【無題の見方】
(1)モチーフ
人間。特定のモデルはいない。家族なのか偶像として土俗的信仰の対象にも見える。
(2)タイトル
無題。作品そのものから感じてもらいたいという作家の思いがあるのだろう。
(3)制作年
2006年。
(4)画材
油絵具、キャンバス。
(5)サイズ
左右各194.0×130.3cm、中央162.0×112.0cm。展示は、中央の台座の曲線ライン延長線上に、左右各作品の台座のラインを一致させ、等間隔に離す。
(6)構図
3点でひとつの作品。三尊像やキリスト教の三連祭壇画形式から発想しているのかもしれない。
(7)構図
3点とも真正面向きの顔と真横を向いた身体で、台座に座ってポーズを取る。
(8)色彩
アース・カラーを基調とした落ち着いたセンスのよい配色。本作品以降、徐々に作品がカラフルになっている。
(9)技法
下描きをせず、綿手袋にビニール手袋を重ねて手で描く。不自由だが作業を制限するその描法は、積極性を喚起させ、モチベーションを高く維持する独自の画法。筆遣いの自在さに酔わないための歯止めにもなり、何よりも画布にすり込まれた絵具が独特の肌合いを生み出す。全体に薄塗り。広い色面はゴムベラを用いる。
(10)鑑賞のポイント
原初的な人間の存在感が強く出ている。絵を反転したネガフィルムのような画面。フラットな単色の背景が純粋な透明感と緊張感を醸し出し、深遠な広がりを感じさせる。加藤が絵画と対話しながら判断して生んできた、幼形成熟したキモカワイイ裸の人と植物が描かれている。大きな頭部に反して手足が小さく、目と目の間は妙に離れてギラギラ発光し、鼻の形状はどこか男性器に似て、髪の毛は仏像の螺髪(らほつ)のようだ。植物は生命エネルギーの象徴か。不穏で不気味な雰囲気のなかに、生を肯定的に描いた。第52回ヴェネチア・ビエンナーレ国際企画展出展作品。
強度を伴った虚構
加藤は画家であるが絵画と並行して彫刻も制作する。描画に行き詰まったとき木彫が補完し、精神と肉体のバランスを取っているのだという。「絵は世界と対決している気がする。絵は、四角いもので画面を区切ってそこに何かが描かれている。存在として不自然ですよね。彫刻は普通に三次元の世界にあってもおかしくないけれど。それでもあの四角に僕らはぐっとくる。なぜかはわからないけど、そこにもうひとつの世界を求めてしまう気がします。そういう意味でも、絵は現実と同じくらいの強度を伴った虚構がそこに存在しないとダメでしょう。抽象であれ具象であれ」(加藤泉『加藤泉作品集』)。加藤の木彫は壁を背景に立て掛けたり、一方から見るレリーフ状のものが多く、正面性の強い絵画的な作風だ。
加藤の作品からパブロ・ピカソ、アンリ・ルソー、エドヴァルド・ムンクらとの感覚的接点は見出せないだろうか。例えばアフリカ彫刻から着想を得て制作されたピカソの《アビニヨンの娘たち》、ジャングルの熱帯植物の色彩と動物を真正面と真横からとらえた構図のルソーの《夢》、愛と死がもたらす不安に包まれ人体と自然が一体となって歪み溶ける不気味さを描いたムンクの《叫び》などを想起した。
島氏は「加藤は学んでそれらを再現するタイプではなく、結果としてそれらを吸収したかのように、こちらが見てしまう。どちらかというと直感的なタイプで自分のなかから出て来たものに忠実というか、画面の中でバランスを見て、闘いながら構成している」と語った。
根源的な生の形が凝縮されている《無題》の3人の真っ直ぐな視線にとらえられ、見るものは一瞬にして人類誕生の姿と今ここにいる遠い私を重ね合わせることになる。
第52回ヴェネチア・ビエンナーレ国際企画展風景, 2007年, 加藤 泉《無題》, イタリア館ジャルディーニ, ヴェネチア, イタリア
撮影:Giovanni Pancino, Courtesy of the artist and ARATANIURANO
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主な日本の画家年表
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島敦彦(しま・あつひこ)
国立国際美術館学芸課長。1956年富山県富山市生まれ。1980年早稲田大学理工学部金属工学科卒業。同年富山県立近代美術館学芸員、1992年国立国際美術館学芸員を経て現職。所属学会:日本映像学会。主な展覧会企画:「近作展14 榎倉康二」(1994)、「近作展18 内藤礼─みごとに晴れて訪れるを待て」(1995)、「瀧口修造とその周辺」(1998)、「近作展23 小林孝亘」(2000)、「安齋重男の眼1970─1999写真がとらえた現代美術の30年」(2000)、「近作展27 O Jun」(2002)、「畠山直哉写真展」(2002)、「オノデラユキ写真展」(2005)、「絵画の庭──ゼロ年代日本の地平から」(2010)など。
加藤泉(かとう・いずみ)
画家。1969年 島根県生まれ。1992 年武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。主な展覧会:個展(1995, 藍画廊)、「クリテリオム46加藤泉展」(2001, 水戸芸術館現代美術ギャラリー)、「VOCA展2002」(2002, 上野の森美術館)、「ゾーン──不穏な時代の透視者たち」(2003, 府中市美術館)、「加藤泉展 裸の人」(2005, SCAI THE BATHHOUSE)、「人へ展」(2007, ARATANIURANO)、「第52回ヴェネチア・ビエンナーレ国際企画展」(2007, イタリア)、「MOTアニュアル2007 等身大の約束」(2007, 東京都現代美術館)、「The Riverhead展」(2008, 上野の森美術館ギャラリー)、「アート・スコープ2007/2008──存在を見つめて」(2008, 原美術館)、「加藤泉 日々に問う」(2010, 箱根彫刻の森美術館)、「絵画の庭──ゼロ年代日本の地平から」(2010, 国立国際美術館)、「ダブル・ビジョン:現代日本美術展」(2012, ロシア、イスラエル)、「加藤泉展 SOUL UNION DELUXE」(2012, 霧島アートの森)など。代表作:《無題》(2006, 国立国際美術館蔵)など。
