アート・アーカイブ探求

土佐光信《清水寺縁起絵巻》静に動を重ねた室町のクリエイション──「相澤正彦」

影山幸一

2011年12月15日号

絵巻の役割

 1517(永正14)年から1520(永正17)年にかけて制作された《清水寺縁起絵巻》は、三巻三十三段の詞書(ことばがき)と絵から構成されており、絵を土佐光信が、息子の光茂や弟子たちと描き、詞書を近衛尚道(このえひさみち)・中御門宣胤・三条西実隆(さんじょうにしさねたか)・一乗院良誉(いちじょういんりょうよ)らが分担執筆した。
 上巻では大和国子島寺(こじまでら)の賢心(けんしん。のちの延鎮〔えんちん〕)が、征夷大将軍である坂上田村麻呂の助力を得て、清水寺建立に至る過程の草創譚(そうそうたん)と、田村麻呂の蝦夷征討を描いた。中巻では田村麻呂の蝦夷平定と凱旋、798(延暦17)年の清水寺改築、さらに田村麻呂の死没までを描き、下巻には清水寺本尊千手観音による霊験譚(れいげんたん)を重ねている。応仁・文明の乱を経て、当時を代表する絵師と公家らが共同制作した絵巻が、今に伝わった。光信は手本となる絵巻を見て《清水寺縁起絵巻》を描いたのではなく、新しく創造的に絵を描き起こしたと、相澤氏は考えている。
 この絵巻の制作動機について相澤氏が、日本美術史を専門とする東京工業大学大学院の准教授・髙岸輝氏のユニークな推測を紹介してくれた。「当時の室町将軍、足利義稙(よしたね)が、かつて強い征夷大将軍であった坂上田村麻呂と室町将軍の権威を重ねて、将軍の存在というものを絵巻を使って宣場したのではないか。義稙と縁戚関係にあった近衛尚道とその弟である興福寺の良誉が、興福寺の末寺にあたる清水寺に対して、政権基盤の強化を祈って《清水寺縁起絵巻》を企画したのではないか。征夷大将軍の武力と清水寺観音の霊力によって守護される都を願った将軍足利義稙の国土統治の物語だったかもしれない」。
 絵巻というのは、われわれが現在思っているよりはるかに高価なものだった。社寺の縁起絵巻というとお寺の宣伝のために教義を説いたり、人々を教化するためのもの、あるいは祖師を顕彰したり、勧進としてお金を集めることなどに使用したが、それはまた天皇や将軍、貴族や武家が功徳を得る目的で神仏に奉納したものが多い。《清水寺縁起絵巻》も清水寺の観音に奉るという奉納者の強い宗教心が背景にあったのだろうと相澤氏はみている。

室町時代と土佐派

 土佐派というのは、元来室町前期の最重要作例といわれる《融通念仏縁起絵巻》(1414年頃, 重要文化財, 清凉寺蔵)のような穏やかで柔和な絵を描いていた、と相澤氏は言う。品良く調和を求めたやまと絵最大の流派である土佐派は、南北朝時代の藤原行光を祖とし、藤原光重、藤原行秀、土佐光弘と続いて光信へ。そして光茂、光元と伝承された。同じ藤原行光から出た藤原光益(六角寂済)、藤原光国、六角益継の流れと、藤原行秀と兄弟と推定される行広からの広周(ひろちか)、行定の流れが主流をなしたと推測されている。
 光信が活躍した室町時代は、狩野派の始祖・狩野正信が台頭してきたときでもある。その正信が師事するほど土佐家は絵画界の名家であった。土佐家は足利将軍家の勃興とともに生じ、その滅亡とともに正系は絶えていったが、狩野派の興隆に関わり、その後の狩野派発展の基礎をつくる役割も果たしていた。土佐派というと、歴代が宮廷絵所を務め、いかにも王朝的で雅な印象を持たれてきたが、その内実は南北朝という特異な政治力学のなかで台頭した画派であり、時には室町将軍家の後ろ盾を得て、その文化的趣向にも沿って存続した家だった、と相澤氏は述べている。さらに室町時代のやまと絵は、古典的格調を大事にしてきた鎌倉時代から見るとくだけてレベルが落ちると見られがちで、研究は盛んではなかったが、逆に近世の研究家は室町時代を自分たちの前の時代「プレ近世」として、面白さに気づいてきたという。
 光信の子の光茂は、光信様式を継がず、伝統的な濃彩できちんと描くやまと絵に回帰したため、静に動を重ねた光信の和漢混淆によるクリエイション画法は、一代で終わった。しかし、室町という激動の時代と運命をともにした光信の絵師としての精神性は、現代にも生きているようでならない。





主な日本の画家年表
画像クリックで別ウィンドウが開き拡大表示します。



相澤正彦(あいざわ・まさひこ)

成城大学文芸学部芸術学科教授。1954年横浜市生まれ。1976年早稲田大学文学部美術史学科卒業、1982年同大学院文学研究科美術史学科博士課程修了。1982年神奈川県立歴史博物館学芸員を経て、2004年より現職。専門:日本中世絵画史。第20回国華賞受賞。主な著書:『日本美を語る 六 絵と物語の交響』共著(ぎょうせい, 1989)、『日本美術全集 第12巻「水墨画と中世絵巻」』共著(講談社, 1992)、『土佐光信』(新潮社, 1998)、『関東水墨画 型とイメージの系譜』共著(国書刊行会, 2007)など。

