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オルタナティヴ・アートスクール
━━第5回 受講生たちが学ぶオルタナティヴ

白坂由里(美術ライター)

2019年06月15日号

4回にわたりレポートしてきた連載「オルタナティヴ・アートスクール」。最終回となる今回は、これまで取材した4つのスクールに通う受講生にインタビューを行ない、受講の動機や感想などをうかがった。積極的に踏み込んで作品を見ること、受け手から送り手側になる経験など、さまざまなエピソードをお聞きするうちに、いま、彼らがアートスクールに何を求めているのか、さらにはアートの効用やアートプロジェクトの課題も浮かび上がってきた。


小池俊光さん

30代 不動産テック会社取締役
アートト スクール:2018年度「アート・ヒストリー」と単発講座「視点のプール」から複数。2019年度「アーティストコース」受講。

「不動産関係のベンチャー企業を起業前後、情報の透明化を目指しながらもテクノロジーをどのように融合させるべきか迷っていました。そんなときに、落合陽一さんの著書に出会いました。そこには『テクノロジーの推進は大事。そのとき、現代の複雑性を解釈しながら進めるためにアートの観点が大事』といったことが書かれていたんです。それまでは、招待券がもらえたらゴッホ展のような有名な美術展に年に1回足を運ぶくらいで、現代美術というカテゴリーがあることさえよく知りませんでしたが、ネット検索で地元にあったアートトを見つけて勉強してみたいと思ったんです」と受講の動機を語る小池俊光さん。

まずは歴史から知ろうと「アート・ヒストリー」を受講した。毎回、テーマの全体像を解説後、その事例となる作品画像を見ながら、美術史に紐づく現代の作品までが紹介される。「美術館の歴史、マルセル・デュシャンと20世紀のアート、戦後日本のアートの歩み、90年代に資本主義を背景としてどんなアートが生まれてきたか、といったテーマが印象に残っています。デュシャンについては中学校の美術の教科書で《泉》を見た記憶があるくらいでしたが、なぜR. Muttという偽名を使ったのか、答えのない問いを立ててディスカッションしたり。ヴェネツィア・ビエンナーレやドクメンタなど国際展のキュレーターとテーマの推移、資本主義とアート市場のつながりについてなど、光と影の両面から読み解くようになりました」。

加えて、将来は地域活性に取り組みたいという小池さんは、社会とアートの関係を読み解く「視点のプール」から全26回のうち半数近くを受講。なかでも演出家の高山明による講義で、ローカルからグローバルにつながるコンテンツを再発見し、引き出す仕掛けの数々に衝撃を受けたという。

スクール外でも、ディレクターの小澤慶介氏がキュレーターを務める「富士の山ビエンナーレ2018」のツアーに参加し、地元の民間から立ち上がった芸術祭の手づくり感に共感を覚えた。「一時期を築いた歴史として街がそこにあることに意義があり、アートをカンフル剤として元気に見せようとするものではなかったのがよかった。僕が目指しているのも、住民がぜいぜい息を切らしているようなプロジェクトではなく、自然に呼吸しているような長続きするプロジェクトですね」。

「現代アートを知ってからものごとを俯瞰できるようになり、世の中に新しいものを伝えていくときに、言葉や数字だけでない、別の伝え方を考えるようになった」とも語る。「ネットワーク化によって既得権益を見直し、顧客のために業界の構造を改革したい。そのとき新しさばかりではなく、昔のいいところは融合して自分のやり方を見つけていきたいです」。もともと仕事仲間とのサシ呑みが好きだった小池さん。コミュニケーションや観察の力が強まり、そこに深みが出てきたという。「その人がどう過ごしてきて、いま何を考えているかを知っておくことは、チームとして良い成果を出すことにもつながっている気がします」。

さらに今年は「アーティストコース」に挑戦。「デッサンなどの技法が必要なものから始めるのではなく、身の回りのものを取り入れて自由に表現していいと思えたから」。テクノロジーと人間の迷いをテーマに制作を始めたところだ。








