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鳥居清長《美南見十二候 六月 品川の夏》五感を刺激する直線美──「藤澤 紫」

影山幸一

2014年05月15日号

ドラマのようなリアリティー

 江戸のヴィーナスと言われる八頭身の美人像誕生には、オランダ人の画家ヘラルド・ドゥ・ライレッセ著の『大絵画本』(1740)にある挿図など、異国の銅版画類が何らかのかたちで影響していた可能性があると言われている。18世紀後半の日本は『解体新書』(1774)の刊行、司馬江漢(1747-1818)による日本で初めての銅版画制作(1783)など、西欧文化に感化される者も多く、だからこそ清長の描く異質な八頭身の図も受け入れられたのかもしれないのだ。
 清長の研究家であった溝口康麿(1899-1979)は、清長の画風の変遷を6期に分類しており、《美南見十二候 六月 品川の夏》を制作した1784(天明4)年頃を第4期として、こう記している。「顔は少し丸く眼は愛らしく清純となり、眉は美しく曲がり新月形、肉つき程よくひきしまり、胴は短く手足はのび/\として更に身長は長くなる。天明三年頃より所謂八頭身となる。女の描写の様式に一大革命をもたらした。女の姿を丈高く日本人の平均の身長よりもむしろ誇張して画いた」(溝口康麿『浮世絵師 鳥居清長』p.7)。
 藤澤氏は「人物の首をもっと伸ばせば身長が高くなるが、バランスも取りづらくなる。清長は首の角度を微妙に調整し、画面全体のリズムや流れを巧みにつくっている。衣装の流行も変わり、いわゆる褄模様(つまもよう)、裾模様といわれる部分模様がはやるようになる。特に芸者や粋筋(いきすじ)の人が、部分模様の着物を好んで着るようになった。腰から下が長い“腰高”のプロポーションに、この流行の衣装はとても似合う。振袖も長くなり、髪型も、茶屋の女も遊女も灯籠鬢(とうろうびん)が主流になるなど、さまざまな変化が起こる。清長以前のやや類型的で、表情もあまり極端に変化しない美人画に対し、清長の作例は格段に表情が豊かで、ポーズの取り方も秀逸、実にキャラクターが立っている。このリアリティーが、次世代の美人画を担う喜多川歌麿にもつながっていく。そもそも鳥居派は役者絵の専門家なので、役者が演じるドラマのようなリアリティーが、うまく美人画へ転移した稀有な例であろう」と語った。
 さらに《美南見十二候 六月 品川の夏》の特徴を「夏を透かし見る(男性の透けた長羽織)“視覚”、談笑が聞こえる(指さす男と答える女など)“聴覚”、酒を味わう(杯を傾ける女)“味覚”、汐の香りをかぐ(品川の海浜の景)“嗅覚”、唇に触れる(楊枝を使う後ろ向きの女)“触覚”といった五感を刺激する仕掛けがあり、楽しさが詰まっている」と、藤澤氏は述べた。

