2021年07月15日号
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アート・アーカイブ探求

中原浩大《海の絵》──創造の原基「能勢陽子」

影山幸一

2012年09月15日号

瞬間の潤い

 岡山県倉敷市生まれの中原が、日曜画家の父親と一緒に大原美術館へ行ったのは小学校に入ったばかりの頃だったという。中学生になって「この中には、将来絵かきになって通用する奴は多分おらん。けど彫刻なら、ひょっとしたらひとりおるかもしれん」(中原浩大「お絵かきコーちゃん」図録『KODAI NAKAHARA』)と美術の先生の一言で彫刻家になる決心をした中原少年。従来の重い彫刻のイメージを覆す絵画的な想定外の彫刻を作り、価値観を揺るがす軽業をさらりと見せてくれ、一瞬にして見る者すべてを楽しかった子どもの心が住む世界へと連れ戻す。この不思議な中原作品の特徴を豊田市美術館主幹学芸員の天野一夫氏が次のようにまとめている。

01 流動し、不断に生成の途上として意識されている造形感覚
02 歴史性が顧慮されること無い素材観とメチエへの不信
03 加工無しの造形の単位体の明示と全体性の不明
04 他の物質との意想外の接合
05 何重かの読みの中で中吊りになっている造形
06 絵画性など、他のものとの開かれた関係を持った造形
07 分裂したままの身体拡張装置の欲望
08 形とそのあるべきスケールとのズレ
09 極私的な妄想が現実化したかのようなワイルドなイメージ
10 「美術」という固有のフィールドへの相対化の意志
(天野一夫「変成態のために──〔彫刻〕の現在」『変成態──リアルな現代の物質性』p.10より引用)

 《海の絵》は「バーネット・ニューマンの水彩、インク、混合メディアによる小品との類似を許す」(藤枝晃雄『美術手帖』No.627, p.195)と、ニューマンの《抽象》(1945)との類似性を指摘されているが、ウキウキ感のあるジョアン・ミロの《アルルカンのカーニヴァル》(1924-25, オルブライト=ノックス美術館蔵)を、中原が引き継いでその純度を高めたともとらえられるのではないか。かつて村上隆は「中原浩大の、特に《海の絵》とかあの辺の絵画作品というのは、現代美術というか未来芸術、未来絵画だと思っていて、絵画というものの存在意義が本当に無いぎりぎりのところまで行っても、なお絵画たらんとするような感覚というのが感じられるのです。今思い返してもあの絵を見た瞬間の潤いというのは初めて飲んだ自然水の爽やかさと不自然さをごった煮したような感覚。僕はそれに、しばらくは追従していたのです」(村上隆「芸術とは何か」『思想地図 vol.4』p.103)と発言している。

彫刻家の絵

 それにしても彫刻家がなぜ絵画を描いたのだろうか。国立国際美術館で日本の絵画の兆候を探る展覧会「絵画1977-1987」展を企画中に、どのような経緯か彫刻家でただひとり中原が選出されて、初め躊躇したらしいが、海の絵を描いてみたいというイメージがすでにあったこともあり、引き受けてひと夏の間に描きあげたという。
 彫刻家の意識がある中原が絵を描く、特に絵画を描くことは何か特別なものがあるのだろう。「社会的にも、教育的にも、迫害や試練のないまま、ひとり遊びとして生き延びてきたのが、中原のお絵かきです。他のことに対して、或る区別をもって自分の中に温存されてきたのです」(中原浩大「お絵かきコーちゃん」図録『KODAI NAKAHARA』)と心の内を見せており、能勢氏も「彫刻とドローイングはある種別のものではないか。ドローイングは、頭であれこれ構築する前にどこでも描きたいときに描ける、とても自由でプライベートなもの。彫刻はアイデアが浮かび、実現までに時間がかかるから、もう少し構築的に展開している。だからドローイングは、頭のなかの構想段階の、純粋な創造の破片を垣間見れるような気がする」と語っている。
 しかし意識や技術を超えたところの表現力を持った絵画もあろう。中原作品が生まれる原初的なドローイングでもなく、魂を込めた彫刻でもない、別次元としての大事な絵画。「絵を描こうと思ってやっているのは、実は《海の絵》ほぼ一点だけじゃないでしょうか」(「中原浩大インタビュー」『変成態─リアルな現代の物質性』p.50)と中原が言うように、確かな実感をもってとらえた夏の海を意識的に絵画化した実験の痕跡は、生命力と神秘性に満ちた創造の原基となっている。




主な日本の画家年表
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能勢陽子(のせ・ようこ)

