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オルタナティヴ・アートスクール
──第1回 アートについて考える、話し合う学校 MAD(Making Art Different)

白坂由里(美術ライター)

2019年01月15日号

この20年ほどの間に、アートが展示室から路上や使われなくなった建物などまちなかに出ていくことが多くなった。作品が多様化するなかで、鑑賞者はただ見るだけではなく、作品制作やワークショップ、展覧会づくりに関与するようになっている。さらに「アートの歴史や背景、社会との関係を知り、より深く作品を鑑賞したい」「企画や制作、運営の実践的なノウハウを学びたい」といった意欲ある人々に応えているのが「オルタナティヴ・アートスクール」だ。主催者には、アートイベントや芸術祭などの現場で企画・運営に携わる、理論と実践を備えたキュレーターやコーディネーターが多い。
では、現場の課題から立ち上げられたオルタナティヴ・スクールでは、どのようにカリキュラムが組まれているのか。アートと社会との関係が多様化するなかで、いま、どのようなアートの学びが求められているのか。全5回にわたりレポートしていく。


MAD2018の「障害と社会━━エイブル・アート・ジャパンの実践から」のレクチャー風景

思想や哲学、歴史などとともに総合的にアートを学ぶ


2018年3月17日、おそらく日本初となる「オルタナティヴ・アートスクール フェアvol.0」が東京・代官山AITルームで開催された。国内外の20を超える団体が参加し、スクール情報の閲覧、チラシや映像による展示、トークなどが実施され、アート教育における課題の共有や議論が交わされた。

主催したのは、NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ(Arts Initiative Tokyo)[AIT/エイト]が運営する現代アートの学校「MAD(Making Art Different)」だ。AITは、現代アートと視覚文化を考える場やプログラム=プラットフォームを数々創出してきた団体。MADとは「Making Art Different=アートを変えよう、アートを違った角度で見てみよう」という意味合いをもち、AITを設立した2001年に開講した教育プログラムである。アートに興味のあるすべての人に門戸を開き、17年の間にコーディネーターやキュレーター、ギャラリストなどを多数輩出してきたオルタナティヴ・アートスクールの先駆けのひとつだ。時代やアートの変化に伴い、カリキュラムをどのように組んできたのか。ディレクターの塩見有子氏と副ディレクターでMADプログラムディレクターのロジャー・マクドナルド氏に、これまでの経緯と現在の考えをうかがった。


AIT副ディレクターのロジャー・マクドナルド氏

「常に新しくアートに興味をもつ人が出てくるので、必ず入門講座を設けています。例えばデュシャンって誰? と思ったとしたらどこへ行くか。欧米では美術館に教育の役割がありますが、設立当初は特に日本の美術館には社会人向けの連続的な教育プログラムがなかったんですね。また、大学機関にもアートのキュレーション、つまり批評性をもった展覧会づくりを教える、現代美術に特化した入門コースがなかった。それでMADをつくりました」とマクドナルドさんは語る。AITのメンバーは、90年代に海外でアートを学び、「アートも社会の一部として、思想や哲学など他の分野も含めて総合的に考えるもの」という教育を受けてきた。「アートについて考える場、話し合う場をつくりたいねといつも話していました」と塩見さんは振り返る。「2001年にはヨコハマトリエンナーレがあり、社会が現代アートに関心を抱く時代の流れがあるなら、それを広げたい。指定管理者制度で美術館にパワーがなくなり、それではコマーシャルな側面が強くなりすぎてしまうのではないかという危機感から、オルタナティヴの力を高めたいとも考えていました」。


AITディレクターの塩見有子氏

MADではまず「キュレーターを目指す人のための講座」「鑑賞者のための講座」「アーティストのための講座」と3つに分けてカリキュラムが組まれた。最新のアートを語るときも、歴史とつなげてわかりやすく解説する。いまの動向を見るときも、企画や作品を考えるときも基盤となるのが美術史だ。SNSで情報の流れが目まぐるしくなった現在、流行りのランキングを押さえるような見方だけではなく、美術史を大事なルーツとして深く掘り下げれば、アーティストへの尊敬の念も湧いてくる。それらを共有することでアートの消費に歯止めをかけたいという想いがある。

