2019年12月01日号
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キュレーターズノート

アルスはどこに?(サイバーアーツジャパン展)/三上晴子「Desire of Codes|欲望のコード」展

阿部一直/渡部里奈

2010年03月01日号

 「サイバーアーツジャパン──アルスエレクトロニカの30年」と題された展覧会が東京都現代美術館で開催されている。現代美術を中心に見ている人たちには「アルスとはいったい何?」という反応が当然かもしれない。またメディアアートの人たちから見れば、「いまごろようやくアルスを」ということになるのかもしれない。グローバルな現状から見たとしても、作品をコレクションし、編集・展示するモダンミュージアムのような場所で、メディアアートを企画特集することは、非常に稀なケースなので、ミュージアムにおける、メディアテクノロジーを主眼に掲げるアートの導入が、伝統的な美術/美術史の空間に対して、どのようなアプローチから展開されているのか、とりあえず注目してみることになる。

 この2月には、第13回文化庁メディア芸術祭(国立新美術館)、第2回恵比寿映像祭(東京都写真美術館)も相次いで開催され、映像表現以降からメディアアートに至る表現が、この時期集中して、ミュージアムという場で特集されたことも確かである。これらのアートの領域が、まだ未成熟領域である点で、いま一歩定位置を決めがたいというのに加え、文化庁メディア芸術祭が提唱する「メディア芸術」が、従来のアートの文脈に、マンガ、アニメ、ゲームといったエンターテイメントのジャンルを含める見解を出しており、それがグローバルな意味でのメディアアートと異なる意味合いを持たせている点でも、複雑さを招いている一因がある。しかしポイントは、ジャンルの定義というよりも、空間においてアート作品がなにをなすかといった普遍的な課題を(つまるところ、その場合の空間とはなにを指すのかという問いも含めて)、どこまで表現や展示戦略の自覚として内在化できるかという点ではないだろうか。
 メディア表現は、ネットワーク技術によって、ここである場所と他の存在としてのかの場所、あるいは非場所をネットワーク可能に交通させうるものであり、ミュージアムの文脈にあえて回収されるならば、それが従来のホワイトキューブにおける展示という空間の唯一性に対して、メディアの導入する交通性が、その内部においてどこまで解体要因として成立しうるのかが見所になるのではないか。もちろん、現代美術の豊穣な歴史のなかでは、コンセプトとして場所性への解体と現在性を意識したものは、数えきれないほどあるわけで、問題はジャンルではないのである。あくまでも、アーティスト、キュレーターの戦意に関わっているわけだ。そこに、リアルタイムのプロセスを加算することで、なにが変わっていくかである。

 というような意気込みをもって、「アルスエレクトロニカの30年」に入場はしたものの、実際の展示を巡っていくものの、どうもこの展示の要点がどこにあるものなのかが見えず、当惑した印象しか持ち得ない。一番の疑問は、かなり絞られたアーティストセレクトになっているが、それがどのような基準で「アルスエレクトロニカの30年」と関係づけられたのかが見えてこない、その明確な説明もないという点。また、アルスと関係のある大多数のアーティストをカットしている割には、アルスとの関係をほとんど見いだせない、宇宙芸術といったものや羽田空港のパブリックアートなどが、突然混入している点である。それを、大括りにして「日本の表現力」と総括しているが、とにかく、説明が少ないうえ、解説プレートなども、妙にアミューズメントテイストにデザインされていて、ニュートラルではない。
 この展示のタイトルでうたわれる「サイバーアーツ」は、日本ではほとんど呼び表わさない表現であり、フェスティバルとしてのアルスエレクトロニカが、メディアアートと関わる社会理論性や先端科学性との全体的なテーマにおいて、サイバーアーツと呼んでいることから来ているのは明らかだが、それがサイバーアーツジャパンとはどういうことなのか。そもそも、この展示からは、肝心のアルスエレクトロニカの30年史といったものが、ほとんど見えてこないのである。導入エントランスに、説明の不足した人物関係図、小さなモニターに反復されている国際コンペの授賞式映像、ここ数年のカタログのケース陳列などが設置されていたが、アルスエレクトロニカがどのような発端で開始され、プロセスとしての30年史の変遷を刻んでいったのか、なぜ30年も継続したのかは、ここではまったく読み解くことができない。「サイバーアーツジャパン──アルスエレクトロニカの30年」というのであれば、アルスには、フェスティバルのなかに、国際アートコンペだけでなく、非常に多彩で、より重要なプログラムがあるわけで、そのすべてのディテールに、日本の関係者への関わりをリサーチして、資料提示する必要があるだろう(今回はカタログも発行されていない)。そこでは、「日本の」をどうとらえるのかを問題とすることで、別のサイバーカルチャー史を築くことも可能だったはずだ。外国籍であるが、日本で活躍した評価を国際的にブレークスルーした例であったり、アーティストは外国人であるが、プロジェクトプロデュースが日本発信であったり、あるいはグループワーク、コラボレーションによる国際プロジェクトなど、ハイブリッドなシェアカルチャーとしての、メディアアートしか提言できない事例の深さを提出できたのではないか。しかし、この展示には、そのような地道な実地調査がまるで無視されている。ミュージアムにおいて歴史性を謳った展示として、これほど資料性のない展示というものは、致命的に見えるものがあった。