風光明媚な岡場所

 当初《美南見十二候》は、品川遊里の12カ月の風俗を大判二枚続12図揃いとして刊行を予定していたようだが、二枚続で出版されたのは3月から8月までで、9月は一枚だけが知られる。「高い制作費がシリーズ未完の要因だったかもしれない」と藤澤氏。この二枚続の《美南見十二候》のほか、揃い物には、中判一枚絵の《美南見十二候》(5・6・7月以外は、「美南見・・・」は「見南美・・・」と書かれている〔岡 畏三郎『浮世絵大系4 清長』p.129〕)があり、《美南見十二候 六月》(品川区立品川歴史館蔵, 図参照)もあるのだが、この題名には「品川の夏」が付いておらず、毎年6月品川で現在も行なわれる天王祭で、海中渡御(とぎょ)の神輿を3人の遊女たちが二階から眺める絵となっている。そのほか品川遊里に取材した揃い物には《美南見八景》と《美南見十景》がある。
 この作品が制作された天明期(1781-89)は、狂歌や川柳が流行し、歌舞伎や音曲などの芸能も盛んになり、江戸の大衆文化が活況を呈した時期だった。江戸時代、遊里と芝居町は二大悪所と言われていたが、浮世絵の二大テーマである“美人画”と“役者絵”はそこから生まれた。北の官許の遊郭は新吉原(1657年明暦の大火後、日本橋から浅草へ移転)であり、それ以外の江戸の遊里は「岡場所(おかばしょ)」と呼ばれ、日本橋を起点とする東海道、奥州道、日光・中山道、甲州道、各第一駅の宿場を「江戸四宿(えどししゅく)」とし、それぞれ品川、板橋、千住、内藤新宿が、私娼たちの働く岡場所となった。「幕末には九四軒で、一, 三五八人の食売女★1のいたことが記録されているほど、品川宿は大いに栄えたのだった」(狩野博幸『日本の美術』第364号, p.86)。吉原の遊郭を脅かすほどの品川の繁栄ぶりに、一時は三味線が禁止になるほどだったという。
 「吉原は、ある意味閉ざされた遊里で、唯一の出入り口である大門口(おおもんぐち)が朝6時に開門し、夜10に時には閉門する。それに対して宿場町の遊郭はしきたりが煩わしくなく、料金も安いため人気があった。《美南見十二候》は格式の吉原、ラフな品川と丁度住み分けが進んでいく頃の作品。だからあえて吉原とはイメージを異にし、風光明媚で開放的な品川を印象付けたのかもしれない。制作の背景には、品川遊郭の支援があったことも考えられる。周囲が田んぼの吉原に比べ、品川は海が見えて料理もおいしい、人も明るくてどうだい、ってアピールする感じがある」と、藤澤氏は言う。隅田川近郊を取材した浮世絵が多かった当時、品川へ取材地を拡大した清長の先見性は、浮世絵の主題にも振幅をもたらした。

★1──「めしうりおんな」と呼び旅籠で客の相手をする女。飯盛女(めしもりおんな)とも言う。


鳥居清長《美南見十二候 六月》1783(天明3)年頃, 中判錦絵, 品川区立品川歴史館蔵
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藤澤 紫(ふじさわ・むらさき)

國學院大學文学部史学科教授(特別専任)。1967年東京都生まれ。1990年学習院大学文学部哲学科美学・美術史系卒業、1992年同大学大学院人文科学研究科哲学専攻博士前期課程修了、1996年同大学院同専攻博士後期課程単位取得満期退学、1995年〜98年日本学術振興会特別研究員。1999年学習院大学で博士号取得(博士〔哲学〕)。学習院大学ほか非常勤講師、國學院大學大学院客員教授などを経て、現在に至る。専門:日本美術史、日本近世史、比較文化論。所属学会・団体:国際浮世絵学会(常任理事, 国際委員会委員長)、美術史学会、財団法人アダチ伝統木版画技術保存財団評議員、切手の博物館専門委員。主な単著:『鈴木春信絵本全集』(勉誠出版, 2003)、『遊べる浮世絵─体験版・江戸文化入門』(東京書籍, 2008)など。主な共著:『浮世絵の至宝 ボストン美術館秘蔵 スポルディング・コレクション名作選』(小学館, 2009)、『浮世絵大事典』(東京堂出版, 2010)、『豊穣の日本美術(小林忠先生古希記念論集)』(藝華書院, 2012)、『超域する異界』(勉誠出版, 2013)、『浮世絵美人解体書』(東京堂出版, 2014)など。

鳥居清長(とりい・きよなが)

