キュレーターズノート
アトミック・サンシャインの中へin沖縄 イトー・ターリ「ひとつの応答」/花・風景
坂本顕子(熊本市現代美術館)
2009年07月15日号
学芸員レポート
久留米では、先に触れたパフォーマンスに先立ちイトーの「こころと向き合い、からだで表現」と題した身体表現ワークショップが行なわれた。豪雨のなか、集まったのは、筆者と同世代の子連れの母親から、60代のシニア世代まで、十数人のいずれも女性である。
スタートはストレッチから、モノとしての人体の重みやマッスを感じるペアワークに続く。職場から直行したせいか、なかなか仕事モードを切り替えられず、瞬間的に相手に体を開き委ねることができない。自分の身体の不自由さが目の当たりになる。
なかでも、もっとも興味深かったのが、参加者が即興で考えたオリジナルのパフォーマンスの披露だ。トマト、食パン、卵、ラップ、アルミホイルに紐、新聞紙などの日用品が素材として用意され、それらを用いて、自分の日々感じることを表現せよ、という難易度の高いお題である。
参加者はいわゆるアート関係者ではない。どうなることかという筆者の勝手な心配をよそに、落ち着いた雰囲気の年配の女性が静的な均衡を破り、突然に生卵を床にぶちまけたり、微細な変化を組み合わせ構成された玄人はだしのパフォーマンスなどが連発され、世代を超えた共感と笑いが小さな部屋の中に渦巻く。「NO! SHくるめ」というセクシャル・ハラスメントに関する学習会が主催であるとはいえ、自分を含めた、惑いそして怒る中年女性のいかに多いことか、そしてまた、それを表出するなんらかの機会が待たれていることを実感した。
帰り際、ワークショップを終えた参加者の顔がどれも桜色にぽっと上気していたのは、物理的な運動によるものだけではないだろう。自分というものを見つめ、人に伝わるかたちでそれを表わし、受け入れられたことへの喜び、充足感。
人間は、たったそれだけのことで、明日も生きていけるんだよな、そんな思いが、強い雨の降りつけるなかに浮かんできた。そして、改めて、参加者たちと正面から向き合うことで、その表わしたいという力を引き出す、イトー・ターリというパフォーマーの歩みの誠実さと深さを思い知らされた一日であった。
さて、最後に宣伝である。熊本市現代美術館では、「花・風景──モネと現代日本のアーティストたち:大巻伸嗣、蜷川実花、名知聡子」展が開催中である。国内に所蔵されるモネ6点と、蜷川実花、名知聡子、大巻伸嗣ら3人の若手アーティストを並置した、館長・桜井武の企画である。なかでも圧巻は、大巻の新作《Echoes-Infinity ;Kumamoto》だ。13×21mという国内での過去最大級となるスペースに、のべ50人のボランティアとともに10日間をかけて制作された、文字通りの花風景である。肥後六花(細川藩が保護育成し現代に伝承される)など熊本ゆかりのものを含む27種類の「花型」を使い、新岩絵の具で砂絵のように描き、その上を来館者が踏みしめることで、新たな風景が出現していく様を、どうぞお見逃しなく。
イトー・ターリ ワークショップ「こころと向き合い、からだで表現」&パフォーマンス「ひとつの応答」
会場:久留米市男女平等推進センター
久留米市諏訪野町1830-6 えーるピア久留米/Tel.0942-30-7800
会期:2009年6月29日(月)
花・風景──モネと現代日本のアーティストたち:大巻伸嗣、蜷川実花、名知聡子
会場:熊本市現代美術館
熊本市上通町2-3/Tel.096-278-7500
会期:2009年7月4日(土)〜9月23日(水)