「キュレーション」から「ホリスティック」へ


この17年の間に、キュレーションの意味や役割は時代とともに変わっていった。「集めた作品を見せる場」を設定することから、表現されたものがどのように社会と関連付けられ、新たな意味を見出せるのかを探る行為へ。課題設定からプレスリリース作成、実際に展覧会をつくるところまでを教えていた。キュレーターコースの受講者数は2006年がピークだったという。「いまもキュレーターコースは残しているのですが、かなり浸透したので、2016年にボリュームを減らしました。インスタグラムを含めデジタルメディアの世界ではある意味もう誰でも『キュレーター』になり得るし、アートに特化した言葉ではなく、意味も薄くなってしまいましたから」。

代わりに、2017年からは全体テーマを「ホリスティック(全体性=健やかに生きること、ものごとを癒すこと)」としている。ホリスティックとは、ものごとを部分的に見るのではなく、いろいろな観点から総合的に見ようという意味をもつ。1926年にジャン・クリスチャン・スマッツが提唱し、60年代にバックミンスター・フラーが「ホリスティック・マネージメント」という言葉でホリスティックの概念を広めた。

「3.11以降、社会のなかでアートの役割が問われるなか、ソーシャルエンゲージドアートのような社会的課題解決ともまた違い、人をどう助けるか、理論的・歴史的・美学的な視点からアートが人にどう役立つか、生活や“生きる”ことに寄せて考えていきたいと思うようになりました。災害や政治的問題など特殊な状況に直面している人を取材してドキュメントして作品化するという方法もあるけれど、それと同時に、『疲れた人に居心地のいい椅子のような絵画を描きたい』というマティスの言葉のように、特別の状態ではない人もアシストしたい。我々みな、悩みやストレスや疲れを抱えている。目の前の人をどうやって助けるか、あるいはアートで助けられるのか」。

2018年には、入門講座を残しつつ、社会や共同体のなかで、よりよく生きるためのアートの有用性を探る講座が並んだ。宗教芸術、ウェルビーイング、スピリチャリティ、アール・ブリュットなどから学び得るもの。その一環で「Visit & See」として、マクドナルドさんが長野県佐久市に設立した個人美術館リサーチセンターフェンバーガーハウス(宇宙意識美術館)で、アーティストのプラクティスを再現する合宿もある。


フェンバーガーハウス(宇宙意識美術館)内観


「一般社会でもマインドフルネス、ヨガ、瞑想への関心が高いですが、ちゃんとしなくちゃ感が出てくると、楽しみや快楽がないでしょう? アーティストは、同じ精神性を追求していてもルートが違うと、違う何かが見えてくる。シリアスすぎるより、どこかペテン師的なユーモアがある方が僕はホッとするんですね。いつもとは違う筋肉を使うので身体的な学びも多いですよ」。

また、もうひとつ力を入れているのが、AITキュレーター堀内奈穂子氏とプロジェクト・マネージャーの藤井理花氏が中心となって進めている、AITの新たな教育プロジェクト「dear Me」とそこから派生したMADのレクチャーシリーズ「子どもとフクシとアートのラボ」だ。「『dear Me』は、主に社会的養護下の子どもなど、相対的に美術館に行く機会が限られている子どもたちにアートの思考を軸にした学びの場を創るもの。美術館での鑑賞プログラムに加え、国内外のアーティストが児童養護施設でワークショップをしたり、アートを通じて世界を広げていく。一緒に学び、考えながらやりましょうという意味で「ラボ」と言っています」。

2018年には、オランダの精神科医療施設でアートの実践をするフィフス・シーズン(Fifth Season)ディレクターのエスター・フォセン氏とビューティフル・ディストレス(Beautiful Distress)理事長のウィルコ・タウネブライヤー氏を招き、精神科医療施設で実施されるアーティスト・イン・レジデンスの事例に関するレクチャーを開催。併せて、アーティストの和田昌宏氏を招き、子どもたちが物語の主人公の心理を考え「安心」できる場所を創作するワークショップも行なった。


左:AITのdear MeプロジェクトとMAD2018にて企画した、エスター・フォセン氏(フィフス・シーズン)と和田昌宏氏によるワークショップ「ヘンゼルとグレーテルと大きなサル」より(助成:日本財団/レジデンス助成:オランダ王国大使館)
右:子どもたちが作った、主人公の気持ちを想像して作った、安心できる隠れ家と仕掛けの作品(代官山ヒルサイドテラス、2018)
[Photo by Takaaki Asai]

