2021年08月01日号
次回9月1日更新予定

キュレーターズノート

「知覚の扉」/「知覚の扉II」

能勢陽子(豊田市美術館)

2010年03月01日号

 2010年は、明けて早々慌しい年になった。1月9日から、中原浩大、小谷元彦、カールステン・ヘラー、オラファー・エリアソンなどの美術館のコレクションに加え、4人の作家──市川平、中西信洋、山極満博、和田みつひと──が参加する「知覚の扉」が始まった。これら4人の作家たちは、文化庁の「地域文化芸術振興プラン推進事業」を受け、愛知県下6カ所の会場で展覧会やパフォーマンスなどを行なう「あいちアートの森──アートが開くあいちの未来」から、展覧会のテーマにあわせて参加してもらった。「知覚の扉」というタイトルは、かつてニューエイジ運動を先導したオルダス・ハクスレーの、幻覚剤による知覚変化の可能性を追求した本のタイトルから来ているが、本展では視覚・聴覚・嗅覚・触覚のさまざまな感覚器官を強烈に刺激して、この世界に対する新たな手触りを与え、また日常における知覚認識に疑いを差し挟みうる作品を展示した。

 中原浩大《ビリジアン・アダプター+コウダイノモルフォII》の植物茎や海草を思わせる毛糸の広がり、その先に置かれた赤と黒の大きな玉は、その有機的で自在な形体により、触感を誘って感覚を自由に遊ばせる[図1]。またその隣の《回転椅子──中原浩大が浩大少年にしてあげられること》は、回転する速度で世界を眺めたいという作家の幼少時の欲求を満たそうとするものであるが、同時にその回転は平衡感覚を狂わせ視覚の撹乱を引き起こし、気分を悪くする、無邪気な夢と幾分皮肉な要素も含みこんだ作品である。カールステン・ヘラーの《ネオン・エレベーター》は、連続する光がある速度で明滅すると、ひとつの光の流れが生じているように見える人間の錯覚を利用した作品で、ネオンライトが仕込まれた7枚の光のパネルの中央に立つと、自身が光の中を上昇しているように感じられる[図2]。本作は網膜を強く刺激し、平衡感覚を失わせる実験装置的な作品だが、白い光の明滅は自然光に満ちた展示室の中で、ミニマルで洗練された美しさを示す。オラファー・エリアソンの《グリーンランド・ランプ》は、視点を移すとピンクと緑に色彩を変えるカラーフィルムが、照明器具のような多面体に貼られた作品である[図3]。その形体は自然界にある松ぼっくりや氷の結晶などを参照して、それらが六角形や螺旋形に微分的に増殖、集積していくイメージから形作られている。内部を覗き込むと万華鏡のように形態を変え、また周囲の壁にピンクと緑の幾何学的な模様を映し込むこの作品は、自然界のエッセンスを硬質に美しく抽出しているようである。和田みつひとは、エリアソンの色彩をさらに実験的に展開したような、《仕切り、囲まれ、見つめられる》を展示した[図4]。和田は市街を見下ろす通路の三面のガラスに、透明ピンクのフィルムを貼り、その場をピンクに満ちた空間に変えた。そしてこの通路を抜けると、白い展示室が緑一色に見えてくるのである。これは、ひとつの色を見続けるとその補色が見えてくるという、補色残像を利用した作品であるが、この体験は私たちの意識していない知覚作用に気付かせ、原初的な感覚さえ目覚めさせるのである。また美術館のエントランス前には、市川平の直径12メートル、高さ6メートルある《コンタクト・ドーム》が鎮座している[図5]。日中その中に入ると、鉄に空けられた無数の穴から光が差し込んで天蓋のようにみえ、日が暮れてからは内側に灯された水銀灯が光を放ってプラネタリウムのようにみえる。この作品はプレハブ工法による組み立て式になっており、作家一人の手によって2002年から少しずつ形になっており、現在もまだその途上である。このプロジェクトは、無謀な企てにたった一人で立ち向かう、現代社会におけるドン・キホーテのようなロマンと荒唐無稽さを感じさせる。美術館での展示が終わった後も、地理的・社会的背景がさまざまに異なるロケーションを旅しながら、現代における夢を垣間見させてくれるだろう。本展に展示されている作品は、鑑賞者の了承にかかわらず、直接的に感覚に作用して、身体感覚に変化を及ぼす。そうした意味で、そこにはある種のラディカルさも潜んでいるのである。


左[図1]=中原浩大《ビリジアン・アダプター+コウダイノモルフォII》(1989)、《回転椅子(電動)──浩大少年に中原浩大のしてあげること》(1991)
右[図2]=カールステン・ヘラー《ネオン・エレベーター》(2005)


左[図3]=オラファー・エリアソン《グリーンランド・ランプ》(2006)
右[図4]=和田みつひと《仕切り、囲まれ、見つめられる》(2010)


図5=市川平《コンタクト・ドーム》(2002〜)

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