高田あみさん

20代 テレビ局勤務
MAD(Making Art Different) : 2017年度に入門講座シリーズ「GATEWAY」。2018年度「アート・パートナーズ」。2019年度「マガジン・リダックス」受講。

美術大学でメディア芸術を専攻し、卒業後テレビ放送会社に勤めた高田あみさん。4年目にしてやっととれた夏期休暇で「ドクメンタ」に行き、膨大な量の現代アートに触れた。社会人になってからは趣味として見ていたアートだが、もっとアートと近い距離にいられないかと模索するようになり、エイドリアン・ジョージの『THE CURATOR'S HANDBOOK──美術館、ギャラリー、インディペンデント・スペースでの展覧会のつくり方』(フィルムアート社、2015)で日本で唯一紹介されていたAITが主催するMADを覗く。ロジャー・マクドナルド氏のドクメンタレポート、塩見有子氏がキュレーションとは何かを解説するキュレーション入門講座を受講した。

2018年度は「アート・パートナーズ」を受講。美大では美術史を学ぶ授業が多かったが、アート産業や市場のことなど多様な話が聞けた。「アート業界に身を置くには学芸員資格をとらなければいけないと思っていたのですが、アートと関わる仕事や手段が他にもいろいろあることに気づきました。例えば、講師の塩野入弥生さんは、弁護士として美術館の所蔵品貸し出しにかかわる契約書作成などの仕事を経て、現在はオンラインで作品売買ができる「Artsy」のゼネラルカウンセルをされています。学生時代の私は、アートがビジネスになりお金に変わることに嫌悪感があり、コマーシャルギャラリーにも行ったことがなかった。いま思えば美大にはそんなことを考える前につくれ、という空気があったように思います。けれど実際にギャラリストやコレクターの方のお話を聞き、お金を生まないことにはアーティスト支援にならないことを痛感しました。コレクターの高橋龍太郎さんは作品を後の世代に残すために購入し続けている。アートが好きで、アートを社会になんらかのかたちで還元したい。講師の方の職業はさまざまでしたが、皆さん目指している根本のところは同じでした」。

今年は海外メディアなどの記事を読み解く「マガジン・リダックス」を受講。「番組のプロデュースにはキュレーションとの共通点が多いことに気づき、アートを広めるために、いま自分ができることをしよう、と考え方が変わりました」。そのひとつとして、今年は美術番組を企画してみたのだという。「世の中に認知されていないものをTVで紹介することはまだまだ難しいのが現状です。でも、同時代を生きるアーティストを紹介する番組をつくりたい。作風の変化など長い時間をかけて見ていくことが美術鑑賞の醍醐味ですから」。受講生には自分がいる場所からどう最短距離でアートと関われるかを考えている人が多く、「それぞれの業界で、それぞれの方法を考えたいね」と話しているそうだ。

「美大では卒業後、社会にどう関わればいいのか、その術を具体的に知る機会が少なかった。MADではアートによって人々の生活がどう豊かになるのかを考えるきっかけをいただき、仕事や生活に前向きになれたと思います」。








芦沢友紀子さん

40代 主婦
TARL 思考と技術と対話の学校:2018年度「東京プロジェクトスタディ5 自分の足で『あるく みる きく』ために──知ること、表現すること、伝えること、そしてまた知ること(=生きること)」受講

「アーティスト・コレクティブ・フチュウ」など市民活動をしてきた芦沢友紀子さん。「東京プロジェクトスタディ」のチラシを見て、2018年10月から小金井で開催される「自分の足で『あるく みる きく』ために──知ること、表現すること、伝えること、そしてまた知ること(=生きること)」(ナビゲーター:小金井アートフル・アクション! 事務局長・宮下美穂)を受講した。「アートにはただ憧れがあるくらいでしたが、自転車で通えるし、40代で新しいことに挑戦するのもわくわくするなと思って」。