豊田市美術館学芸員。岡山県岡山市生まれ。1996年同志社大学大学院文学研究科美学及芸術学専攻修士課程修了。1996年より豊田市美術館学芸員。専門:現代美術。主な展覧会企画:テーマ展「中原浩大」(2001)、「ダブルリバー島への旅/曽根裕」(2002)、「ガーデンズ」(2006)、「Blooming:ブラジル──日本 きみのいるところ」(2008)、「Twist & Shout:Contemporary Art from Japan」(2009, 国際交流基金主催)、「石上純也─建築のあたらしい大きさ」(2010)など。

中原浩大(なかはら・こうだい)

彫刻家。京都市立芸術大学教授。1961年 岡山県倉敷市生まれ。1986年京都市立芸術大学大学院美術研究科彫刻修了。1996年〜97年文化庁派遣在外研修員として米国ニューヨークに滞在。主な個展:(1983, ギャラリー白)、ビリジアンアダプター(1989, 村松画廊)、Homage LEGO age(1990, Heineken Village)、Making of NAKAHARA(1992, Interform Atelier, Photo Interform)、Post Hobby(1992, 佐谷画廊)、僕のコーダイさんをティン!とさせてくれ(1992, 名古屋市美術館)、テーマ展示 中原浩大(2001, 豊田市美術館)、ツバメ/swallows(2006, ノマル・プロジェクトスペース キューブ&ロフト)、変成態─リアルな現代の物質性 vol.1 中原浩大(2009, ギャラリーαM)、paintings(2011, ギャラリーノマル)など。主なグループ展:絵画1977-1987(1987, 国立国際美術館)、絵画/日本─断層からの出現(1990, 東高現代美術館)、Canon Art LAB 第一回企画展(1991, 外苑前TEPIA)、Anomaly(1992, レントゲン美術研究所)、第45回ヴェネチアビエンナーレ Aperto’93:Emergency(1993, イタリア)、戦後日本の現代美術(1994, Guggenheim SOHO Museum/横浜美術館)、景観─もとの島─(2005, せんだいメディアテーク)、岡山・美の回廊(2010, 岡山県立美術館)など。アートプロジェクト等:E.M.P.Escaping Monky Project(1991, スイス)、プロジェクトNo.9(1991-93, 静岡県島田市)、カメパオプロジェクト(1995-)、AAS 宇宙への芸術的アプローチ(2001-03)、Creative Engagement(2009-11)など。代表作:《海の絵》《ビリジアンアダプター+コウダイノモルフォII》《無題(レゴ・モンスター)》《デートマシーン》《回転椅子──中原浩大が浩大少年にしてあげられること》など。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:海の絵。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:中原浩大, 1987年制作, 縦300.0cm×横521.0cm, 油彩・キャンバス。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:国立国際美術館。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 11.0MB(350dpi, 8bit, RGB)。資源識別子:FUJIFILM CDUII34186 DI CHBI〔デュープ〕(登録番号10260)。情報源:国立国際美術館。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:中原浩大, 国立国際美術館






【画像製作レポート】

 作品画像の手配は、京都市立芸術大学を通じて中原氏から著作権の許諾を得ることから始まった。作品画像をWebに掲載する許諾書を中原氏から急ぎFaxしてもらい、作品を所蔵している国立国際美術館へFaxし、画像貸出の準備を進めた。そして国立国際美術館からFaxで送られてきた「特別観覧願」に必要事項を記入・押印し、Fax、原本は速達郵便で送付。5日後作品のカラーポジフィルムが届く。4×5カラーポジフィルム(カラーガイドなし)をプロラボにて350dpi, 20MB(8bit, RGB)にスキャニングし、TIFFファイルに保存、2,100円。画像使用料は5,250円。
 iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、図録の作品画像を参照しながら、Photoshopで反時計回りに05度回転し、目視により色調整。作品の縁に合わせて切り抜いた。350dpi, 11.0MB(8bit), Photoshopファイルに保存。セキュリティーを考慮して画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
 美術館における作品の画像資料は、ポジフィルムが手で触れる資料として、特にアナログ世代の人は管理、運用がしやすいが、ポジフィルムと作品の物理的劣化は避けられず、時間の経過と共に両者とも劣化し、新規撮影や修復を余儀なくされる。一方デジタル画像は記録されたデータの劣化がなく管理、運用は一時的に容易だが、データを運用していく環境を時代に対応させて更新する必要があり、手で触れないデジタル画像のデータは管理に不安がつきまとう。この実物作品と画像資料の間にある問題はあまり話題にならないが、実物と資料の差異は確認しにくく、また差異が当然という見方もある。今後4Kディスプレイなどの普及や作品画像のWeb掲載が増加し、画像資料を詳細に見る機会が増えるとともに、画像資料の質と価値は問われていくだろう。画像資料の信頼をいかにつくりどのようにユーザーへ伝達していくのか、美術館はいまから準備する必要があると思う。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]



