トピックス

[PR]24年目の「DOMANI・明日展」──これからの文化庁新進芸術家海外制度のあり方を探る

柘植響(アートライター)

2022年03月15日号

毎冬、恒例で開催されている「DOMANI・明日展」は、文化庁「新進芸術家海外研修制度(旧・芸術家在外研修。以下、在研)」の成果を社会にフィードバックする機会である。今年は残念ながら東京での開催はなく、京都・水戸・広島・愛知・石巻の5都市で分散して展開された。未曾有のパンデミックは国の文化芸術の施策にも大きな影響を与えているようだ。本事業を担当、キュレーションしてきた文化庁芸術文化調査官の林洋子氏と、第24回目の同展を担った各会場の企画担当者にお話を伺った。



文化庁 新進芸術家海外研修制度の応募者の変化

在研は1967年の開始以降、80年代末までは、帰国後に公募展や教員としてキャリアを一歩進めるといった、個人的キャリアパスの色彩が強く、研修成果の発表、共有も求められていなかった。1990年代以降は海外志向の作家も増え、民間団体からの助成事業も出てきて、美術の分野だけで毎年20人程度を海外に送り出してきたという

帰国後に海外で吸収した技術や経験を作品として発表する「場」が切実に求められるようになり、1998年からはアフター・プログラムとして「DOMANI・明日展」が始まった。当時は原美術館の「ハラアニュアル」(1980年より実施)があったくらいで、若手アーティストをコンスタントに紹介する展覧会は少なかった。20世紀末の東京には東京都現代美術館はあっても、まだ森美術館は存在せず、各地の「芸術祭」が始まるのも2000年以降のことである。

他方、90年代以降、少しずつ「現代美術」「フリーランス」の作家の在研への応募、採択が増えていき、近年はもはや、現代美術系が大多数を占める状態となっている。画家や彫刻家など「もの」を作る作家よりは、プロジェクト・ベースで国内外を転戦する作家たちや海外のアートスクール出身者からの申請が目立つという。また、応募者数の動向にも懸念がある。

「新型コロナウイルスのパンデミックだけが理由ではなく、それ以前から応募者は減少傾向にありました。もちろん、人口減や美大等の競争率の低下も直結していますが、海外に長期滞在をしてじっくりキャリアをひらこうという人材が目立って減った印象をもっています。短期的なアーティスト・イン・レジデンスを重ねたり、アートシーンがマーケット主導に向かうなかで、ギャラリーを通しての海外のアートフェア出品で十分と考える層も増えているのではないでしょうか。在研は、長年、応募者全体から約二割程度の採択率をキープしてきました。例えば、応募者が半減すると、送り出す人数も半分という結果になります。多数枠がある限り、実作者に限らず、修復家、インストーラー、キュレーター、評論家など美術を支える多彩な職種を派遣する余地がありましたが、今後が心配です」と林氏は言う。

「私が注目しているのは、1980年前後の生まれ、つまり現在40歳前後の作家たちです。この世代は2000年代初頭に学生時代を送り、20歳代でアート・バブル、リーマン・ショック、そしてその後に2011年の東日本大震災を経験しています。私は2015年からドマーニ展をキュレーションしていますが、そこで中軸となってきたのはまさにこの世代です。未曽有の閉塞状態を打破するために、2010年代前半に在研に申請し、海外に出て行った者たちが、10年代後半の日本のアートシーンを刺激した。象徴的な存在として田村友一郎(2012年度研修/ドイツ・ベルリン、英国・ロンドン)と加藤翼(2014年度研修/米国・シアトル)を挙げますが、二人に限らず勢いのある作家を在研がかたまりとしてサポートできたのではないでしょうか。ただ、近年はその強烈な負荷が遠ざかり、かつコロナ禍もあって、そうした熱が申請者から失われているようにも思えます」

いま、若いアーティストたちが在研に求めているものは何か。50年前と現在で大きく変わってきているのであれば、ニーズに沿った新たな支援方法を模索する時期がきているのかもしれない。

