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東山魁夷《道》──未完に見る希望「菊屋吉生」

影山幸一

2014年07月15日号

【道の見方】

(1)タイトル

道(英名:Road)。

(2)サイズ

縦134.4×横102.2cm。日展(第6回日展)出品作としては小画面であるが、表現の密度が薄れないように大き過ぎないサイズを心がけたようだ。

(3)モチーフ

奥へ向かって消えて行く一本の道。

(4)構図

縦長の画面中央に一本の直線道を配置した簡潔、明瞭な構図。緩やかな登り坂として描かれた道は、頂点で右に曲がりながら画面から消えて行き、東山の未来へ向かう意志を感じさせる。

(5)画材

絹本彩色・額装。絵を間近で見るとゴツゴツと起伏があり油絵風であり、マチエールに工夫がなされたことが伝わってくる。調度品として取扱われもした日本画を、明治の頃から美術作品として鑑賞するという意識の変化が広まり、日本画は額装が主流となった。

(6)色

ピンクグレー、青緑、青みのあるグレー。三つの色面の分量の対比に配慮がある。画面全体が白っぽいのは、戦前から「青白いファンタジー」「日本画の白化現象」などと指摘された東山も参加した大日美術院の特徴で、胡粉をたっぷりと下塗りとして用いた結果である。

(7)技法

下地に白い胡粉を塗り、その上に絵具を一筆一筆、筆跡を残さないように丹念に塗り重ねている。心を自然に託して、その自然の現象からまた自分の心が受けとめた感覚を描いた。感覚を定着させるプロセスでは、草むらや土の色などを研究、またサイズや構図を決定するまでに2枚の下図と、5枚のスケッチが描かれ検討された。

(8)落款

画面左下に「魁夷」の署名と朱文方印「魁夷」の印章。

(9)制作年

1950(昭和25)年。1945年太平洋戦争敗戦の後、日本人の価値観が大幅に逆転した時代。風景画家として決意して歩み出した東山42歳の作品。

(10)鑑賞のポイント

何のてらいも新奇さもない、静かで平明な道。夏の早朝の草原の中の野道。敗戦による絶望と希望が織り交ぜられた東山の心の道。戦前の1940年、青森県八戸市の種差(たねさし)海岸に放牧される馬を求めてスケッチをしていた東山は、戦後そのスケッチを見ているとき、ひとすじの道が浮かんできた。「道だけの構図で描けるものだろうかと不安であった」(東山魁夷『東山魁夷画文集 私の風景』p.76)が、1950年改めて種差海岸を訪れた。風景が変わったことに驚きながらも、一本の道に焦点を定め、現実の道ではない象徴の道を描いた。「遍歴の果てでもあり、新しく始まる道でもあった。未来への憧憬の道、また過去への郷愁を誘う道にもなった」(同 p.77)。夏草は力強く群生し、道には小石や土くれが集まり、穴ぼこやわだちとも思える凹みもある。最も苦心したのは、道の向こうにある丘の扱いと、空の配分であったようだ。前途に絶望し、懊悩の日々を送りながらも、希望を見出そうとした東山の姿勢が表われた清澄な世界。

マチエールの模索

 菊屋氏は「何もない景色に道だけがまっすぐ続いている。制作された時期と合わせて見ると感慨深い。その時代を知らないからノスタルジックにも語れるのかもしれないが、当時の鑑賞者にとっては、敗戦後の何もないときに、生きる意欲となる希望を抱かせてくれた作品だったのではないだろうか。シンプルだけれども、実にストレートな作品だ。しかも当時として構図・構成、あるいは絵づくりの面においても、きわめて新しい絵でもあった。戦前は造形に傾いていて、マチエール表出の深化にはまだ至っていない。戦後《道》によって東山は自分の情感を込めるようになるが、この色合いにはマチエールによってそれを実現するのだ、という強い意識がうかがえる。そういう意識が強い時代で、本当に苦悩しながらマチエールを試行錯誤していることがわかる。一見して絹に描いているかどうかわからないというところが、戦後日本画の特色でもあると言える。素地の絹本がわからなくなるほど絵具を厚く塗っている。戦前の大日美術院の画家たちが自然の形象を造形的に描いていくという傾向が強かったのに対して、東山はその造形面とともに、特に色彩にこだわるようになった。つまりこの絵の細部に見られる色彩と絵肌に対する東山の葛藤が実に面白い。しかしこの作品では、きっともっと描き込みたい思いにかられながら、あえて筆を擱(お)いたように思えてならない。だからこの《道》はあえて完成されていないようにも思える。またこの未完のぽっかり抜けたような空虚な感覚がまた面白い」と語った。

