アート・アーカイブ探求

阪本トクロウ《アフターイメージ》──ニュートラルで自由な余白「大野正勝」

影山幸一

2011年10月15日号

現代のコミュニケーション

 JR盛岡駅から歩いて20分ほど、岩手県の最高峰2,038メートルの岩手山を望む広大な平地に、2階建てのシンプルなデザインの岩手県立美術館が建っている。萬鐡五郎、松本竣介、舟越保武など、地元ゆかりの作家たちの作品を所蔵しており、ホームページの所蔵作品検索には「感性語検索」と「類似検索」というユニークなあいまい画像検索が開設されている。「盛岡は被災地ではない」と大野氏の言葉どおり市内の建築などに震災の影響は見受けられなかったが、予定されていた展覧会が中止になるなど、今後の美術館運営の見通しは不安定であり、まだ震災が終わっていないことを知らされた。大野氏は10月23日(日)、震災後のアートについて「美術に何ができるか」と題する講演会を東京・佐藤美術館で行う予定である。
 大野氏は1956年静岡県浜松市三ケ日町に生まれている。美術好きの父親に育てられ、4歳から絵筆を持たされていたという。1981年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻を卒業、1985年には山梨県にある清春白樺美術館の学芸員となり、1990年に札幌芸術の森美術館学芸員、そして2000年より岩手県立美術館に勤務している。
 学芸員として作品を美学・美術史的に論じるよりも、芸大で絵を描いていたため、画家の視点から作品を直感的に選出する方が得意だという。阪本との出会いは、ネットで推薦する作家を探している最中に、偶然に作品を発見した。大野氏は「阪本の絵を見ていると、自分の視線や日常を意識させる。ワクワクするようなことではないけれど、どこか共感を抱く。それは現代のコミュニケーションのひとつの姿なのだろう。言葉では表現できない感情をも、作家と鑑賞者がお互いにやり取りできるのである」と述べた。

“何もない”を描く

 東京藝術大学で日本画を専攻した阪本は今年36歳になる。1975年山梨県塩山市に生まれ、小学生の頃から絵画教室に通い、デッサンやスケッチをし、芸大を卒業してからも早見芸術学園の日本画塾に入り修練を積んできた。阪本は、画塾の先生のグループ展をニューヨークまで見に行った際、日本画家の千住博氏を紹介され、2年ほど千住氏のアシスタントとなった。この10月10日には、西沢立衛設計による軽井沢千住博美術館が長野県にオープンした。千住氏から阪本は「自分にあるものは何か。ないものは何かをよく考えろ」と言われ、自分には“何もない”ということに絶望したそうだ。しかし、絵を描くことだけは決めていた阪本は、結局“何もない”ということを描くことにしたという。そのとき制作された作品が《デイリーライフ》(2000)という飛行場の絵である。
 「特別なことが何もない、中心性もドラマ性もない、気だるい日常の景色が広がっている。それこそが現実で、日常の生活なのだと改めて気づかされ意識する。自分だけじゃなくて日本中そうなんじゃないか。そんな状態をそのまま描こうと思った」という阪本の言葉を読んで、淡白で中心性のない《デイリーライフ》の空虚感が腑に落ちたと大野氏は言う。それが阪本トクロウの近年の絵が生まれた原点なのだろうと。

【アフターイメージの見方】

(1)モチーフ

空、送電線、鉄塔、山、道路。

(2)題名

アフターイメージ。画像のイメージと想像のイメージが、掛け詞になっている。実際の風景を見たあとの、もう一回の景色。

(3)制作年

2009年。

(4)構図

車の運転席から見た構図。鑑賞者は作家と同じ視線に立つことができ、臨場感が生まれる。送電線鉄塔の三角形、道路ガードレールの四角形、道路カーブの円形、送電線の線、山の面といった図形の要素を絶妙なバランスで組み合わせている。

(5)色

ブルー、ダークグリーン、グレー、白、黒など、モノトーン調に絵具を限定して用いている。

(6)描法

線は東洋画の線描法である鉄線描(てっせんびょう)。運筆に肥痩や遅速の変化がない一定の太さ、速さで描く。修練のあとが表われる無感情の線は鑑賞者に心地よさを与える。定規を使わずに写真を見ながらアタリをつけて丁寧に描いている。

(7)サイズ

縦1,620×横970mm。

(8)画材

アクリル絵具、雲肌麻紙★1

(9)サイン

パネル下側の側面に「Sakamoto Tokuro アフターイメージ 2009」と記載。

(10)鑑賞のポイント

闇に向かって進む一筋の道。画面中央の森のところが最大の魅力である。何もない部分、あるいは沢山あって混沌とした部分は、人間にとってはよくわからない魅力のあるところ。ちょっと郊外に行けば誰もが目にできる景色だ。多くの人たちが共感する要素があることは大切。作家と見る人との間に作品が静かに立っている、要はコミュニケーション。具象だが写実的でないのは、作家が実物を一回見たあとに自分のなかでまた想像し絵を描き上げている証拠だ。普段とは違う世界へ連れて行ってくれるのが芸術の力でもある。

★1──雲肌麻紙(くもはだまし)は、麻と楮(こうぞ)を原料に漉かれた厚みがあるたいへん丈夫な和紙。主に日本画制作の支持体として多く利用される。繊維が絡まって紙の表面が雲肌のように見えることが、名称の由来。「武蔵野美術大学(http://zokeifile.musabi.ac.jp/document.php?search_key=%89_%94%A7%96%83%8E%86&change=document_a)を参照」

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