2020年09月15日号
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トピックス

スタッフエントランスから入るミュージアム(3)
レジストラー ──他分野との連携でコレクションを管理する

小川絢子(国立国際美術館レジストラー)/坂口千秋(アートライター)

2020年02月15日号

スタッフエントランスからミュージアムの奥に入り、知られざる「アートの仕事人」に出会うシリーズ第3回目。今回はコレクション作品の管理を行なうレジストラーの仕事をご紹介いただきます。(artscape編集部)

国立国際美術館 レジストラー 小川絢子さん



[イラスト:ハギーK]


──小川さんは、5年前に国立国際美術館で初めてのレジストラーとして採用されたそうですね。レジストラーのお仕事について教えてください。

小川絢子(以下、小川)──ひとことで言うと、コレクション作品の管理です。作家、素材、サイズ、年代、来歴、出品歴など、作品が持っている情報の管理と、モノそのものの管理の両方を担当しています。さらに私のバックグラウンドが修復だったので、作品の保存や修復に関することも担当しています。

──国立国際美術館のコレクション全部を担当されているのですか?

小川──そうですね。管理業務のメインは作品の貸し出しです。借用依頼をお受けするところから始まり、書類のやり取り、作品の状態チェック、輸送手段の検討、修復の必要があればその手配、作品展示の立ち会い、海外へ貸出す際にはついていきます。そして作品が戻ってきたら受け取って、また状態を確認して、収蔵庫に収める、という一連の流れを担当しています。年間の貸出点数は約60点前後。館内のコレクション展もありますので、出品作品がかぶらないよう調整したり、極端に稼働率の高い作品は、作品に負担がかからないように休ませる期間を設けたりもします。

──小川さんを窓口に作品に関する情報が集約されているんですね。

小川──作品のデータベースも管理しています。

──作品を貸し出す際には条件を付ける時もあるのですか?

小川──温湿度管理や照明の強さなどは、ある程度こちらから指定します。施設の状態を細かく記したファシリティレポートを提出していただき、不明な点は詳しい資料や写真で確認します。最近はアートセンターや芸術祭など、美術館ではないところからの依頼も頻繁にありますが、その時も必ずファシリティレポートの作成をお願いしています。それに対応いただけるかどうかが貸出の判断基準にもなっています。反対に作品を借りる際には、学芸だけでなく施設の設備担当や警備担当にもヒアリングして、当館のファシリティレポートを作成します。また、館の温湿度管理といった環境管理もレジストラーの仕事になっています。



レジストラーの道具
①トートバッグ ②ブロアー(ほこりとり) ③コンパクトカメラ ④メジャー ⑤ライト(懐中電灯) ⑥クリップボード ⑦野帳 ⑧ペン ⑨ニトリル手袋 ⑩綿手袋
作品の状態観察、記録に必須のライトやカメラ、手袋など。手袋は作品の素材によって使い分ける。現場でメモが取りやすいようクリップボードと野帳を愛用。作品の貸出や展示作業の際は、斜め掛けできる「トラベラー」展のノベルティバッグにすべて入れて持ち歩く。


──ファシリティレポートや施設の環境管理はコンサベーターが担う美術館もありますが、レジストラーのお仕事でもあるんですね。

小川──やればやるほど、レジストラーとコンサベータ―の仕事は切り離せないものですね。コンディションチェックまでがレジストラーの仕事で、そこから先がコンサベーターという役割分担をする館もあれば、逆にコンディションチェックからコンサベーターが行なう館もあるようです。お互い連携して密にやることで仕事の効果があがると思います。

──これらの業務を小川さんが1人で担当されているのですね。

小川──はい。日本の美術館の場合、貸出の作業はジャンルごとの担当学芸員か、毎年順々に持ち回りで担当するケースが多く、専任のレジストラーを置く美術館はほとんどありません。当館にも私が入るまではいませんでした。一方、海外の美術館ではきっちり分業体制が敷かれ、さらにレジストラーが複数人いる館もあります。

『Museum Registration Methods』★1というレジストレーションのいろはが書かれた本には、レジストレーションに関する仕事が何十項目にも渡って記載されています。記録のマネジメント、コレクションマネジメント、ハンドリング、分類、コレクションレポートづくり、輸送、梱包、輸出入など、作品を動かす際の技術的かつ物理的なことが全部レジストレーションにかかっているんですね。



Museum Registration Methods

──それぞれが少しずつ分担していた仕事を、専任のレジストラーが担当することで生まれる利点とはどういったものでしょうか?

