全面駐車場になった空き地を歩く
11:小学校校庭でラジオを聞く~強風で受信できず~実はサンシャインビルからスタッフに監視されているのがわかる~望遠レンズで写真撮影されるがこちらからはわからない
12:タクシーが急に現われる~タクシー内で東京裁判の音声を聞く
13:氷川神社~富士塚(1912製)を見る
14:再びタクシーでサンシャイン60ビルへ
15:係の誘導でロビーにて待たされホテルの1室へ~ラジオを聞く~各情報デバイスを回収される
16:新たにMP3装置を渡され指示どおり歩く
17:広場を抜け裏側の公園で戦犯記念碑(平和碑)
18:サンシャイン1階エントランスで創設当時のモニュメントの信楽焼の富士山のレリーフ(片岡球子作)を見る
19:ぴあチケット売り場でMP3を回収されサンシャイン展望台チケットを渡される
20:エレベータで最上階展望台へ~エレベータ内装は、星空かイルカの海
21:展望台のみでの指示書があり、それをどう読み解くかで結果が少しかわる~四方を展望~指示書のポイントをチェック(ビルを背景画にしたプリクラ~展望台からさらに屋上部分に出る~似顔絵コーナーにモニターがありこれまで撮影した別チームの写真映像アーカイブがスライドショー~新聞プリンタで1946年12月23日の毎日新聞第1面をプリント(衆院解散、七戦犯の絞首刑執行の記事)
22:自然解散

写真提供=Port B