戦後日本画のあり方

 自然の風景を描き、人間の心の内面を表現しようとした東山の作品は、「人間を寄せつけない峻厳な感覚と、人間を優しく包み込むような温和な感覚、この二面性の追求と調和の上に成り立っている」と菊屋氏。東山の画面は隅々まで細やかな神経が行き届き、声高に自己主張することなく、また難解な表現でもないが、鑑賞者を安心して作品の前へ誘う。なかでも《道》は、東山の集中した精神力と時代の様相を深く内包した東山芸術を象徴する作品である。
 戦後に“日本画滅亡論”が叫ばれ、模索する時代を経た現在、改めて日本画とは何なのだろうか。「日本画を定義する必要も、日本画というものに固執する必要もまったくないと思う。ただ、やはり材料と画家の性分というか、それらがしっくりと合っているかどうかということはある。油絵はベタベタしているのに対して、日本画は水なのでサラサラ描ける。明治から現代まで日本画の明確な定義はなされておらず、実はそうした曖昧模糊とした状況のなかからこそ、本当に面白い作品というものは生まれてくるのだと思う。日本画という概念がより一層漠然としたものとなることを期待したい」と、菊屋氏は言った。
 戦前は東京美術学校の特待生として期待されながらも、家族の死や自身の兵役など、戦争の影響を受けて実力を発揮することができなかった東山だったが、戦後は発表する作品がどれも話題となり「国民的日本画家」と言われるようになる。しかし一方で、こうした穏やかな静けさと和やかな心のやすらぎと慰めを与えてくれる東山の作品には対抗、忌避する者もいた。東山に対するこの称賛と反発の意識のされ方自体が、戦後日本画のあり方を象徴する代表格であることの証左である、と菊屋氏は述べている。

菊屋吉生(きくや・よしお)

山口大学教育学部教授。財団法人菊屋家住宅保存会理事長。1954年山口県萩市生まれ。旧姓勝津(かつ)。1978年立命館大学文学部史学科卒業。同年山口県教育委員会文化課美術館建設準備室勤務学芸員、1979年10月に開館した山口県立美術館学芸員を経て、1997年山口大学教育学部助教授、2006年より現職。専門:日本近世近代絵画史。所属学会:美術史学会、九州芸術学会、明治美術学会、日本マンガ学会、山口県地方史学会。主な展覧会企画:「円山派と森寛斎─応挙から寛斎へ」(1982)、「松林桂月─その墨と色彩の妙」(1983)、「戦後日本画の一断面─模索と葛藤」(1986)、「日本画 昭和の熱き鼓動」(1988)、「ニュー・ジャパニーズスタイル・ペインティング─日本画材の可能性─山口の現代美術V」(1988)、「大正日本画─その闇ときらめき」(1993)、「明治日本画の新情景─ひと・まち・しぜん」(1996)など。主な共著書:『昭和の美術』全6巻(毎日新聞社, 1990〜91)、『日本美術館』(小学館, 1997)、『大正期新興美術資料集成』(国書刊行会, 2006)、『別冊太陽 東山魁夷 日本人が最も愛した画家』監修(平凡社, 2008)など。

東山魁夷(ひがしやま・かいい)