「半世紀前に始まった制度なので、制度疲労があることは確かです。金額的には民間助成と遜色はありませんが、しばしば問題視される、研修期間中の一時帰国と就労についてもずいぶん緩和されています。ぜひ、募集要項をしっかり読んでみてください。どうあれ、私たちの願いは、限られた研修という名の時間を有効に使っていただきたいということ。2000年以降、国際的な移動が非常に容易に、日常的になった結果、在研の期間も『活動場所を海外に移した』という感覚で、日本での仕事や往来の継続を望む方が増えています。個人的にはせっかく獲得した、孤独で豊かな時間を楽しんでほしい、自分に貯金する時間にしてほしいと願っています」

とはいえ、日本の経済構造の地盤沈下や、パンデミック、さらには国際情勢が文化芸術支援にも波及しているのは事実だ。公益財団法人東急財団(旧五島記念文化財団)は令和2年に芸術家の海外研修への助成「五島記念文化賞」を第31回で終了した。経済が停滞するなか、民間企業が経営方針を転換したり、トップが交代することで、これまでの芸術支援の方針をあらためることは十分ありうる。

「国だからこそできる作家支援とは何かといつも考えてきましたが、残念ながら在研も予算が縮小方向にあります。パンデミックや国際情勢で渡航を見合わせている層が多いのは間違いないものの、気が付くと、民間も国も助成予算を削減している事態が予想されます。また、航空運賃の高騰など、個別のコスト高も懸念され、派遣できる人数が減ることも避けられません。すでに、コロナ禍で柔軟なサポートをしてきました。一時帰国の緩和や、現地でのロックダウン等に遭遇した研修生には最大180日の滞在延長などです」

目まぐるしい時代の渦中にある在研だが、渡航したアーティストたちのなかには美術大学で教鞭を執る者もいる。小林孝亘(1996年度研修/タイ・バンコク)は武蔵野美術大学油絵学科の教授として、木村伊兵衛写真賞(2004年)を受賞した澤田知子(2008年度研修/米国・ニューヨーク)は成安造形大学の客員教授として教壇に立ち、後進の育成にも貢献している。

「長らく在研は5年、10年後の日本のアートシーンをけん引する人材を見据えて採択し、送り出してきました。これまでの在研生は国内で一定の実績を積んだ30歳代後半が中心で、将来的なビジョンをもった『中間層』だったと思うのですが、そういう人材が減って、国際的なプレイヤーと国内での地域展開グループとの二極分化が進んでいるというのが実感です。これからの文化芸術の施策がどうあるべきか、限りある予算をどう配分していくべきなのか、作家自身が自らのこととして考えてほしいと思います」

転換期にあるのは在研だけではない。アーティスト自身がこの厳しい状況のなかでどうサバイブしていくのか、どんな支援が必要なのかを考え、そのためにアーティストどうしが連帯して考え、行動していく必要もあるのではないだろうか。

『DOMANI・明日 記録集 The Art of Tomorrow 1998-2021』の編纂


『DOMANI・明日 記録集』表紙


2021年2月、コロナウイルスの影響で国立新美術館のスケジュールの大幅な調整があり、結果的に「DOMANI・明日展」は次年度の同館での開催を断念した。「一年休むという選択肢もありましたが、国立新美術館でできないなら、どこかほかで展示ができないかと関係者と打ち合わせを重ね、二つの事業へと展開することにしました。ひとつは在研出身のアーティストの出身地、活動地などゆかりのある地方の複数の文化施設や美術館と連携し、分散してこの展覧会を催すこと。もうひとつは1998年から2021年までの『DOMANI・明日展』と在研の事業の記録をまとめ、紙媒体とウェブでそのアーカイブを公開することでした」

完成した『DOMANI・明日 記録集 The Art of Tomorrow 1998-2021』のページをめくると、50年の歴史のなかで海外に渡ったアーティストたちが、その後、国内外で着実に活躍しているのがわかる。「この事業は地道な〈種まき〉で、日本の美術界の土壌を支える人材──実作者に限らない、修復家やアートマネージメント系を含めた──をしっかり輩出してきた」と林氏は言う。「『記録集』は展覧会アーカイブにとどまらず、地元ゆかりの人材にも在研経験者が多数いることを広く見直してもらうためにも役立つはずです。アーティストのディレクトリとして活用してほしいと願っています」と説明した。本書は非売品で美術館や主要な公共図書館での公開のみとなるが、同じ情報はドマーニ展サイトで一般公開されており、検索機能も付与されて利活用しやすくなっている。