アーティストの揚妻博之氏、写真家・映画監督の大西暢夫氏、シアター・プラクティショナーの花崎攝氏が交代でワークショップを開催。「ぬるま湯が入ったビニール袋を渡され、自分の体を水だと感じて床に寝転ぶとか、目隠しをして2人1組で庭を歩いた後にその体験を絵にするとか。うまくやれなくていい、うまくできないことを受け止め、その身の処し方も何となく知り、心身をゆるめてもらいました。上手/下手の評価がないから、できないと思わなくてもいい。わけがわからないままでいいじゃない、と通ううちに、私も何か表現してもいいのかなというところまで、みなさんと歩いていった感じ。実はその時期、肩の荷が重いと感じる場が多く、何の役割もなくただの自分自身でいられるのが居心地よかったですね」。

当初はレクチャーのゴールは決められておらず、参加者の意見で、2019年4月に展覧会を開くことになる。「最初は逃げ腰でしたが、7月から小学6年生の息子がいじめで不登校になり、シェルターをつくり出したことを題材にしたいと宮下さんに話してみたんです。そうしたら、実物大でそれをつくって皆も入れるようにしたら、と言われて。息子に相談したら、楽しそうだからいいよ、って」。

表現方法は自由。プロアマ問わずチラシでも名前は五十音順。壁をつくって皆の写真や言葉を埋め込んだ農家の長男もいれば、「忘れられない些細な他者ってあなたにとって誰ですか?」というインタビュー映像とパフォーマンスを展開した会社員もいた。芦沢さんは「うっかり母さん」という肩書きで、息子が不登校の間に自身が感じたこと、目に留まる自然の美しさなどを文章と写真で表し、シェルター内で読むことができるように展示。宮下氏の後押しで、息子の着古した赤いTシャツも展示し、展覧会を行なう意味を実感する。「不登校の子どもをお持ちの方や、ご自分が子どもの頃を思い出して涙される方も多かった。生まれ変わったみたいな顔で出てくる方、こんなシェルターが職場に欲しいという方もいて。SNSに自分の言葉や写真を載せてはいたのですが、実名や事情は書いていなかったんです。けれど表現するにはもっとダイレクトでいいのかもしれないと、思い切ってやってみた結果、自分の名前で責任をもってやれたという気持ちになりました」。


「あるく みる きく またあるく」展
(2019年4月20日〜28日 小金井アートスポット シャトー2F)
宮地尚子(お絵描きドクター)と平田絵美子(お描きナース)による《描画による対話》。観客も自由に描き足せる。


「あるく みる きく またあるく」展 芦沢友紀子と12歳《ここで見た景色》

春になり、息子は中学に進学、いまは元気に通っている。母のレクチャー仲間という年の離れた大人の友達もできた。「大人が真剣に一見わけのわからないことをやっている、そんな姿を子どもに見られたのもよかったのかもしれませんね。宮下さんは一人ひとりをさりげなく見ていて、自分の考えを押し付けることはないんです。セラピー効果があるから取り組むのではなく、真剣に取り組んでいるうちに結果そうなった。生きることに直結した表現に踏み出してみて、得た経験は何ものにも代えがたい。いろいろなことがあったけれど、そしてこれからもあるだろうけど、自分の足で歩いていくんだなと感じます」。








田代光一さん(仮名)

30代 某省庁勤務
アートプロジェクトの0123 : 2018年度受講

2009年に大学進学のために上京し、東京都現代美術館で「レベッカ・ホルン展──静かな叛乱 鴉と鯨の対話」を見てから現代アートに惹かれていったという田代光一さん。理系学部にいながら表象文化論の講義を取り、メディアアートの手法を学んだが、アートにとってよりよい環境をつくる側に身を置こうと省庁に就職した。「文化関係の仕事に配属されるまでに勉強しておきたくて、昨年ようやくゆとりができたので『アートプロジェクトの0123』を受講しました」。