小川──レジストラーは、全体をつないでいく役割があります。それぞれがバラバラにやっていたことを集約し、体系的な見方ができるようになりますし、少しずつ非効率をなくしていくことで作品管理のクオリティも向上します。全体をサポートしながら、学芸員とは異なる新しい視点を提供する役割を担うのが、レジストラーだと思っています。


ラウシェンバーグ《至点》の再展示──作品が持つ時代の感覚をどう再現するか

──小川さんがこうしたお仕事につかれたきっかけは?

小川──もともとは絵画の修復の勉強をしていました。修復によって作品の新事実が明らかになり、解釈などがアップデートされていくようなことが面白くて、工房やフリーランスで修復だけに携わるよりも、美術館や博物館のコンサベータ―として作品にずっと関わり続けたいと思っていました。でも、コンサベータ―を専任で置く館は少なく、募集もほとんどない状況でした。博物館や研究所で修復のアシスタントを経験するうち、当館のレジストラー募集を知り、正直、その時点ではレジストラーの仕事についてよくわかっていなかったんですが、業務内容に「保存に関する仕事」とあったので応募しました。

──最初からレジストラーを目指していたわけではなかったんですね。こちらへ来てからは?

小川──自分で手を動かすよりも、外部の修復家や業者さんのマネジメントの仕事が大きくなっています。修復はジャンルごとに異なる外部のスペシャリストに依頼しますが、現代美術の場合、従来の絵画や彫刻といった枠組みから外れるものが多く、修復専門家はほとんどいない状況なので、知識があって修復作業に対応してくださる方を探します。そうした外部ネットワークは、実はキュレーターが持っています。展示の設営スタッフやアーティストが関わる人々のなかにいるのです。また、こちらの意図を理解してくださるコミュニケーションがとりやすい方というのも重要です。

──職場に先輩がいない、ご自身も経験がないというチャレンジングな状況で、どのようにお仕事されてきたのでしょうか。具体的な作品例で、もしお話が聞けたら。

小川── 一番印象に残っている仕事のひとつは、2018年の開館40周年記念展「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」展★2でロバート・ラウシェンバーグの《至点》という作品を展示したときのことです。1968年に制作され、1978年に当館のコレクションに加わった5台の自動ドアからなる大型のインタラクティブアート作品で、100ぐらいの部材に解体して収蔵庫に保管されていました。当館で10年以上展示していなかった作品なので、まず動くかな? という不安がありました。それで展覧会の1年ほど前に一度組み立ててみることとなり、過去に貸出先で設営を担当された業者さんを探してお願いしました。その業者さん監督のもと、金物屋さん、電気屋さん、機械屋さんといった美術専門ではない業者さんでチームをつくってくださり、展示期間中のメンテナンスにも通っていただきました。



ロバート・ラウシェンバーグ《至点》組み立て試験の様子 国立国際美術館

──通常、美術と関わりのない業者さんが美術作品のメンテナンスをしていたんですね。

小川──当然、業者さんはきちんと動く方がいいと考えて修理しようとしますが、美術作品の修復という枠組みでは、作品の一部である部品を新しいものに簡単に変えちゃっていいのかということもあるんです。常に修復という観点から検討し判断しなければいけないことを伝え、作品のエッセンシャルな部分についてもコミュニケーションを取りながら進めました。従来の美術作品にない素材を使った作品では、その分野の専門家に修復を依頼する場面が増えていきます。その際に、窓口の私が美術品の修復としてマネジメントができるかが、この仕事のキモなのかなと思います。

──展示に際しても、けっこう苦労されたそうですね。

小川──なにぶん50年前の作品なので、設計図だけではわからない部分がありました。結構悩んだのが扉の開閉スピードでした。そういう感覚的な部分がわからなくて困りました。

──それが作品の印象をつくる大事な部分でもありますしね。

小川──作家も他界しており、制作に深く関わった方の言葉も参考にしながら、担当キュレーターと何度も話して、最終的には私たちの想像を実現化したところはあります。この作品はいまの自動ドアとは異なりマットスイッチ型で、ドアの手前に置いたマットを踏んでドアが開閉する仕組みになっていますが、そのたびごとにピシッピシッと、まるで当時のSF映画のような音がするんです。50年前、それは最新技術でいまとは異なる印象を持ったと思いますが、このノスタルジックな音の感覚も作品の一部と私たちは考えました。



ロバート・ラウシェンバーグ《至点》「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」展設営時 扉の開閉スピードの調整作業 国立国際美術館