『DOMANI・明日 記録集』「DOMANI・明日展のあゆみ III」第21回のページより



『DOMANI・明日 記録集』「新進芸術家海外研修制度とDOMANI・明日展のあゆみ」のページより


「DOMANI・明日展 2021-22」は、京都・水戸・広島・愛知・石巻の全国5カ所で開催された。一年前、国内の数カ所に分散させ、地方ならば安全だろうと企画されたが、結果的には第6波に直撃され、コロナ対策によるさまざまな変更や休場の対応に追われる不安定な開催となった。また、多くの人が集まることを避け、オンラインでのトークイベントの開催や動画配信をした会場もある。

これより、各会場の企画担当者へのメールやオンライン会議システムでの取材から、コロナ下での各展の様子をリポートしたい。

「DOMANI・明日展 2021-22展」水戸・京都・広島・愛知・石巻

蓮沼昌宏ワークショップ「つくろう! クルクルアニメーション」 and DOMANI @水戸

(「佐藤雅晴 尾行─存在の不在/不在の存在」展関連プログラム)
■ ワークショップ
アーティスト:蓮沼昌宏(2016年度研修/ドイツ・フランクフルト)
開催日:2021年12月3日(金)、6日(月)、7日(火)
会場:水戸市内の中学校
開催日:2021年12月4日(土)
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー内ワークショップ室
■ 上映会
会期:2022年1月8日(土)~16日(日) 月曜日休館
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー内ワークショップ室
企画:水戸芸術館現代美術センター(井関悠)
主催:文化庁、公益財団法人水戸市芸術振興財団
ワークショップ情報ページ:https://www.arttowermito.or.jp/gallery/lineup/article_5144.html



蓮沼昌宏ワークショップ「つくろう! クルクルアニメーション」 and DOMANI @水戸 ワークショップ風景[撮影:井関悠]


担当学芸員である井関悠氏は、「佐藤雅晴 尾行─存在の不在/不在の存在」展の関連プログラムとして、本来なら出品作家本人の関連イベントを組むところ、佐藤氏が故人であるため、代替のワークショップやトークを検討していた。一方、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を考慮すると、不特定多数を対象としたイベントの実施は難しい。またコロナ下において小中学生を中心とした若年層へ直接アプローチする機会が失われつつあることへの懸念もあった。そこで在研生の蓮沼昌宏による「キノーラ」を使ったワークショップを行なうことで、佐藤氏が扱ったメディアであるアニメーションの原理への理解を参加者に深めてもらう企画ができたという。小中学生が対象のワークショップは、美術館会場のほか、コロナ対策のため、アーティストが学校を訪問するというかたちで行なわれた。子どもたちが作ったアニメーションは現在ネットで閲覧が可能だ。井関氏は「コロナの流行で、参加者同士が協力し何かを作るといった機会が失われていることに気づきました。今後も美術館ができることを模索していきたい」と語った。

「CONNECT⇄_」 and DOMANI @京都 「宮永愛子 公孫樹をめぐるロンド」

(文化庁「障害者等による文化芸術活動推進事業」関連プログラム)
■ 展示
アーティスト:宮永愛子(2007年度研修/英国・エジンバラ)
会期:2021年11月30日(火)~12月19日(日)
会場:京都府立図書館
企画:文化庁(林洋子)、京都府立図書館(堀奈津子)
主催:文化庁、京都府立図書館



「CONNECT⇄_」 and DOMANI @京都 「宮永愛子 公孫樹をめぐるロンド」 京都府立図書館での展示風景[撮影:大塚敬太+稲口俊太]



「CONNECT⇄_」 and DOMANI @京都 「宮永愛子 公孫樹をめぐるロンド」 京都府立図書館での展示風景[撮影:大塚敬太+稲口俊太]