江戸中後期の浮世絵師。1752〜1815(宝暦2〜文化12)年。江戸本材木町の書肆、白子屋市兵衛の子に生まれる。姓は関あるいは関口、俗称新助のち市兵衛と伝わる。役者絵の名門、鳥居家三代目にあたる初代清満に弟子入りし、細判の役者絵や黄表紙の挿絵から始め、徐々に江戸の庶民風俗を主題とする作画を増やす。鈴木春信、北尾重政、礒田湖龍斎の次世代の担い手となり、大判の画面を用い、自然景を背景に長身で健やかな美人群像を描き、清長風美人画を完成。流麗な描線と明快な色調で天明の浮世絵界を風靡した。一方で芝居をする役者と、背景の太夫と三味線弾きを登場させた出語図を描いて、役者絵の流れにも新たな足跡を残す。1785(天明5)年、鳥居家の四代目を襲名後は、歌舞伎の看板、番付絵に集中。代表作は《美南見十二候》《当世遊里美人合》《風俗東之錦》《大川端の夕涼》《真崎の月見図》《四代目岩井半四郎の小春と三代目沢村宗十郎の次兵衛》《袖の巻》など。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:美南見十二候 六月 品川の夏。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:鳥居清長, 1784(天明4)年頃, 大判錦絵, ギメ東洋美術館蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:ギメ東洋美術館, (株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 34.0MB(300dpi, 8bit)。資源識別子:左(「6ème mois:dans la fraîcheur du soir」コレクションNo.RMN00024111, 画像No.00-024111, 作品No.EO1815, 江戸時代(18th century), 制作年:1784, 錦絵, Height:0.373m.Length:0.500m, 所蔵館:ギメ東洋美術館, 画像データ:JPEG 1.2MB)・右(「Le sixieme mois:dans la fraicheur du soir」コレクションNo.RMN00028607, 画像No.00-028607, 作品No.EO279, 江戸時代(1603-1868), 制作年:1784, 錦絵, Height:0.370m.Length:0.500m, 所蔵館:ギメ東洋美術館, 画像データ:JPEG 1.1MB)。情報源:(株)DNPアートコミュニケーションズ。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:ギメ東洋美術館, (株)DNPアートコミュニケーションズ






【画像製作レポート】

 《美南見十二候 六月 品川の夏》は版画のため複数存在する。海外の美術館が所蔵する浮世絵作品に状態の良好なものがあり、今回は(株)DNPアートコミュニケーションズが提携しているフランスのギメ東洋美術館から借りることができた。DNPへメールと申請書を送り、数日後DNPの返信メールに記載されたURLから作品画像2点をダウンロード。左右ともJPEG 1.2MBのファイルを入手。
 iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、画像の色調整作業に入る。図録などの印刷物を参照しながら、目視により色を調整、2作品を合わせ縁に沿って切り抜く。Photoshop形式:34.0MB(300dpi, 8bit, RGB)に保存。セキュリティーを考慮し、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
 版画2点を組み合わせた作品であるため、左と右の差異が少ない方がよいが、左右の制作時期が異なるのか、作品を撮影した環境が違うのか、左右の調和に時間がかかった。絵師と版元が立ち会って摺り上げる「初摺」では絵師の画想が十分に表現される。しかし絵師が立ち会わないその後に摺られる「後摺」では、版元の意向で画想が変わる場合がある。特に二枚続きの浮世絵版画では左右揃って一作品であることに留意したい。