日本画家。1908〜1999年(明治41〜平成11)。船具商の父東山浩介と母くにの次男として神奈川県横浜市に生まれた。本名は新吉。1931年東京美術学校(現・東京藝術大学)日本画科卒業。その後研究科へ進み、結城素明に師事。1933年ベルリン大学へ留学し、西洋美術史を学びながら、各国の名画を見て歩く。1940年日本画家川崎小虎(しょうこ, 1886-1977)の長女・すみと結婚。父(1942)母(1945)、兄(1929)弟(1946)と家族を次々と亡くし、1945年に応召、敗戦の失意の中、1947年の《残照》が日展の特選となり、政府買い上げ。これを契機に風景画家として歩み始める。1951年第1回サンパウロ・ビエンナーレに《青い家》を出品。以降、北欧やヨーロッパ、中国への取材旅行を重ね、日展を中心に作品を発表。杉山寧、高山辰雄との三人は日展三山といわれた。1960年東宮御所大広間壁画に《日月四季図》、1968年には皇居新宮殿壁画に《朝明けの潮》を描く。今上天皇即位に際して《悠紀地方屏風絵》を謹作。日本芸術院会員、日展顧問。主な受賞:第12回日本芸術院賞(1956)、第10回毎日芸術大賞(1969)、文化勲章受章・文化功労者(1969)、ドイツ連邦共和国功労大十字勲章受章(1976)、西ドイツ・バイエルン州功労勲章受章(1989)、ユネスコ・ピカソ金メダル(1992)、第1回信毎賞(1994)、従三位勲一等瑞宝章(1999)。展覧会、著書多数。代表作:《焼嶽(やけだけ)初冬》《残照》《道》《たにま》《光昏(こうこん)》《年暮る》《唐招提寺御影堂障壁画》など。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:道。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:東山魁夷, 1950年, 絹本彩色・額装, 134.4×102.2cm, 東京国立近代美術館蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:東京国立近代美術館, (株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 39.1MB(1,000dpi, 8bit)。資源識別子:東山魁夷, NMT000042.JPG, 1,000dpi, RGB/8bit, 57.2MB(カラーガイド・グレースケール付, カラーポジフィルムKodak656, 撮影:大谷一郎)。情報源:東京国立近代美術館, (株)DNPアートコミュニケーションズ。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:東山魁夷遺族, 東京国立近代美術館, (株)DNPアートコミュニケーションズ






【画像製作レポート】

 《道》は、東京国立近代美術館が所蔵。2014年4月より国立美術館4館(東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、国立西洋美術館、国立国際美術館)の所蔵作品画像データ貸出しサービスを開始したDNPアートコミュニケーションズに「画像貸出申込書」を郵送し、著作権処理と画像手配を依頼。数日後DNPの返信メールに記載されたURLから作品画像をダウンロード。JPEG 57.2MB(カラーガイド・グレースケール付)のファイルを入手。掲載期間は1年。
 iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、画像の色調整作業に入る。図録などの印刷物を参照しながら、目視により色を調整、0.8度反時計回りに回転し、額縁に沿って切り抜く。Photoshop形式:39.1MB(1,000dpi, 8bit, RGB)に保存。セキュリティーを考慮し、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
 作品の画像がデジタル画像である場合、撮影日の新しいデジタルカメラでの撮影画像を期待するが、現状はカラーポジフィルムをスキャニングしたデジタル画像が多い。古いカラーポジフィルムは退色していることが多いため、デジタル処理で色を補うことになる。カラー調整をせずに原稿のまま利用したいが、多くはカラー調整が必要。調整する行為がどこまで許されるのか、創作にならないよう注意して本物に近づく意識で調整している。