「宮永愛子 公孫樹いちょうをめぐるロンド」は、文化庁主催の「アートを通じて多様性や共生社会について考えるプロジェクト」「CONNECT⇄_」の1プログラムとして京都府立図書館で催された、江戸時代後期の全盲の学者の業績を紹介する「塙保己一 おどろきの『群書類従ぐんしょるいじゅう』!」展に「コネクト」するかたちとなった。同図書館が1909年の創建当初から所蔵する《公孫樹文花瓶》は宮永愛子の曽祖父、陶芸家・初代宮永東山(1868-1941)の作であり、その壺の存在が企画のきっかけとなったという。共同企画の一人、前出の(文化庁の)林氏は「生活の拠点を、実家のある京都に移された宮永さんに、この壺とその文様のイチョウをテーマとした展示の可能性を打診しました。それからリサーチと対話を重ね、銀杏ぎんなんで染めた糸、ナフタリンで型取ったイチョウの葉などを使ったインスタレーションとなりました。東京・渋谷にある塙保己一史料館にもイチョウの大木があり、宮永家のファミリーヒストリーから塙保己一の展示まで繋がるアイデアが『ロンド』というキーワードに体現されました」と語る。歴史的な建築物の内外に、古い家具などとともにそっと置かれた宮永愛子の作品は、「場の雰囲気とともに楽しめた」と来館者にも好評だった。また、図書館は点字サービスや読み聞かせなど幅広い利用者のための手厚いサービスがあり、美術館は近接する文化施設──図書館からもっと学ぶことがあると感じた、とも林氏は語った。

「どこかで?ゲンビ」 and DOMANI @広島「村上友重+黒田大スケ in 広島城二の丸」

(広島市現代美術館 館外展開プロジェクト「どこかで?ゲンビ」関連プログラム)
■ 展示
アーティスト:村上友重(2018年度研修/オランダ・アムステルダム)
       黒田大スケ(2018年度研修/米国・フォートワース)
会期:2022年1月8日(土)~3月10日(木)
*新型コロナウイルス感染拡大の状況を受け、一時休館、会期延長し、再開
会場:広島城 二の丸
企画:広島市現代美術館(角奈緒子、松岡剛)
■ トークイベント
配信:広島市現代美術館YouTubeチャンネル
○ 黒田大スケ まち歩き彫刻鑑賞ガイドツアー [全5回]
○ 村上友重、黒田大スケ アーティスト・トーク [全3回]
○ 村上友重×北森武彦 対談「光について」
主催:広島市現代美術館、文化庁、広島城
展覧会情報ページ:https://renovation2023.hiroshima-moca.jp/program/dokokade_and-domani/



「どこかで?ゲンビ」 and DOMANI @広島「村上友重+黒田大スケ in 広島城二の丸」 村上友重「Treatise on light」シリーズ(2021)、「所有の方法、観察」シリーズ(2021)、《Released, piled up, and will be released again after a while.》(2021) 広島城二の丸での展示風景[撮影:大塚敬太+稲口俊太]



「どこかで?ゲンビ」 and DOMANI @広島「村上友重+黒田大スケ in 広島城二の丸」 黒田大スケ《彫刻家達》(2022)広島城二の丸での展示風景[撮影:大塚敬太+稲口俊太]


担当学芸員の角奈緒子と松岡剛の両氏に企画について伺った。「広島城は1945年の原爆投下により破壊され、1958年に復元されました。会場となった二の丸は1989年から復元がすすめられたものですが、現代的な建築の展示空間とはまったく異なる様式と雰囲気をもっています。美術館と違い、アーティストにとってはチャレンジングな空間だったと思いますが、逆に私たちは展示室ではなかなか見られない、何か新しい相乗効果が生まれると考えました。特に留意したのは、作家の活動が一度きりのリサーチに終わらず、地域の人々との協働が継続されること、環境との対話的な制作といった場との関係性が期待されることでした。光に関心を深める制作活動を行なっている村上友重は、プロジェクト『広島の光の採取』で、広島県内各地の住民と協働制作を行ないました。野外彫刻に関する映像作品で知られる黒田大スケは、広島市内に点在する公共彫刻に関する網羅的なリサーチを実施し、また広島城二の丸の畳の間に長尺の映像作品を観てもらうため、防寒も兼ねてコタツを用いた作品を配するなど、城内の雰囲気と合った展示を実現しました。二人のアーティストが刺激しあっていたのが印象的でした」と両氏は語る。広島会場は、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、オープン後すぐの休場になってしまった(その後、会期を延長して再開)。しかし、その間に、ガイドツアーやアーティスト・トークなど、オンライン・コンテンツの充実をはかり、逆に鑑賞の機会を広げたといえるだろう。