土佐光信(とさ・みつのぶ)

室町後期の宮廷画家。1434年?〜1525年?。1469(文明1)年宮廷の絵所預となり、また足利幕府の御用絵師も兼ねて、土佐派の権威を確立した。肖像画、扇面画、絵巻、仏画など、幅広い作品を描く。伝統的なやまと絵の技法に、漢画系の線描法を取り入れた。92歳没と伝わる。代表作に《桃井直詮像》《三条西実隆(さねたか)像紙形》《硯破草子》《清水寺縁起絵巻》《北野天神縁起絵巻》《十王図》など。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:清水寺縁起絵巻(中巻第一段)。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:土佐光信, 室町時代・1517(永正14)年, 紙本着色, 絵巻, 33.9×1894.9cm, 重要文化財, 東京国立博物館蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:2011.12.12。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 197.8.3MB。資源識別子: C0071696(TIFF, 56.6MB)・C0071697(TIFF, 56.8MB)・C0071698(TIFF, 56.7MB), 各画像Kodak EPY 7544。情報源:(株)DNPアートコミュニケーションズ。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:東京国立博物館, (株)DNPアートコミュニケーションズ。



【画像製作レポート】

 作品画像を借用する依頼書を(株)DNPアートコミュニケーションズへメール送信。7日後画像(カラーガイド・グレースケール付き)をダウンロードするURLがIDとパスワードとともに返信されてきた。
 iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、画像の色調整作業に入る。モニターに表示されたカラーガイドと作品の画像に写っているカラーガイド・グレースケールを参照しながら、目視により色を調整。作品が水平に撮影されていないためC0071697とC0071698を0.5度、C0071696を1.5度時計回りに画像を回転させて、3つの画像をつなぎ縁に合わせて切り抜いた。Photoshop形式:197.8MBに保存する。モニター表示のカラーガイド(Kodak Color Separation Guide and Gray Scale Q-13)は事前にスキャニング(brother MyMiO MFC-620CLN, 8bit, 600dpi)。
 絵巻の画像を初めて取り上げた。1つの場面だが3つの画像をつなげるため手間がかかった。絵巻は動く映像で全部通して見るのが理想だ。また高精細画像というだけでなく、詞と絵が横に自由にスクロールするという絵巻の特徴を生かした感覚を含めて再現したい。蔵に入ってなかなか見ることのできない絵巻物が、デジタルアーカイブによっていつでも全巻が見られるようになれば、研究は勿論のこと、娯楽や教育、ビジネスにも影響を与えるだろう。雷の光に赤色の細い線を見つけたときに、光信の繊細な感性を感じた。
 セキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
※《清水寺縁起絵巻(中巻第一段)》の画像は、東京国立博物館の所蔵作品掲載期間終了のため削除し、ColBaseの画像をもとに3画像を組み合わせて1作品画像を作製、2024年10月31日に差し替えました。そのため画像の拡大はできません。



参考文献

谷信一「土佐光信考 (上)(中)(下)─土佐派研究の一節─」『美術研究』No.100・101・103, 1940, 美術研究所
吉田友之『日本美術絵画全集 第5巻 土佐光信』1979.8.21, 集英社
村重寧「土佐派とその絵画」図録『土佐派の絵画』p.75-p.88, 1982.10, サントリー美術館
宮島新一『日本の美術 土佐光信と土佐派の系譜』No.247, 1986.12.15, 至文堂
吉田友之「土佐光信」『日本絵画史図典』山根有三監修, p.204-p.205, 1987.10.20, 福武書店
相澤正彦「室町時代やまと絵師の系譜」『日本美術全集』1992, 講談社
榊原悟「〔清水寺縁起〕私見」『続々日本絵巻大成 伝記・縁起篇 5 清水寺縁起 真如堂縁起』p.118-p.139, 1994.5.20, 中央公論社
相澤正彦「土佐派と大和絵師」『日本美術館』p.488-p.489, 1997.11.20, 小学館
相澤正彦『新潮日本美術文庫2 土佐光信』1998.5.10, 新潮社
亀井若菜『表象としての美術、言説としての美術史 室町将軍足利義晴と土佐光茂の絵画』2003.12.15, ブリュッケ
髙岸輝「十五世紀絵画のパースペクティブ──土佐光信のリアリズム」『文学』第9巻第3号, p.99-p.108, 2008.5.27, 岩波書店
髙岸輝『室町絵巻の魔力 再生と創造の中世』2008.9.10, 吉川弘文館
谷川ゆき「光信系小絵作品群に関する研究─光信様式研究と光信周辺小絵の位置づけ─」『鹿島美術研究(年報第26号別冊)』p.566-p.574, 2009.11.15, 鹿島美術財団
髙岸輝「〔清水寺縁起絵巻〕の空間と国土」『中世絵画のマトリックス』佐野みどり・新川哲雄・藤原重雄 編, p.349-p.360, 2010.9.30, 青簡舎

2011年12月

  • 土佐光信《清水寺縁起絵巻》静に動を重ねた室町のクリエイション──「相澤正彦」