参考文献

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日本経済新聞社 編『私の履歴書 第二十五集』(東山魁夷), 1965.10.30, 日本経済新聞社
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東山魁夷・河北倫明「対談・日本の自然」『三彩』No.268, pp.13-25, 1971.1.1, 三彩社
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東山魁夷「私の歩いた道」『三彩』(増刊号 東山魁夷の歩いた道)No.283, pp.37-120, 1972.1.15, 三彩社
座右宝刊行会・後藤茂樹 編『現代日本の美術(現代日本美術全集・2期) 第5巻 東山魁夷』1974.10.25, 集英社
東山魁夷『日本の美を求めて』1976.12.10, 講談社
立原正秋・本間正義・高階秀爾『日本の名画25 東山魁夷』(井上靖・河北倫明・高階秀爾:編)1977.6.25, 中央公論社
東山魁夷・木内宏「〈にんげん訪問〉東山魁夷氏 風景には人間の香りが満ちている 中国で個展を開く国民的画家の美と遍歴」『風景との対話 東山魁夷画文集3』pp.96-102, 1978.5.26, 朝日新聞社
東山魁夷『風景との対話 東山魁夷画文集3』1978.12.20, 新潮社
東山魁夷『東山魁夷全集 第1巻 風景巡礼I』1979.3.20, 講談社
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東山魁夷『自然のなかの喜び・夏』1982.5.30, 講談社
東山魁夷・日野啓三「[作家と語る]東山魁夷とその作品」『季刊みづゑ』No.924, pp.88-105, 1982.9.25, 美術出版社
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菊屋吉生「感性の眼から理性の頭脳へ──昭和前期の新しい日本画」『日本美術全集 第23巻 モダニズムと伝統 近代の美術III』pp.174-180, 1993.2.15, 講談社
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ビジョン企画出版社 編『別冊アートビジョン 東山魁夷をたずねて』(東山魁夷特集号, 第23巻1号), 1995.8.1, ビジョン企画出版社
東山魁夷『東山魁夷 自然のなかの喜び「描くこと」は、「祈ること」』(講談社カルチャーブックス100)1995.10.6, 講談社
東山魁夷『東山魁夷自選画文集1 旅への誘い』1996.3.31, 集英社
東山魁夷『美と遍歴』1997.10.31, 芸術新聞社
菊屋吉生「日本画の戦後世界」『日本美術館』pp.1098-1099, 1997.11.20, 小学館
東山魁夷『僕の留学時代』1998.11.16, 日本経済新聞社
東山魁夷『東山魁夷画文集 私の風景』1999.12.1, 求龍堂
佐々木徹『東山魁夷ものがたり』2002.6.20, ビジョン企画出版社
菊屋吉生「書評 『「日本画」の転位』北澤憲昭 著」『美術フォーラム21』第9号, pp.116-118, 2004.1.15, 醍醐書房
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図録『東山魁夷展。ひとすじの道』2004, 日本経済新聞社
Webサイト:「東山魁夷「道」」『KIRIN ART GALLERY 美の巨人たち』2005.7.16(http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/data/050716/)テレビ東京, 2014.7.7
東山魁夷著・寄川条路訳「ふたつの世界の間に生きて」『愛知大学国際問題研究所紀要』pp.442-426, 2005.10.31, 愛知大学国際問題研究所
菊屋吉生「[特集①]揺らぐ近代 日本画と洋画のはざまに 〔日本画と洋画のはざまに──そのゲリラ的要素〕」『現代の眼』No.560, pp.4-5, 2006.10.1, 東京国立近代美術館
図録『市川市東山魁夷記念館 開館一周年記念展 東山魁夷《道》への道』2006.11.8, 市川市
鶴見香織「[展覧会予告]生誕100年 東山魁夷展」『現代の眼』No.568, p.16, 2008.2.1, 東京国立近代美術館
菊屋吉生:監修『別冊太陽』(日本のこころ151, 日本人が最も愛した画家 東山魁夷)2008.2 21, 平凡社
東山魁夷『東山魁夷 Art Album 第一巻 美しい日本への旅』東山すみ 監修, 2008.3.14, 講談社
尾﨑正明 監修・鶴見香織 著『アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい 東山魁夷 生涯と作品』2008.3.20, 東京美術
東山すみ『東山魁夷を語る 東山すみ対談集』2008.3.29, 美術年鑑社
尾﨑正明・鶴見香織「第2章 生誕100年展へようこそ! 出発点としての《道》」『芸術新潮』No.701, pp.72-73, 2008.5.1, 新潮社
図録『生誕100年 東山魁夷展』2008, 日本経済新聞社
金子伸二「美術全集と東山魁夷──編集の作為を読み解く」『教養としての編集』pp.85-105, 2009.4.1, 武蔵野美術大学出版局
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Webサイト:「《道》を出品。」『市川市東山魁夷記念館』2010.5.9(http://www.city.ichikawa.lg.jp/higashiyama/024.html)市川市東山魁夷記念館, 2014.7.7
横山勝彦「東山魁夷──人間の心の象徴としての風景を求めて」『教養としての編集』pp.9-19, 2012, 日本経済新聞社
工藤美也子『教科書に出てくる 日本の画家 ②日本画家〜横山大観、東山魁夷、上村松園ほか〜』糸井邦夫:監修, 2013.2, 汐文社
Webサイト:菊屋吉生『菊屋研究室』(http://web.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~kikuya/index2.html)山口大学, 2014.7.7
Webサイト:「東山魁夷について」『長野県信濃美術館 東山魁夷館』
http://www.npsam.com/about/about_kaii.php)長野県信濃美術館 東山魁夷館, 2014.7.7
Webサイト:「インサイド・ストーリー#001 PEOPLE1 NOMATガイドスタッフ 林美佐子さん STEP2 ザラザラの秘密」『1952-2012 60th Anniversary』(http://www.momat.go.jp/momat60/inside/post-01.html)東京国立近代美術館, 2014.7.7
Webサイト:「東山魁夷《道》」『独立行政法人国立美術館』(http://search.artmuseums.go.jp/records.php?sakuhin=2518)独立行政法人国立美術館, 2014.7.7


主な日本の画家年表
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2014年7月

  • 東山魁夷《道》──未完に見る希望「菊屋吉生」

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