DOMANI plus @愛知「まなざしのありか」

■ 展示
アーティスト:大塚泰子(2009年度研修/英国・エジンバラ)
       冨井大裕(2014年度研修/米国・ニューヨーク)
会期:2022年1月18日(火)~1月23日(日)
会場:愛知芸術文化センター

アーティスト:長島有里枝(1998年度研修/米国・カリフォルニア)
       古橋まどか(2017年度研修/メキシコ・オアハカ、メキシコシティ)
会期:2022年1月18日(火)~3月12日(土)
会場:港まち(港まちポットラックビル、旧・名古屋税関港寮)
企画:国際芸術祭「あいち」組織委員会(塩津青夏)、Minatomachi Art Table, Nagoya [MAT, Nagoya](青田真也、吉田有里)
主催:文化庁、国際芸術祭「あいち」組織委員会、港まちづくり協議会



DOMANI plus @愛知「まなざしのありか」 大塚泰子、冨井大裕展示風景 愛知県美術館[撮影:大塚敬太+稲口俊太]


DOMANI plus@愛知「まなざしのありか」は愛知芸術文化センター(以下、芸文センター)と港まちの二つの会場で展示が行なわれた。芸文センターでは平面や立体によって空間を構成し、色の存在について思考する大塚泰子、既製品を見つめ続けることで、その構造や造形に着想を得て、現代的な彫刻を制作する冨井大裕が展示した。国際芸術祭「あいち」組織委員会の塩津青夏氏は「芸文センター会場は今回のドマーニ展全体の中でもほぼ唯一の美術館の展示空間でした。大塚さんと冨井さんには、最初から二人展になることを伝えながら参加を依頼し、ホワイトキューブの展示空間をどのように構成するか、二人の作家と事前に図面上でも、展示作業時に現場でも相談しながら構成していきました。二人の作品が完全に分かれて個展が二つあるというものではなく、冨井さんの作品の近くに大塚さんの青い小石の彫刻を並べるなど、一つひとつの作品を二人の作品が静かに共振するようなゆったりとした空間ができました」と語る。




DOMANI plus @愛知「まなざしのありか」 長島有里枝展示風景 港まちポットラックビル [撮影:大塚敬太+稲口俊太]



DOMANI plus @愛知「まなざしのありか」 古橋まどか展示風景 旧・名古屋税関港寮[撮影:大塚敬太+稲口俊太]


港まち会場について、企画担当のMAT, Nagoyaの吉田有里、青田真也の両氏は「長島さん、古橋さんともに共通するキーワードは『家族』『記憶、時間』です。フェミニズム的視座から制作をしてきた長島さんは、ご自身の母親、パートナーの母親とともに制作したタープとテント、その制作過程で撮影した写真で会場を構成しました。長島さんの設営では、若い作家や写真家が設営をサポートし、それぞれの交流も生まれていました。古橋さんは港まちポットラックビルを拠点に滞在制作をし、コロナ下で経験した母親の死とその経験をきっかけに始めた庭作業から発想した新作を発表しました。庭から掘り起こされた分解されない陶片や、プラスチックに着目し、自分の体重と同じ量の庭の土やその土を捏ねた造形物を会場に運んだり、3Dスキャンでモデリングした自分の骨片を構成するなど、消えゆくものを弔うようなインスタレーションになりました。また、インスタレーションの一部である流木を集める過程では、藤前干潟の環境を守る団体に協力いただき、作陶や野焼きの作業では愛知県陶磁美術館に協力いただくなど、さまざまな方々のサポートがありました」という。このように「DOMANI・明日展」の地域展開が、作家本人だけではなく、それに付随して地元の若手作家の育成や地域団体や文化施設との交流にも貢献したといえるだろう。