 また、今回のポスターが、なぜか2001年のアルスのポスターが一面にフィーチャーされており、意味が不明瞭だ。日本人アーティストのイラスト作品がアルスに採用されたということなら、より近年の2006の小沢剛の写真作品がフィーチャーされたものを指摘するほうがよりリアルである。しかも、2001年のアルスは、9.11のNYの事件の前に行なわれており、それ以降の世界観の大変革と、技術革新の社会的意味が大きく変動したことを考え合わせるなら、このイメージ選択はあまりにナイーヴすぎるのではないか。このポスターに対するコメントには「デジタルネイティブたちが、プロダクトの進化を乗り越えてデバイスを手に創り出す今これからの姿」と記されているが、均質と見えたプラットフォーム上に、デバイスデザインだけを楽天的に振り翳していても成立しえたのは、9.11以前の世界であろう(アルス自体は、翌年2002年にはすかさず、「アンプラグド(Unplugged)──グローバルな衝突シーンとしてのアート」をテーマに取り上げ、欧米以外の世界諸地域からゲスト多数招き、地域格差とメディアリテラシーの問題を、多くの大小のコンファランスで取り上げていた。とにかく、このような社会論的即効性に対するアクセシビリティは、今回の日本のアルス展からは、まったく垣間見えないのである。これは、意図的なスポイルなのだろうか)。
 デバイスやガジェットだけに日本的と称する特権性を与えるアプローチが、日本の表現力として単純化され、翻訳されてしまうことは、フジヤマゲイシャ的なテクノオリエンタリズムの外圧による、無批判な受容に陥りかねない危険がある。そもそも(ポスターに使われた)このパロディイラストでは、背景にいる群衆が、一括りの書き割りのように平面的にぼかされている(言うまでもなく、オリジナルはドラクロワの巨大な絵画《民衆を導く自由の女神》だが、ドラクロワには、綿々と累積する群衆の死体の山と、硝煙、さまざまな階級が混在する背景の人物群と視線が克明に描出されている。遠近法に裏打ちされたその事象の解像度は、並大抵なものではない)。ようするに、キャラ立ちさせられた記号だけが全面にフォーカスされているのに象徴的なように、メディアスケープを背景とさせるシステムやメディアストラテジー、情報生態系、その不均衡の細部には背を向ける無関心性という姿勢が、際立ってしまっているのだ。メディアアーティストは、キャラ化される以前に、役割はないのだろうか。

 展示の配分にしても、アルスの歴史を背景にした客観的なアート史の一断面を見せるのではなく、キャラ立ちする特定の事例だけを見せようという、再確認作業になっていると感じた。某TV番組の関係アーティストだけが大きなスペースを与えられていたりと、アーティストや作品表現を、歴史軸を背景に客観的かつ平等に扱うミュージアムの本来の美学とは大きく逸れている。今回、メディアアートがミュージアムの美学的力学内部に潜行潜入する事例として期待したのだが、ミュージアムの持つモラルである、良質な資料性といったリテラルな要素への配慮はほとんど見られず、反対に表象としての展示は、陳列ケースやシアトリカルな再現性の無検討な空間的援用という保守性だけにとどまるものに終始しており、アルスという題材を持って来たにもかかわらず、メディア表現が持つ非場所性の現在への思考が、キュレーティングのなかにほとんど自覚されていないかたちに終始してしまったのは、たいへん残念だ。それに、メディアキッズだけが楽しむアート=メディアアートというデジャヴュ、アートガジェットという単体性への還元は、すでに必要以上にステレオタイプになりつつあり、そろそろ見飽きたような気もするのだが。(阿部一直)

サイバーアーツジャパン──アルスエレクトロニカの30年

会場:東京都現代美術館
東京都江東区三好4丁目1−1/Tel. 03-5245-4111
会期:2010年2月2日(火)〜3月22日(月・祝)

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