アート・アーカイブ探求
宮本武蔵《枯木鳴鵙図》“生と死”逆転の命──「河田昌之」
影山幸一
2014年08月15日号
対象美術館
剣豪の水墨画
細い枯れ枝の先端に一羽の野鳥が止まっている水墨画がある。小さいながらも鋭いカギ状の嘴(くちばし)をもち、捕食を狙う集中した視線が張り詰めた気魄を感じさせる。権力を誇示するような鷲や鷹などの大きな猛禽ではなく、鵙(もず)、そして枝振りの立派な松ではなく枯れ木。しかし、余白の広い画面にわびしさはなく、緊張感の漂う小宇宙が掛軸となっている。作者は絵師ではない。二刀流の剣客で武道書『五輪書(ごりんのしょ)』を記したあの宮本武蔵である。
武士の余技では納まらない、剣の達人の研ぎ澄まされた水墨画が《枯木鳴鵙図》(こぼくめいげきず)(和泉市久保惣記念美術館蔵)なのだ。「一芸に秀でる者は多芸に通ず」と言われるが、武蔵にとって水墨画はどのような意味があったのか。安土桃山時代から江戸初期に実在した剣豪武蔵の代表作。この重要文化財となる作品を現代に残しながらも、美術史では論じられることが少ない武蔵を探求してみたい。
《枯木鳴鵙図》を所蔵する和泉市久保惣(くぼそう)記念美術館の館長であり、大学教授でもある河田昌之氏(以下、河田氏)に絵の見方を伺いたいと思った。河田氏は、日本近世絵画史の研究者であり、「宮本武蔵の画業──近世絵画史における意義をたずねて」や「重要文化財 宮本武蔵筆『枯木鳴鵙図』」などの論文を執筆している。大阪の新名所である日本一高いビル「あべのハルカス」を見上げながら、大阪府和泉市の閑静な美術館へ向かった。