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狩野山雪《雪汀水禽図屏風》算賀に開く隠逸の自由──「奥平俊六」

影山幸一

2013年03月15日号

【雪汀水禽図屏風の見方】

(1)モチーフ

左隻はチドリ、右隻はカモメ、カワセミ、セキレイ。背景に浜、岩、松、波、空、月、竹、雪、茅屋(ぼうおく)。この家は自然景の中に忽然と現われて不思議な感じがする。

(2)題名

雪汀水禽図屏風(せっていすいきんずびょうぶ)。

(3)構図

垂直、水平、対角線を意識した幾何学的な構図。特にS字形の樹木表現とZ字形のチドリの飛翔表現が目を引く。リズム感のあるモチーフの配置によって、左右対をなすバランスを取っている。当時は形式を整える方向に時代全体が動いていた。

(4)色彩

金、銀、黒、白、緑、青、黄、茶などと、色は多く使われていないが濃密な色彩である。主に永遠をイメージさせる金色と、知性を感じさせる銀色を背景に、吉祥的な意味をもつ松の緑色と、清浄な雪の白色を配している。

(5)技法

やまと絵の伝統を受け継ぎながら、工芸的で精緻な金銀加飾法につながる技法。雪の多くは胡粉(ごふん)を点様に細かく打っている。波頭は胡粉で厚く盛り上げ、その上に銀泥(ぎんでい)を施し、さらに薄墨を塗って拭き取り色の深みを出した。蒔絵(まきえ)★1で絵画を実現する感覚は、描くというよりつくる感じ。


★1──漆工芸の加飾法のひとつ。漆で文様を描き、その上に金・銀粉などを蒔いて固着させる。
(6)サイズ

各154.0×358.0cm、六曲一双の長大画面。いわゆる長さが6尺(1.82メートル)の本間(ほんけん)屏風。

(7)制作年

17世紀前半。山雪40歳代後半から50歳代の作品とされてきたが、奥平氏の仮説では寛永6(1629)年山雪40歳の制作。

(8)画材

紙本金地着色。大小さまざまな切箔(きりはく)、砂子(すなご)、野毛(のげ)が密に蒔かれ、金泥が月の陰影など一部に使われている。これらの加飾材料は、普通の金、赤みのある金、白っぽい金が用いられており、金箔は使われていない。盛り上げの白い胡粉、素地に下塗りした淡い紫紅色の礬砂(どうさ)★2が効果的に用いられている。

★2──にかわ液の中に明礬(みょうばん)を少量加えたもの。

(9)落款

「狩野山雪筆」の署名と「山雪」の朱文方形内鼎(てい)形の印が両隻にある。

(10)鑑賞のポイント

冬の水辺を描いた算賀★3の屏風。波はすべて丹念に盛り上げた胡粉の上に銀泥を塗り、空の景色は発色も大きさも違う切箔、砂子、野毛を複雑に蒔いて表わしている。室町時代に盛行した「塩山(しおのやま)蒔絵硯箱」(代表的なものに京都国立博物館蔵の《塩山蒔絵硯箱》や東京国立博物館蔵の《塩山蒔絵硯箱》がある)を想起するが、それは『古今和歌集』第七の賀歌「しおのやまさしでの磯に住む千鳥君が御代をば八千代とぞなく」からきている。詩想や物語の趣向を凝らして、和漢が混交した蓬莱仙郷のイメージがある。手にのる工芸品の世界を屏風に転化させて鑑賞者を包み込む。左隻は、チドリが連なって舞い降り飛び立つ月下の浜辺。右隻は、カモメがゆったりと憩う岩礁。奇矯な形態感覚をもつ狩野永徳と、整然とした構成感覚をもつ山楽を受け継ぎ、昇華した山雪の到達点である。圧倒的な銀波と降り積む雪、輝く空の光に導かれて、見る者はいつしか冴え冴えとした冬の水辺に誘われる。

★3──長寿を祝う儀。40歳から始めて10歳長ずるごとに行なう儀式。

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