参考文献

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溝口康麿『浮世絵師 鳥居清長』1962.7.10, 味燈書屋
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吉田暎二「鳥居清長に関する七章」『浮世絵』第8冊, pp.16-27, 1964.2.1, 緑園書房
高橋誠一郎『日本の美術 22巻 江戸の浮世絵師』1964.6.20, 平凡社
渋井清・菊地貞夫 監修『集英社版 浮世絵版画SERIES 5 清長』1964.7, 集英社
柳沢其園(中村幸彦 校注)「ひとりね」『近世随想集 日本古典文学大系96』pp.3-242, 1965.9.6, 岩波書店
山根有三・鈴木重三・辻 惟雄・小林 忠・池上忠治『原色日本の美術 第24巻 風俗画と浮世絵師』1971.3.20, 小学館
楢崎宗重「清長芸術論」『欧米収蔵浮世絵集成 在外秘宝 鳥居清長』pp.5-10, 38, 1972.8.25, 学習研究社
溝口康麿「清長研究覚え書──その謎とされる問題点を中心として」『浮世絵芸術』37号, pp.17-20, 1973.7.31, 日本浮世絵協会
瀬木慎一「清長 謎の画人⑨」『日本美術工芸』通巻436号, pp.56-61, 1975.1.1, 日本美術工芸社
高橋誠一郎監修『浮世絵大系4 清長(愛蔵普及版)』(編集制作:座右宝刊行会〔岡畏三郎, 鈴木重三, 菊地貞夫〕)1975.11.20, 集英社
磯崎康彦『ライレッセの大絵画本と近世日本洋風画家』1983.4.5, 雄山閣出版
『名品揃物浮世絵 全十二巻 2 清長』1991.9.30, ぎょうせい
『日本の美術』第364号 清長と錦絵(狩野博幸), 1996.9.15, 至文堂
前原祥子「鳥居清長の美人画 その②─風俗東之錦と美南見十二候」『武蔵野女子大学紀要』32号(通巻37号), pp.171-180, 1997.3.15, 武蔵野女子大学紀要編集委員会
小林忠監修『カラー版 浮世絵の歴史』1998.5.10, 美術出版社
寺門雄一「《資料紹介》鳥居清長画「美南見十二候 六月」」『品川歴史館紀要』第13号, p77, 1998, 品川区教育委員会
藤澤紫「役者絵の名門鳥居派の功労者 鳥居清長」『別冊太陽 浮世絵師列伝』pp.56-59, 2006.1.12, 平凡社
図録『鳥居清長 江戸のヴィーナス誕生』2007.4.28, 千葉市美術館
Webサイト:『C’n』Vol. 42, 2007.4.13(http://www.ccma-net.jp/publication_artnews/vol42.pdf)千葉市美術館, 2014.5.5
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田辺昌子「浮世絵美人画の虚と実─春信と清長の叙情」『美術フォーラム21』第16号, p.64-p.69, 2007.11.30, 醍醐書房
アーネスト F.フェノロサ『浮世絵史概説 フェノロサ厳選20木版画による浮世絵史観』訳:高嶋良二, 2008.1.15, 新生出版
藤澤紫「浮世絵の美人─メディアとしての機能」『浮世絵芸術』第155号, p.6-p.15, 2008.1.20, 国際浮世絵学会
Webサイト:下山 進「ボストン美術館スポルディング・コレクション色材共同調査─浮世絵版画“鳥居清長作品”に使用された色材(第1報)」『文化財情報学研究 第5号』2008.3(https://kiui.jp/pc/bunkazai/kiyo/05.s.43-53.pdf)国際吉備大学文化財総合研究センター, 2014.5.5
図録『千葉市美術館所蔵 浮世絵の美展』2008.7.18, 岡山県立美術館・山陽新聞社
藤澤紫『遊べる浮世絵─体験版・江戸文化入門』2008.9.10, 東京書籍
大久保純一『カラー版 浮世絵』(岩波新書1163)2008.11.20, 岩波書店
小林忠『江戸の浮世絵』2009.3.16, 藝華書院
図録『六大浮世絵師名品展 鈴木春信・鳥居清長・喜多川歌麿・東洲斎写楽・葛飾北斎・歌川広重』2000.10, 富山県水墨美術館
Webサイト:Hideo Nogami「ホイッスラーの美術論(10)」『from Modern to Postmodern』2000.12
http://www1.seaple.icc.ne.jp/nogami/jmw10.htm)Hideo Nogami, 2014.5.5
Webサイト:「鳥居清長〔美南見十二候〕」『KIRIN ART GALLERY 美の巨人たち』2011.2.26(http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/110226/)TV東京, 2014.5.5
田辺昌子「高津屋伊助と鳥居清長─錦絵の黄金時代を先導した版元と絵師」『浮世絵芸術』第163号, p.29-p.51, 2012.1.20, 国際浮世絵学会
Webサイト:「アートに乾杯!浮世絵 水と女性の抒情」2013.8.24『いづつやの文化記号』
http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2013/08/post-b7a1.html)いづつや, 2014.5.5
図録『大浮世絵展』2014, 読売新聞社
Webサイト:「collection online:triptych print」『The British Museum』(http://www.britishmuseum.org/research/collection_online/collection_object_details.aspx?objectId=784685&partId=1&searchText=torii+kiyonaga&page=1)大英博物館, 2014.5.5
Webサイト:「collection online:print」『The British Museum』(http://www.britishmuseum.org/research/collection_online/collection_object_details.aspx?objectId=784673&partId=1&searchText=torii+kiyonaga&page=1)大英博物館, 2014.5.5
Webサイト:「Collections《The Twelve Months in the Southern Quarter (Minami juni ko): The Sixth Month-Enjoying the Cool in a Teahouse》」『The Art Institute of Chicago』(http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/21618?search_no=26&index=51)The Art Institute of Chicago, 2014.5.5


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