2019年度のMADは、こうした全体の方向性は変えず、現代アートの入門講座「What is Art TODAY?」と、アートの有用性について考える「What Can Art DO?」、年間通して多様なアートとの関わり方に触れ、仲間とともにアートの価値について学ぶ「MEETING & SHARING」、フェンバーガーハウス(宇宙意識美術館)などを訪問する「Art & Culture TRIPS」という、大きく4つのシリーズに分けて講座を組む予定だ。

レクチャー見学|エイブル・アート・ジャパンの講座から


インタビューした日、レクチャーも見学した。「What Can Art Do?──個人とアートと社会の講座──」のコースから「障害と社会━━エイブル・アート・ジャパンの実践から」と題した、NPO法人エイブル・アート・ジャパン代表の柴崎由美子氏のレクチャーだ。

レクチャーは、受講者の自己紹介から始まる。福祉従事者、ファシリテーター、広告デザイナー、コレクターなどさまざまな人がそれぞれ異なる動機で受講していた。その後、柴崎氏からエイブル・アート・ジャパンの歴史についてのお話。エイブル・アートとは、一般財団法人たんぽぽの家の創設者・播磨靖夫氏による造語で「可能性の芸術」という意味。disableの否定を意味するdisをとったという。障害者が自宅や入所施設でしか過ごせなかった時代に、生きる場をつくりたいと、元新聞記者の播磨氏が文化芸術で人の心を揺り動かせることに気づき、1973年に奈良にたんぽぽの家を設立し、1995年にエイブルアートの概念を提唱した。柴崎氏は1996年の美大生時代に宮城から奈良を訪れ、以来ライフワーク=自己探求のなかの活動として継続してきたという。


柴崎由美子氏によるレクチャー「障害と社会━━エイブル・アート・ジャパンの実践から」の風景(2018年10月11日)


エイブル・アート・ジャパンは、障害のある人をはじめ、さまざまな人たちとともに、自由な表現、発表、販売、作品や舞台などにアクセスするための機会づくりに取り組んでいる。「いまないならみんなでつくろう」と。なかでもスタジオ制作と展覧会活動を通じて「立場や意見が違っても、人間としての豊かさを芸術は分かち合うことができる」という話が印象に残った。看護師、元教員、家族に障害のある方、福祉ワーカー、美大生などさまざまな経験をもつ人々のボランティア活動にも支えられている。

アール・ブリュットアウトサイダー・アートという文脈もあるが、いま生まれているアートとしてフラットに見たいという参加者からの意見も出た。障害者が対象の公募展と枠のない公募展と両方に応募する作家も出てきているそうだ。「マクドナルド氏のようなキュレーターが現場に入ってきているのはすごくいいこと。いまだに美術館やギャラリーで紹介されたり、コレクションされたりすることがあまりないことは課題」だという。講座は、自身の悩みや社会的な問題からアートで何かできるか、ともに考え、議論する場となった。


AITの受講生は平均で毎年約100〜150人、17年で約2200人に上る。かつては30〜40代のアートファンが多かったが、最近では会社をリタイヤした人やビジネスマンなどが加わり、年齢の幅が広がった。ビジネスに活かそうとする女性もいるが、この3、4年は男性が増え、リタイヤした人は自分でアートに関して何かしたいと思って来るという。国際的視野をもちながら身近な生活に引き寄せるMADでは、思考が変わり、それを言語化して表現する技術も身につきそうだ。


MADが発行してきたパンフレットなど

(取材:2018年10月11日)
MAD(Making Art Different)

主宰+会場:特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト](東京都渋谷区猿楽町30-8 ツインビル代官山 B-403)
tel.03-5489-7277/fax.03-3780-0266
E-mail.mad@a-i-t.net
*2019年度の募集は2月上旬より開始予定。

シリーズ「オルタナティヴ・アートスクール」

第1回 MAD(Making Art Different)(2019年1月15日号)
第2回 アートト スクール(2019年2月15日号)
第3回 Tokyo Art Research Lab(TARL)(2019年3月15日号)
第4回 アートプロジェクトの0123(2019年4月15日号)
第5回 その他のアートスクール(2019年6月15日号掲載予定)