2021年07月15日号
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アート・アーカイブ探求

狩野山雪《雪汀水禽図屏風》算賀に開く隠逸の自由──「奥平俊六」

影山幸一

2013年03月15日号

隠逸の喜び

 《雪汀水禽図》は、和歌と関連があると研究者の多くが「チドリ」「月」「雪」「茅屋」が描かれている左隻について指摘している。左隻の左上にひっそりと建つ「茅屋」は見る人にとって連想の源となっているようだ。奥平氏は、時代はまったく違うが、たとえば近代の俳人である河東碧梧桐(かわひがし・へきごとう, 1873-1937)の「離れ家離れ岩あり飛ぶ千鳥」の“離れ家”を思い浮かべると言う。ほかにも『新古今和歌集』にある「山家夜霜」の“山家”を、また『源氏物語』の源氏絵のなかでは、明石における源氏の“寓居”を連想する人もいると言う。
 右隻については、左隻に対し解釈されることが少ない。右隻の主要なモチーフである「カモメ」と「岩礁」について奥平氏に伺った。「カモメは古くより自由な隠者の姿と重ね合わされ、とりわけ老子思想の影響を受けた詩人、黄庭堅(こうていけん, 1045-1105)によって用いられた“鷗盟”という語には、脱俗した風流な交わりという意味がある。「鷗は閑かに水にゆられて浮かぶ姿から、幽閑な隠居の身上に較べられるが、またその群居する習性から、友社の朋友の群に喩えられる。そして一羽の放れ鳥は朋友から別れて居ることになった人に擬せられることが多い」(島田修二郎『禅林画賛─中世水墨画を読む』p.26より)。これは『美術史』のなかで内山かおる氏が指摘していることである。山雪は「子猷訪戴図(しゆうほうたいず)」という中国の故事に倣った画題を掛軸、屏風、障壁画などに何度も描いている。この絵の主題は、王子猷(おうしゆう)という人が、月夜の雪の降り積もる晩に、お酒を飲みながら友達の戴安道(だいあんどう)と一緒にこの月を愛でて詩を吟じようと思い、河を遡って会いに行くが道程は遠い。明け方になってしまい興が醒めたので、引き返すというもの。これは気ままであること。風流を愛でる隠逸の自由を表わしており、右隻のカモメにつながっている。つまりカモメは“隠逸の喜び”を象徴している。また画面の中央に垂直に立つ太湖石風の岩礁は、吉祥的モチーフであろう」と奥平氏は語った。左隻は和歌を、右隻は漢詩をイメージの源泉としている。

手許で愛でる感覚

 奥平氏は昨年改めて間近に《雪汀水禽図》と向き合ったという。《雪汀水禽図》に漂うあの寂寥感は何なのか。晴れの儀式に用いる屏風にしてはふさわしいとは思えない不思議な絵。奥平氏は画家の目となって《雪汀水禽図》を観察した。そのときの感想を伺った。「何度も見ていると、実はこの絵は、見れば見るほど右隻が面白い。深い。最初に見たときは、どうしても左隻に引かれる。感覚の問題だが左隻は夜であり、右隻は明け方だと思う。右隻ではちょっと明け染めている感じの赤みのある金を使っているところが多い。多くの人は左隻に引かれて右隻も夜景というが、朝と夜の対比かもしれない。以前に寂寥感を感じると書いたが、画面に接近して見ていると、鳥たちが一羽一羽方向を変えて表情もさまざまだ。離れて見ると確かに寂寥感なのだが、近寄って見ると鳥同士が鳴き交わしていて、思いのほか賑やかなのだ。特に右隻は近寄って見ると新たに発見することが多い。カモメは眼を閉じかけているもの、ふわぁーと飛んでいるもの、のんびりと波に揺られているものなど、自由でのどかな感じがしてくる」。左隻と右隻が描出する夜と朝、そして遠目と近目で変化する画面。静と動、弛緩と緊張を調和させて、一見物寂しさを感じさせながら、間近で見れば明るく賑わいのある《雪汀水禽図》。屏風の前を行ったり来たり、また工芸品を愛でるように手許で愛でる感覚で見る。これが《雪汀水禽図》の正しい見方なのかもしれない。

寛永6年の算賀

 そして奥平氏は、ある理由から、この絵が寛永6(1629)年に九条幸家の発注によってその父・九条兼孝(かねたか)の77歳の喜寿の祝いに描かれた算賀の屏風ではないかと推定するに至る。その理由については、下記展覧会のカタログを見てほしい。奥平氏のカタログ掲載論文では、山雪晩年の入獄の理由についても解き明かされている。
 この春、京都国立博物館では「特別展覧会 狩野山楽・山雪」(2013年3月30日〜5月12日)が開催される。重要文化財13件に新発見9件、初公開6件を含む83件の作品が展覧される。大覚寺障壁画、妙心寺屏風など山楽の代表作はもとより、天球院の障壁画、あるいは新出の山雪筆《武家相撲絵巻》(相撲博物館蔵)など珍しい作例も展示される。さらに欧米から里帰りした天祥院旧蔵の《老梅図襖》(メトロポリタン美術館蔵)、《群仙図襖》(ミネアポリス美術館蔵)は本来襖であったときと同様に中央室で背中合わせに配され、また美麗で長大な《長恨歌図巻》(アイルランド, チェスター・ビーティー・ライブラリー蔵)は全図を見られるように工夫されている。もちろん《雪汀水禽図》は最後の部屋「極みの山雪ワールド」で《蘭亭(らんてい)曲水図屏風》(随心院蔵)などとともに展示されている。
 山雪という名を冠した大規模な展覧会は27年前ぶり。そのどちらにも関わり、長年にわたり山雪を見てきた奥平氏。京狩野の山雪作品が一堂に会する京都で、山雪の真骨頂《雪汀水禽図屏風》の知られざる世界を間近に見ることができる。




