キュレーターズノート

アルスはどこに?(サイバーアーツジャパン展)/三上晴子「Desire of Codes|欲望のコード」展

阿部一直/渡部里奈

2010年03月01日号

学芸員レポート

 この度、山口情報芸術センターでは、三上晴子 新作インスタレーション展「Desire of Codes|欲望のコード」を開催する。

 1980年代前半から情報戦争・情報社会と身体をといったテーマをいち早くとりあげ、美術表現を開始した三上晴子は、1992年からNYでコンピュータサイエンスを学んで以降、生態や免疫などのバイオインフォマティクスにも取り組みながら、現代社会における人間の情報環境と知覚をめぐる問いを、主にインタラクティブなインスタレーションとして国内外で発表してきたアーティストである。三上の作品は、海外で高く評価され、近年、北欧、ドイツ、オーストリア、ロシア、フランスなどで、大規模な空間を使った展示が行なわれているが、日本では単発で比較的小規模の作品展示が多く、今回のYCAMでの制作が、久々の本格的な展覧会となる。3月20日より公開される新作展について、滞在制作の現場からレポートしたい。

 三上は、視覚・聴覚・触覚などの身体機能を、私たちの内側に存在するもっとも優れた「知覚のインターフェイス」ととらえている。これまでに、人間が自覚/統制できない視線の軌跡をリアルタイムに空間に生成する《Moleculer Informatics(モレキュラー・インフォマティクス)》(1996-2002)や第六感の知覚と呼ばれる重力と抵抗力を空間的に可視化する《gravicells(グラヴィセルズ)──重力と抵抗》(2004年にYCAM委嘱作品としてプレミア)など、情報社会における人間の身体感覚を、インタラクティブなシステムを通じて再知覚化する試みを実現させ、独自の評価を得てきた。その根底には、身体が拡張されるような空間を模索するメディアマティックなアプローチに加え、個人において自覚/認識されない知覚や思考、行為までをも生み出す時空間としての身体機能にフォーカスする特異な視点があげられる。情報化の現代社会に生きる私たちの身体性の問題を、インタラクションによって分断化し、よりリアルに浮かび上がらせてきた作業ともとれる。
 今回の新作《Desire of Codes|欲望のコード》は、三上曰く「『データとしての身体』と『ここにある肉体』との境界が曖昧になっていく現代の状況を表現している作品」である。インターネット上での購入履歴や、指紋やDNAなどのバイオメトリクス、監視カメラなどあらゆる場面で個人情報が収集/抽出され、趣味趣向さえもがコード化されてゆく現代社会の様相を取り上げ、その底流にある情報組織化とデータベースを経由した欲望の連鎖から流出される、身体の存在論を問う展示となっている。
 現在、完成を目指して制作中の作品は、通常劇場として使用されるスタジオAを全面使用する大規模な空間による展示で、「蠢く壁面」「多視点を持った触覚的サーチアーム」「巡視する複眼スクリーン」の3つのパートで構成される。
 《蠢く壁面》(改訂新作)は、2006年Kulturhuset(ストックホルム・スウェーデン)での発表以降、ドイツ、イギリス、フランスで公開された作品をベースに、この度、会場にあわせて、横幅約15m、高さ4.5mの見上げるような白壁へと大幅にスケールアップし、加えて同会場にインストールされた他の2つのパートとデータを共有することにより、展示空間自体が自己増殖的に細分化ネットワーク化され、相乗的にそのテーマを深化させている。壁面には、小型集音マイク、LED、超音波/赤外線センサーを各々搭載した80個のストラクチャーがグリッド状に取り付けられ、観客が近づくと、ストラクチャーから羽音のような摩擦音が起こり、触覚のように観客の動きを追尾し始め、さらに、壁面との距離に応じてLEDが明滅する。また80個のうちの15個には超小型暗視セキュリティカメラが取り付けられ、人が覗き込んだり、動き回ったりする映像や音声は、コンピュータを介し、プログラムによって画像データベースが構築され、対面に設置された複眼スクリーンの映像コンテンツとして共有される。


三上晴子《Desire of Codes》(2007)