「受講を通じて、アートと社会とのつながりについてあらためて考えたいと思いました。さまざまなディレクターの話を聞くなかで最も記憶に残ったのは、飛生芸術祭の木野哲也さん(TOBIU CAMP代表)、国松希根太さん(彫刻家、飛生アートコミュニティー代表)、奈良美智さん(参加作家)のレクチャーです。まちづくりという目的のためにアートがあったのではなく、最初に森づくりのコミュニティ活動があって、その延長線上にアートプロジェクトが生まれ、お祭りだから外の人を呼ぼうという流れになったというお話でした。飛生には歴史ある土地の文化や自然環境があり、そこに住んでいない人も含めて飛生を愛する人たちがいるから起きた事なのかもしれません。けれど、本来あるべきはこういうことじゃないかと思ったんです。すでに価値が高いと認められた芸術を啓蒙するような古き良き芸術文化政策ではなく、こうした草の根的に始まった市民活動を見守り、必要ならば手助けするのが行政の役割なのではないかと思いました」。

2017年には文化芸術基本法の一部が改正され、文化庁の組織が改変された。「文化財の活用を推進する課ができ、福祉やまちづくりや観光などで文化芸術が生み出すあらたな価値が謳われています。そうであるならば、行政側にも文化芸術に理解のある人を増やさなければならないはずですが、現状はそうとはいえません。イギリスのように、国の行政官や地方公共団体の職員にも文化芸術を学べる機会があるといいと思います」。

スクールの一環として芸術祭「TERATOTERA」にも参加し、作品管理を担当した。路上での砂連尾理氏が妊婦さんと踊るワークショップ形式のパフォーマンスでは、交通整理をしていて、偶然通りかかって見ていた人が涙を流している風景も見た。

0123では最後に受講生によるアートプロジェクトの企画発表がある。熊本出身の田代さんは、長崎・福岡・佐賀・熊本にまたがる有明海の環境問題について、まずは互いの歴史を文化芸術による表現を通して知ることから始めて、交流を生み出し、ともに何かをやっていくコミュニティをつくれないかと考えた。

0123の通年のテーマは「今、本当に必要なアートプロジェクトとはなにか?」だった。「難しいテーマですが、僕自身がいい作品を見て感動したときに生きているという実感があるので、そういう感覚を共有できるようなプロジェクトになれば。現場の課題を聞くと、ひとつの仕組みを変えればよくなるという話ではないと思いますし、自分が文化行政についたとして、なにができるかはまだわからない。先日は『駅伝芸術祭』に準備から関わりましたが、これからさまざま実践していくなかで考え続けていこうと思います」。






4人に共通していたのは、アートにはいろいろな見方があっていいということを学び、展覧会に足を運ぶ機会が増えるだけでなく、映画などほかのジャンルの作品の見方や生活にも影響があったことだった。アートスクールには、学生や社会人、一見アートから遠い職業の人からアートセンターのスタッフやアーティストもいる。さまざまな職種の人、幅広い世代の人たちの出会いがある。スクール終了後の飲み会、休日の展覧会巡り、SNSでの情報交換など交流は続く。アートはもともと社会にとってオルタナティヴなもの。そのアートを学ぶことによって発想を転換し、オルタナティヴ=もうひとつ別の考え方や生き方を編み出す術を学べているのかもしれない。

アートプロジェクトに参加したことがきっかけで、「自分にも何かできそうだ」と学びにやってくる人も多い。そのなかから実際に企画や運営に関わる人も出てきた。いわば鑑賞者のなかからアートプロジェクトに対する問い返しが始まっている。取材を通じて、オルタナティヴ・アートスクールという現場でそのような循環があることを実感し、今後も取材を続けたいと思っている。

(取材:2019年5月10日、14日、15日、18日)

シリーズ「オルタナティヴ・アートスクール」

第1回 MAD(Making Art Different)(2019年1月15日号)
第2回 アートト スクール(2019年2月15日号)
第3回 思考と技術と対話の学校(2019年3月15日号)
第4回 アートプロジェクトの0123(2019年4月15日号)
第5回 受講生たちが学んだオルタナティヴ(2019年6月15日号)

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