キュレーターズノート

Dialogue Tour 2010 第3回:MAC交流会

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2010年10月15日号

 さらに興味深かったのは、宮城が那覇市の若狭公民館の館長をつとめ、現在もその、NPO職員として運営にあたっているということだ。公民館長といえば、地域の退職校長などが務める、部屋の鍵の開け閉めの管理人というイメージが強いが、民間から公募で館長を選ぶ若狭公民館の2代目館長として(その際には能力ある人の採用を絶やすなということで、地元から1,000人規模の署名が教育庁に届けられたそうである)2007年から3年間勤務し、現在は同じ公民館を運営するNPOの職員として働いている。
 宮城の考えるプログラムは、面白い。「100人でだるまさんがころんだ」をしてみる、「朝食会」として皆で集って朝御飯を食べる、それから派生した「世界一臭い缶詰“シュールストレミング”を優雅に食べる会」「毎週集まってとりあえず大画面でWiiをやってみる」……どれも、脱力気味で平たく言うと「くだらない」が、わくわくするような面白さに満ちている。このような遊びの精神に満ちた活動は、例えば全国に数百の規模の活動体を持つ「子ども劇場/おやこ劇場」といった親子サークル活動や、地域の「冒険遊び場/プレイパーク」などのプログラムにみられる★1。また、ウェブサイトを改善したり(全国公民館連合会が開催している第3回全国公民館ホームページコンクールで最優秀賞を受賞したそう)、公民館だよりを地元新聞の折り込みを活用して広報するなど、さまざまな場面でアイデアやノウハウが活用されている。
 今回のDialog Tourで選ばれたオルタナティブスペースのなかでも、前島は10年の歴史を持つが、早い時期にNPO化され、街中にプロジェクトを仕掛けていく力を持った組織体である。よくオルタナティブスペースの端的な特長を示す「ゆるい」という言葉があるが、沖縄県の県民性はすでにその気風を進取していたともいえるだろう。そこに、人々の持つ祝祭性への圧倒的な志向が重なり、前島の活動が続けられてきたのかもしれない。だが、オルタナティブスペースが、外部からの移住者によって設立されたり、比較的短いスパンで運営されることも多いのに対し、沖縄に生まれてそこで学び、これまでもそして恐らくこれからも沖縄でプロジェクトを続けていくであろう宮城の言葉の端々からこぼれる、地域に対する愛情と誠実な姿勢になんとも言えない清々しさを感じた。

 一方、前町では、訪れた日の日中にはMAC工作教室が開かれ、近所の子どもたちがリベットを使った紙工作に興じ、終わったあとは前の小川で水遊びを楽しんでいた。また、その親世代の「大人工作教室」や「料理と映画を楽しむ会」などが開かれている。この「MAC交流会」のオーディエンスも、アートセンターやNPOのスタッフ、インターンの学生、新聞記者、子育て系イベントの主催者や会社員とバラエティに富む。これは、前任の服部浩之と山城大督によりスタートした前町が、会田に運営が引き継がれたことによって、生じたプログラムの変化であろうし、なにより地域において「YCAMのエデュケーター」としてだけでなく「子育て世代の一人の地域のお父さん」として、二重の意味で地域のコミュニティに関わる会田の振るまいは、とてもシームレスで自然であり、新鮮で好ましく感じた。それは同時に、これまでの美術館やアートプロジェクト、アートスペースの運営者側の学芸員やディレクターが、ある種のスノビズムを持ち、プライベートな部分での地域との関わりに一線をひいていたのではないかと考えさせられた。
 会田の話のなかで、もっとも印象的だったのは「究極の目標はYCAMからエデュケーションをなくすこと」という発言だった。美術館やアートセンターの教育活動が、オーソライズされた価値や教養を教え諭すだけの場ではなく、市民が自己をそして他者を知り、新たな価値を創造し見いだしていく、自己教育力を身につける、そのことができさえすればなにも美術館の教育活動はいらないのかもしれない。それらを地域という場所において、宮城や会田のような魅力をもった人物たちのもたらす背景と、その土地独自の風土や情況がもたらす背景が重なり合い、そのご当地独自の活動が生み出され、その土地の人々がそれを受け入れ、自分のものとしていく。それをさしあたって文化と呼ぶとすれば、そのとき、現代美術という言葉そのものが、廃れてしまったとしても、もはやなんの問題もないのかもしれない。


MAC工作教室
提供=Maemachi Art Center

 開始して2時間を過ぎても話はまるで終わりそうもなく、途中、会田手製の美味しいグリーンカレーに、宮城持参の泡盛を飲む。川越しに部屋の中に入り込んでくる涼しい風を感じながら、初めて会ったばかりの山口の人々と、まるで昔からの知り合いであったかのように、とりとめなくアートや街の未来の話をできる喜びを感じながら、湯田温泉の夜がどこまでも深くあたたかく過ぎていった。

★1──こうしたプログラムは比較的学童向けのものが多く、「たまり場」や「居場所づくり」という点でのケアがもっとも薄い層(10代〜20代)にむけて意識的に行なわれていることは少ない。10代〜20代のもっともポピュラーな「居場所」としては、やはりネット上のSNSなどがあげられるが、それをリアルな場所として主宰しようという例としては、他に水戸芸術館の高校生ウィークで行なわれるカフェ事業(ワークショップルームに期間中自由に使えるカフェが設けられ、地元の高校生・大学生によってボランティア運営される)などがある。個人活動の活発な50〜60代、子どもなどを通じて地域と関わることの多い30〜40代、家庭教育や義務教育によるケアが行きとどいた10代以下に比べ、10代後半〜20代は、「思春期の難しい年齢」「受験などで忙しい」などの理由から美術館や公民館のプログラムが遅れをとっていた分野でもある。しかし、見方を変えれば、この年代の彼ら彼女らこそが、もっとも切実に美術や自分の居場所を求めているのかもしれない。

Dialogue Tour 2010 第3回:MAC交流会(artscape開設15周年記念企画)

会場:Maemachi Art Center
山口県山口市前町8-1
会期:2010年8月2日(月)

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