主な日本の画家年表
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■奥平俊六(おくだいら・しゅんろく)

大阪大学大学院文学研究科文化表現論教授。京都国立博物館客員研究員、大和文華館評議員。1953年愛媛県松山市生まれ。1977年東京大学文学部美術史卒業後、1983年同大学大学院人文科学研究科美術史学博士課程単位取得退学。同年大阪府立大学総合科学部専任講師、1991年大阪大学文学部助教授、1997年同教授、1999年より現職。文学修士。専門:日本美術史(中近世絵画史)。所属学会:待兼山芸術学会、美術史学会。主な論文:「狩野山雪筆 洛外圖について」『國華』(國華社, 1987)、「縁先の美人─寛文美人図の一姿型をめぐって─」『日本絵画史の研究』(吉川弘文館, 1989)、「自閉症の人はなぜ電車が好きなのか─絵画作品をてがかりに─」『芸術と福祉』(大阪大学出版会, 2009)など。主な編著書:『絵は語る(10) 彦根屏風─無言劇の演出─』(平凡社, 1996)、『俵屋宗達(新潮日本美術文庫)』(新潮社, 1997)、『洛中洛外図 舟木本──町のにぎわいが聞こえる(アートセレクション)』(小学館, 2001)、『すくわかる人物・ことば別 桃山時代の美術』(東京美術, 2009)、『懐徳堂ゆかりの絵画(阪大リーブル)』(大阪大学出版会, 2012)など。

■狩野山雪(かのう・さんせつ)

江戸初期の画家。1590〜1651(天正18〜慶安4)年。狩野山楽(永徳の養子)の後継者・京狩野二代目。肥前生れ。父道元(どうげん)と母松浦氏の子。氏は千賀(せんが)、幼名は彦三、のちに平四郎。通称は縫殿助(ぬいのすけ)。号を山雪とし、ほかに蛇足軒(だそくけん)、桃源子(とうげんし)、松柏山人(しょうはくさんじん)など。1605年、16歳で父が他界、山楽に入門。力量が認められ長女・竹と結婚、永納は息子。文人的意識が強く、儒学者と交わり古典を研究。作風は垂直、水平を意識した幾何学的で知的な構成を特色とし、装飾的でありながら高い格調を示す。1631年42歳、山楽と共に妙心寺天球院障壁画を制作。1647年58歳、明兆筆《三十三観音像》(東福寺蔵)の不足二幅を制作、法橋となる。『本朝画史』は山雪による草稿を永納が増補。1649年60歳頃、身に覚えのない罪で投獄され、2年後に京都で没す。主な作品:《雪汀水禽図屏風》《歴聖大儒像》《籬(まがき)に草花図襖》《老梅図襖》《蘭亭曲水図屏風》《盤谷(ばんこく)図》《蟠龍(ばんりゅう)図天井画》など。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:雪汀水禽図屏風。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:狩野山雪, 17世紀前半, 紙本金地着色, 六曲一双, 各154.0×358.0cm, 重要文化財, 個人蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:京都国立博物館。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:左隻:207.5MB, 右隻:208.2MB(Photoshop, 1,000dpi, 8bit, RGB)。資源識別子:2012-0579(CD-R 700MB, 48×, MITSUBISHI KAGAKU MEDIA, C3123QG17111763LH・D3123QG17095734LH)。情報源:京都国立博物館。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:個人, 京都国立博物館