ロバート・ラウシェンバーグ《至点》展覧会開催期間中のメンテナンス作業


タイムベースドメディアの保存と修復

──国立国際美術館のコレクションには、タイムベースドメディアと呼ばれるフィルムやビデオ、コンピューターを媒介した作品などもあります。ハードウェアや部品、ソフトウェアの代替が効かなくなるケースも想定されますが、小川さん自身はそういった場合、オリジナルを尊重するか、あるいはアップデートするのか、どのようにお考えでしょうか。

小川──ものにもよりますが、基本的にはオリジナルを尊重したいと思います。《至点》は、天井と床下に蛍光灯を使用していますが、当時、大手メーカーがすでに蛍光灯器具の生産終了を決定しており、この機にLEDに変えることも検討しました。そこで事前に組み立てた際に、LEDと蛍光灯の両方を用意して比較したところ、「蛍光灯で照らしていた」という言葉から連想する光景とLEDから受ける印象はかなり違っていたんです。その結果、手に入る限りは蛍光灯でいこうとなりました。ほかにもブラウン管か液晶か、という話もあるように、いまがテクノロジーが移行する過渡期だと思います。振り切った判断か、それとも作品のために部品を作るかというような、ケースバイケースの判断が求められます。

──作家や関係者が生きている場合、彼らの意思を尊重するのか、作品を尊重するのかという選択も出てくるのでしょうか。

小川──美術館としての希望や方針とアーティストの意思が相容れない時にどう判断するかは、これからの大きな課題だと思っています。特に現在とは異なる考えを持つ未来の人が作品を扱う時、過去とは別の解釈が生まれる可能性もあります。これは個人的な意見ですが、現代美術において作家の意思を尊重することは大切です。でも50年100年たった時、生きてこの作品に関わる人たちが作品に抱く理想や希望が反映されて作品のあり方が変わっていくことも、存在の仕方としてあり得るのではと思うんです。

──作品の存在価値がその時代によって変化していく、と?

小川──修復でも新しい考え方や研究成果が反映されて何回もやり直されていくように、現代の作品についてもいまの考えが絶対ではない。何十年か後に否定されることもあるでしょう。作品は人間と深く関わりながら存在しているものだから、その時々のベストを判断していけばいいのではないか。ただその時、作品のエッセンスのようなところをなくさなければいいと思うんです。

──その基準を決めるのも美術館のコレクション管理の役割でしょうか。

小川──それもあると思います。もう少し私たちが成熟していけば、ある程度の基準ができていくと思うんですが、いまはひとつずつのケースに対応していって、いつか振り返った時にひとつ筋の通ったものが見えたらいいという気持ちでやっています。タイムベースドメディアについては結局やりながら考えていかなければいけない問題です。すぐに答えを求めがちですが、一定の方針が定められないのが現代美術だと思います。


レジストラーは「ジェネラリストのスペシャリスト」

──これからこの仕事に就きたいと思う人へのアドバイスをおきかせください

小川──レジストラーに対して、「ジェネラリストのスペシャリスト」という言い方があります。広く全体的に物事を観察して深め高める仕事なので、どんな勉強をしていても役立つと思いますし、美術の専門知識や保存修復に関する知識があればなおよいです。私は作品の状態管理にウェイトを置いていますが、リスクマネジメントや契約に力点を置くやり方もあると思います。でも自分で手を動かして修復したい人にはあまり向かない仕事だと思います。

──小川さんが今後こうなったらいいなと思うことは?

小川──やっぱりレジストレーションの仕事をする人がもっと増えてほしいです。レジストラー同士のネットワークをつくっていけたら。また技術的なことを聞けるテクニシャンが美術館に常駐していればいいと思います。「トラベラー」展にレジストラーとして関わって、展覧会をさまざまな分野の人と一緒に作る面白さを実感しました。レジストラーに限らず「これは自分の専門」という自負を持って仕事する人が増えたら、もっと視野が広がります。バックグラウンドが違うとコミュニケーションが難しい時もありますが、お互いに刺激を受けて仕事が広がって、できることも増えていきますから。 雑務のように思われるかもしれないけど、レジストラーって複数のことを同時に動かせる面白い仕事です。5年やって一通り理解したので、以前とは違うやり方も試しながら、少しずつ前に進んでいきたいと思います。

★1──Museum Registration Methods 5th Edition , American Association of Museums/The AAM Press, 2011
★2──2018年1月21日〜5月6日、 国立国際美術館にて開催。http://www.nmao.go.jp/exhibition/2018/40th.html
国立国際美術館

大阪府大阪市北区中之島4-2-55
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