 会場の中央に位置するのは《多視点を持った触覚的サーチアーム》(新規開発)で、これは、天井から吊り下げられた6基のアームと6m×9mの範囲を位置認識する58個のセンサーで構成される。このアームは、先端に超小型カメラとフォーカスフリーの小型レーザープロジェクターを装填し、観客がエリア内に入ると、周辺のすべてのアームが向きを変え、アームの視点で撮影された俯瞰映像が瞬時に観客に向けてプロジェクションされる。また同時にアームのON/OFFデータも連動し、独自の音響空間が生成される予定である。つまり、「現在」がリアルタイムに映像化/インプットされ瞬時にプロジェクション/アウトプットされることにより、即自的自己でありながら対象化される対自的他者でもあるという両義的な立場に、身体が置かれるというわけである。
 《巡視する複眼スクリーン》(新作)という3つ目のパートは、《蠢く壁面》に対峙するかたちで設置される直径4.5mのサークル状の映像スクリーンである。スクリーンは昆虫の複眼のように多数のマルチ画像がハニカム構造に分割され、各個眼には、《蠢く壁》や《触覚的サーチアーム》によってデータ化された映像が、5秒前や5時間後などの時差をともなった映像と交錯し、観客の動きに応じてとどまることなく、オートマトンとして自律的に組み替えられていく。さらに、ネットワークによって世界中のリアルタイムの取得可能なオープンソースの監視映像を利用(YCAM館内の公共空間の監視映像も含む予定)し、同時に、ログ(記憶)としてデータベース化され、時差をともなって挿入される。


三上晴子《Desire of Codes: 巡視する複眼スクリーン》

 近代化において習得した「私の目」を中心点とした「透視遠近法」を、「視る」ことに特化して身体化してきたプロセスととらえるならば、このスクリーンは、ローカル/グローバルが共時/通時的に混在するリゾームな複眼的感覚をもたらす。個眼を特定の箇所における時空間のログ/情報の束ととらえるならば、複眼は情報の集合体として、ローカル/グローバルコンシャスネスへと増殖していく、ひとつの総体としての現実世界の一断面を提示しているようにもみえる。ミシェル・フーコーが指摘するように、監視はつねに両義的である。人間のあらゆる欲望を動力としてさらに加速化/肥大化し、データ化されてゆく情報資本主義における相互監視は、コード化のプロセスのなかで「データ・イメージ」を再構成し、時空間のズレを含みながら増殖を続けていく。
 今回の「Desire of Codes」では、個人では自覚されない欲望そのものが監視を生み出していくという、インフォメーショナル・サイバネティクスの方向性を示している。ここでいう監視の概念は、監視の侵入が、個人のプライバシーを侵害していくという批判的見方と、9.11以降非常にリアルになった、監視がむしろコミュニティの公共益としてのセキュリティを強化していくという擁護論をダブルバインドに内包している。しかも、ネットワークに集積されるさまざまなデータベースは周縁をもたず増殖してゆく。本作における監視は、私的空間/公共空間に収束されず、個別の情報をもつ束(私的空間)の集束体としてのパブリックの体をなしている。その意味で、もはや自己の欲望の所有物としての身体ではなく、ローカル/グローバル、私的/公共空間がコネクトする集合意識としての、複数の衝動が連動するダイナミズムの場の表われとも見えるかもしれない。
 インスタレーションは、前述のとおり、1空間の中に3パートが相互混入し、それらはつねにデータ交信されており、それによって空間全体のサウンドや照明が随時変化する。天井/床面、グリッド/円形、人間/昆虫、ホワイト/ブラックが視覚的にも対称的に照合しあう、どこか中間的な場に私たちの身体がある不思議な空間だ。

 さらに、今回の展示では、三上作品だけではなく、「監視と身体」というテーマを共有して、複雑系科学の池上高志が、新作インスタレーションを同時に発表する(YCAM/ホワイエ)。池上は、ベンジャミン・リベットの理論からインスパイアされた脳科学的見地からのインタラクティブ作品を制作中で、リベットのいう人間の意識上の決定と時間的ズレを脳反応が持つという科学的検証から出発し、認識的意識が見る光景ではなく、脳が反応し準備する映像の状態=脳主観的な時間のダイナミクスを、複雑系のプログラムを応用した映像/音響のフィードバックによって体感できるインスタレーションとなる予定(15台のカメラと同期した3面の映像プロジェクション、3.2チャンネルの音響システムを使用)。このように共通のテーマで異なる領域から同時に作品を発表し、身体体験を共有する展示構成も、YCAMとしての新たな取り組みである。また、もうひとつの伏線として、国内外の多数のサイトを巡回したマスターピースインスタレーション、三上晴子+市川創太の《gravicells-重力と抵抗》を再展示する。今回、4面スクリーンを周囲に追加した大幅な改訂新バージョンとしての初公開(YCAM/スタジオB)となる。(渡部里奈)


左=池上高志 新作インスタレーション《MTM [Mind-Time-Machine] 》/右=三上晴子+市川創太《gravicells - 重力と抵抗》(YCAM、2010)

三上晴子 新作インスタレーション展「Desire of Codes|欲望のコード」

会場:山口情報芸術センター[YCAM] スタジオA、スタジオB、ホワイエ
会期:2010年3月20日(土)〜6月6日(日)
*gravicellsのみ会期:〜5月9日、5月22日〜6月6日

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