【画像製作レポート】

 《雪汀水禽図屏風》は個人蔵であるが、作品は京都国立博物館(以下、京博)に寄託。所有者の許諾を得て、京博のホームページから「画像等利用申請書」と「画像一覧(注文票)」をプリントアウトし記入・押印、「所蔵者の画像利用許可書コピー」「希望画像の図版コピー」と併せて列品管理室へFax。担当者から折り返し電話が来て後日、この一式を郵送。約10日、CD-Rに入った作品画像が届く。右隻・左隻とも3分割に分けて撮影された画像だ。【画像等利用料】:小(A4以下・21.0×29.7cm程度)1点に付き3,150円×6、【画像等作成料】:1画像に付き1,050円×6、【事務手数料】:1申請あたり(国内)1,050円×1、【梱包料・送料】:1申請あたり(国内)1,050円×1、合計:27,300円。CD-Rは要返却。
左隻[0579-1(86.2MB), 0579-2(86.6MB), 0579-3(85.7MB)]と右隻[0579-4(86.1MB), 0579-5(86.4MB), 0579-6(86.0MB)]のTIFFファイル6画像(1,000dpi, RGB, 24bit)のうち、0579-2を反時計回りに0.1度、0579-3を時計回りに0.15度、0579-4を時計回りに0.2度回転させ、右隻、左隻の画像をそれぞれ接合し、縁に合わせて切り抜いた。左隻207.5MB、右隻:208.2MB(Photoshop, 1,000dpi, 8bit, RGB)。
iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、書籍の作品画像を参照しながら、色調整しPhotoshopファイルに保存。画像のセキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
京博は「これまでカラー写真の貸出はフィルムの複製(デュープ)によって行なっていましたが、デュープフィルムの製造終了に伴いましてカラー写真の貸出を終了し、2011年10月よりデジタル画像の貸出を開始いたします」(http://www.kyohaku.go.jp/jp/syuzou/shinsei1.html#kinyu)と、デジタル画像を本格的に取り扱うことになった。デジタル基盤整備が進む社会に対応した、デジタルアーカイブ構築へ向けた変化ともいえる、大きな一歩である。デジタル画像を活用した教育やサービス事業の発展に期待したい。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]



参考文献

黒川眞賴「山雪」『國華』第72号, p.457, 1895.9, 國華社
田中豊「狩野山雪における正統と異論──寛永文化の一位相──」『横田健一先生還暦記念 日本史論叢』pp.735-752, 1976.9.3, 横田健一先生還暦記念会
土居次義『日本美術絵画全集 全25巻 第12巻 狩野山楽/山雪』1976.12.25, 集英社
土居次義 編『日本の美術』No.172 山楽と山雪, 1980.9.15, 至文堂
大西廣「歌の視角・絵の視角─8 雪汀水禽」『短歌研究』第38巻第1号, 1981.1.1, 短歌研究社
大西廣「歌の視角・絵の視角─9 冬の山里」『短歌研究』第38巻第2号, 1981.2.1, 短歌研究社
山下善也「狩野山雪筆「富士三保松原図屏風」──図様の源流と革新性について──」『静岡県立美術館紀要 第2号』pp.6-23, 1984, 9, 30, 静岡県教育委員会
Webサイト:我妻直美「<卒業論文> 狩野山雪の絵画様式に関する一考察」『学習院学術成果リポジトリ』「哲学会誌」No.10, pp.77-90, 1986(http://glim-re.glim.gakushuin.ac.jp/bitstream/10959/879/1/tetsugakukaishi_10_77_90.pdf)学習院大学, 2013.2.16 図録『特別展 狩野山雪』1986.10.10, 大和文華館
奥平俊六「狩野山雪筆 洛外圖について」『國華』第1101号, pp.13-31, 1987.3.20, 國華社
島田修二郎「室町時代の詩画軸について」『禅林画賛─中世水墨画を読む』島田修二郎・入矢義高 監修, pp.10-31, 1987.10.10, 毎日新聞社
辻惟雄『奇想の系譜』1988.6.10, ぺりかん社
内山かおる「狩野山雪筆『雪汀水禽図屏風』について」『美術史』第128冊, Vol.39, No.2, pp.152-169, 1990.3.30, 便利堂
山下善也「不遇な実力派たち 山雪・山楽と京狩野」『別冊太陽 日本のこころ 131号 狩野派決定版』2004, 10, 13, 平凡社
辻惟雄・小林忠・河野元昭:監修「065 狩野山雪 雪汀水禽図」『日本絵画名作101選』p.144, 2005.3.20, 小学館
日高薫「蒔絵の「色」──絵画と工芸とのはざまで」『講座日本美術史 第5巻〈かざり〉と〈つくり〉の領分』玉蟲敏子 編, pp.165-197, 2005.10.31, 東京大学出版会
Webサイト:「狩野山雪の雪汀水禽図屏風」『いづつやの文化記号』2006.1.27(http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2006/01/post_b58a.html)2013.2.16
板倉聖哲「狩野山雪「杜甫草堂図」について」『美術史家、大いに笑う──河野元昭先生のための日本美術史論集』pp.49-63, 2006.4.20, ブリュッケ
薄田大輔「狩野山雪筆「雪汀水禽図屏風」の主題とその成立に関する一考察」『哲学会誌』No.33, pp.25-43, 2009.5.1, 学習院大学哲学会 辻惟雄『ギョッとする江戸の絵画』2010.1.15, 羽鳥書店
安村信『広げてわくわくシリーズ ワイドで楽しむ奇想の屏風絵』2010.10.5, 東京美術
脇坂淳『京狩野の研究』2010.11.25, 中央公論美術出版
成澤勝嗣『アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい狩野永徳と京狩野』2012.3.15, 東京美術
五十嵐公一『京狩野三代 生き残りの物語 山楽・山雪・永納と九条幸家』2012.12.10, 吉川弘文館
Webサイト:『特別展覧会 狩野山楽・山雪』2013(http://sanraku-sansetsu.jp/)毎日新聞社, 2013.2.16

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