DOMANI plus @石巻「つまずきの庭」

■ 展示
アーティスト:志賀理江子(2007年度研修/英国・ロンドン)
会期:2022年2月19日(土)〜3月13日(日)
会場:旧観慶丸商店
ワークショップ アーティスト:磯島未来(2008年研修/ドイツ・ベルリン)
会期:2022年2月26日(土)
会場:マルホンまきあーとテラス 活動室4
企画:清水チナツ(2019年度研修/メキシコ・オアハカ)
■ トークイベント
配信:PUMPQUAKESのYouTubeチャンネル
○ 志賀理江子、磯島未来、清水チナツ「『つまずきの庭』をめぐって」https://youtu.be/bVyukRJ0Cq0
○ 小野寺望、長崎由幹、志賀理江子、清水チナツ「この地で〈転生〉をめぐって」https://youtu.be/oQFtON_ss04
主催:文化庁
展覧会情報ページ:https://kankeimaru.jp/event/1166



DOMANI plus @石巻「つまずきの庭」 志賀理江子展示風景 旧観慶丸商店[撮影:大塚敬太+稲口俊太]


本展企画者である清水チナツ氏は「つまずきの庭」の着想は震災後、在研で滞在したメキシコ南部の街、オアハカでの経験から得たと言う。「オアハカの集落のコミュニティはパンデミックのなかで国の非常事態宣言を待たずに、自主的に街を閉鎖しました。そこで、アーティストたちは大学や美術館に代わる芸術実践の場を街中に求め、活発に活動を展開しました。昨年秋にメキシコから帰国して感じたのは、私たちはあの震災で失ったものを心のなかにまだモヤモヤと抱えたままではないかということです。10年以上の月日が経過しましたが、〈復興〉の名のもとに押し寄せた巨大な利権と資本の波に圧倒されているうちに、東北沿岸の風景が変わっていきました。『つまずきの庭』では、自分の生をいかに営むかという原点に立ち返って(つまずいて)考えられる場所をつくりたいと構成しました。会場には志賀理江子さんの新作以外に、スタジオから持ち込まれた書籍や家具などが置かれ、直接触れることもできます。死者を弔う郷土芸能『浦浜念仏剣舞』と出会い、それを学ぶため岩手県に移住した磯島未来さんのワークショップでは、歩く、止まるといったシンプルな動きを一緒に体験することで、ゆっくりと皆で歩み出す時間をつくれたら、と考えました。また、オアハカのアートコレクティブ Subterráneos(スブテラネオス)から贈られた災厄から命の転生を願う版画作品も会場に持ち込みました。会期中には、「『つまずきの庭』をめぐって」「この地で〈転生〉をめぐって」と題して、二本のトークイベントの配信とアーカイブの公開も行ないました。本展は慌ただしい日常の時間の流れをわざと『つまずかせる』という手探りの試みですが、来場者とともにこれまでとこれからをより実践的に考える場にしたいと思っています」と説明した。


このような地方での分散開催のよい面として、複数の文化施設をつなげること、その地域のキュレーターと作家を結び、キュレーターの経験を増やすことなどが挙げられる。アーティスト、地域住民、企画者と多面的な深い交流が可能となったのも分散開催による大きな収穫ではないだろうか。「地方美術館の学芸員の世代交代が進み、現代美術が展示される機会も増え、美術館以外の施設や古い建造物を活用したインスタレーションも一般化してきました。20年以上継続してきた『DOMANI・明日展』ですが、第25回目になる次年度は今年の秋以降に、会場は国立新美術館に戻っての開催を予定しています。今回の分散開催で得た経験なども生かしながら、次世代を担うアーティストたちと新たな展開を考えていきたいです」と林氏は締めくくった。


★──1967-2021年度は全分野で約3,750人、うち美術は1,273人を送り出した。

「DOMANI・明日展 文化庁新進芸術家海外研修制度の作家たち」
公式サイト:https://domani-ten.com/
アーカイブ(1998-2021):https://domani-ten.com/archive/
記録集:https://domani-ten.com/catalogue/

関連記事

【オアハカ】それでもなお、文化芸術が自律的に存在する場所|清水チナツ:フォーカス (2021年11月01日号)

DOMANI・明日展PLUS X 日比谷図書文化館 ──文化庁新進芸術家海外研修制度の作家たち|柘植響:トピックス (2017年12月15日号)

トピックス /relation/e_00060104.json l 10174769
  • [PR]24年目の「DOMANI・明日展」──これからの文化庁新進芸術家海外制度のあり方を探る