参考文献

篠原資明「ART‘85〔関西〕」『美術手帖』No.546, p.214-p.217, 1985.7.1, 美術出版社
たにあらた「[特集]絵画の臨海と背後」『美術手帖』No.552, p.80-p.88, 1985.11.1, 美術出版社
清水哲朗「場所。むこうからやってくる私」『ART TODAY 1986』図録, p.24-p.25, 1986, 軽井沢財団法人高輪美術館
図録『第4回 新世代展 1988 中原浩大』No.66, 1988.8.5, 佐谷画廊
「〈インタビュー〉中原浩大 新たな知覚を導き出すこと」『美術手帖』No.611, p.22-p.23, 1989.7.1, 美術出版社
長谷川祐子「中原浩大」『作法の遊戯‘90年春・美術の現在 VOL.1』図録, p.68, 1990.3.21, 水戸芸術館
峯村敏明「断層からの出現」『絵画/日本─断層からの出現』図録, p.7-p.13, 1990, 東高現代美術館
藤枝晃雄「類似と装飾〔絵画/日本 断層からの出現〕を読む」『美術手帖』No.627, p.194-p.197, 1990.8.1, 美術出版社
図録『KODAI NAKAHARA』1990.10.2, ヒルサイドギャラリー
椹木野衣「生きている家電」『アートラボ第1回企画展』図録, p.34-p.35, 1991.12.20, アートラボ
「特集ポップ/ネオ・ポップ ポスト・ホビー・アート・ジャパン 座談会=中原浩大×村上隆×ヤノベケンジ」『美術手帖』No.651, p.68-p.81, 1992.3.1, 美術出版社
図録『アノーマリー展』1992.12.10, 池内美術レントゲン芸術研究所
鷲田清一「今月のひと 中原浩大」『美術手帖』No.952, p.270-p.273, 1993.11.1, 集英社
「中原浩大 ちゃんとした美術の使い方」『美術手帖』No.952, p.73-p.91, 1996.10.1, 美術出版社
パンフレット『平面と深奥』1998, 足利市立美術館
瀧口杳子「逸脱しようとすること、留まりつづけること 中原浩大/序論」『武蔵野美術』No.118, p.90-p.95, 2000.10.15, 武蔵野美術大学
パンフレット『テーマ展示 中原浩大─収蔵作品を中心として─』2001, 豊田市美術館
Webサイト:中村政人・森川嘉一郎「秋葉原へ/秋葉原から──現代美術とオタク的世界の交錯する場」『artscape』2004.2(http://www.dnp.co.jp/artscape/exhibition/focus/0402_01.html)大日本印刷, 2012.9.8
能勢陽子「インタビュー 中原浩大」『リア』p.12-p.15, 2005.9.20, リア制作室
椹木野衣『美術になにが起こったか 1992-2006』2006.11.30, 国書刊行社
図録『国立国際美術館開館30周年記念展「30年分のコレクション」』2007, 国立国際美術館
図録『シリーズ80年代考 1』坂上しのぶ編, 2008.3, ギャラリー16
東浩紀・北大暁大 編『NHKブックス別巻 思想地図 vol.4 特集:想像力』2009.11.28, 日本放送出版協会
能勢陽子「ARTIST INTERVIEW 中原浩大」『美術手帖』No.952, p.179-p.193, 2011.6.1, 美術出版社
『京都市立芸術大学創立130周年記念 国際シンポジウム「Creative Engagement/生存のエシックス」記録集』2011.6.30, 京都市立芸術大学
『武蔵野美術大学80周年記念展「変成態─リアルな現代の物質性」ゲストキュレーター:天野一夫』2011.9, 武蔵野美術大学
Webサイト:「中原浩大」『独立行政法人国立美術館 所蔵作品総合目録検索システム』2012.3.16(http://search.artmuseums.go.jp/records.php?sakuhin=50260)独立行政法人国立美術館, 2012.9.8
Webサイト:「中原浩大」『京都市立芸術大学』(http://www.kcua.ac.jp/professors/nakahara-kodai/)京都市立芸術大学, 2012.9.8

2012年9月

  • 中原浩大《海の絵》──創造の原基「能勢陽子」

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