デジタル画像のメタデータ
タイトル:無題。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:加藤泉, 2006年制作, A set of three /triptych(左右:縦194.0×横130.3 cm, 中:縦162.0×横112 cm), キャンバス・油彩。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:ARATANIURANO。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 126.1MB(1,200dpi, 8bit, RGB)。資源識別子: TIFF画像(左:「IK-06-13a-P」:713MB, 中:「IK-06-13b-P」:767MB, 右:「IK-06-13c-P」:720MB)をPhotoshopで統合。情報源:ARATANIURANO。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:加藤泉, ARATANIURANO, 国立国際美術館
【画像製作レポート】
作品の画像は、ギャラリーARATANIURANOより入手。《無題》は3点で一作品となる。ギャラリーから送信されてきた画像は以下の内容。2006年に撮影された1枚のカラーポジフィルム(カラーガイド・グレースケールなし)をスキャニングし、その3点の作品が写っているA3サイズの画像をトリミング加工後、3つのTIFFファイル(1200dpi, 24bit, RGB)に保存(左:713MB, 中:767MB, 右:720MB)。作品を所有する国立国際美術館へは、メールで頂いた「特別観覧願」に必要事項を記入・押印し、加藤泉氏の「著作権許諾書のコピー」を添えて速達郵送して申請。作品画像の使用許可を得た。
iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、Photoshopで3点のつなぎ目を合わせて統合し、126.1MB(1,200dpi, 8bit, RGB)に保存。セキュリティーを考慮して画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
3点の画像をひとつにまとめる際、画像と画像の間をどのくらいの幅にすればよいのか迷った。中央の子どもが腰かけている台の曲線ラインの延長線に、左側は男、右側は女の曲線ラインが一致するように配置した。3点で一作品であるが、各々一作品と見ることもでき、絵画を用いたインスタレーションのようでもあった。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]
参考文献
嶋崎吉信「コンテンポラリー・アートを訪ねて 不穏なヒト 加藤泉の絵画と彫刻」『Seven seas』No.143, p.169, 2000.7.1, アルク
Webサイト:「museum 国立国際美術館 インタヴュー島敦彦×岡部あおみ」『Culture Power』2001.6.5(http://apm.musabi.ac.jp/imsc/cp/menu/museum/kokuritsukokusai/interview.html)武蔵野美術大学, 2013.1.1,
図録『新世代への視点2001「絵画」─画廊からの発言─』2001.7, 東京現代美術画廊会議
窪田研二「現代の肖像画」『クリテリオム 46』図録, 2001, 水戸芸術館現代美術センター
臼木直子「加藤泉 画狂 すべては絵画のために」『美術手帖』第55巻通巻832号, p.49-p.52, 2003.3.1, 美術出版社
図録『ゾーン──不穏な時代の透視者たち』2003, 府中市美術館
図録『lonely Planet 孤独な惑星』2004.4.10, リトル・モア
児島やよい「生命の具象画」『αMプロジェクトVol.5 加藤泉展』2004.10.18, 武蔵野美術大学
島敦彦「審美のアングル〔加藤泉「MOTアニュアル2007」展 その“孤独”に引きつけられ〕」『産経新聞』夕刊.2007.4.28, 産経新聞社Webサイト:アネタ・グリンコウスカ「現代絵画における“個”の反映としてのモチーフ」『TOKYO ART BEAT』2007.7.27(http://www.tokyoartbeat.com/tablog/entries.ja/2007/07/izumi-kato-2.html)NPO法人GADAGO, 2013.1.6
図録『「森」としての絵画:「絵」のなかで考える』監修:天野一夫, 2007, 岡崎市美術博物館
米崎清実「等身大の約束」『MOTアニュアル 等身大の約束』図録, 2007, 東京都現代美術館
斎藤環「加藤泉──正しきイマージュの系統発生」『アーティストは境界線上で踊る』p.47-p.58, 2008.2.21, みすず書房
加藤泉「アーティストによるアーティスト論 加藤泉 絵画の王道」『美術手帖』No.909, p.18-p.19, 2008.7.1, 美術出版社
島敦彦「審美のアングル〔加藤泉の新作 「不穏」で構築する「生」〕」『産経新聞』夕刊.2008.7.14, 産経新聞社
「21世紀藝術研究所─3Key Words Research─加藤泉」『ギャラリー』通巻292号, 2009.8.1, ギャラリーステーション
図録『国立国際美術館新築移転5周年記念 絵画の庭──ゼロ年代日本の地平から』2010, 国立国際美術館
島敦彦「審美のアングル〔加藤泉「日々に問う」 平板さ印象的、彫刻の重さ忘れ〕」『産経新聞』夕刊.2010.11.19, 産経新聞社
図録『加藤泉 日々に問う』2010, 彫刻の森美術館
図録『加藤泉「はるかなる視線」展』2011, Six
加藤泉『加藤泉作品集 絵と彫刻』2011.6.10, 青幻舎
橋本梓「いちばんモチベーションが上がるからずっと人のかたちを描いている。」『美術手帖』第63巻通巻957号, p.200-p.207, 2011.9.1, 美術出版社
図録『加藤泉展 SOUL UNION DELUXE』2012.11.1, 加藤泉展実行委員会
2013年1月