アート・アーカイブ探求

林 十江《鰻図》本質をとらえた“うぶな筆”──「藤 和博」

影山幸一

2014年12月15日号


林 十江《鰻図》江戸時代・19世紀前半, 紙本墨画, 一幅, 126.6×40.0cm, 東京国立博物館蔵
Image:TNM Image Archives
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線の生命力

 線が生きているとはこういうことなのか。しゅるしゅるとした縦長の細い2本の線が、生命力を宿して水の中で戯れているようだ。「いい線だね」と批評する間もなく、たちまち絵に描かれた線は鰻になり、余白は水となった。ぬるぬるとした鰻の質感までが伝わってくる。一気呵成になぐり描きしたような勢いだが、二匹の鰻の濃淡の差や重なり具合は、事前の十分な構想とそれに伴った表現技術、何よりも観察眼がなければできない描写であろう。
 見事な筆致で線を活かした画家の名は、林十江(じっこう)という。茨城県立歴史館で「特別展 近世水戸の画人 奇才・十江と粋人・遷喬(せんきょう)」(2014.10.11〜11.24)を開催していたのでご存知の方もいるだろう。
 私は最近になって十江を知った。それは絶滅危惧種にニホンウナギが指定され、楽しみにしていた土用の丑の日の鰻の蒲焼が日々遠のいていくというニュースを聞いた頃だった。のびのびと一対で泳ぐ貴重な鰻の墨絵と出会ったのだ。
 大胆かつ鋭利で繊細な、どこか描く対象物にこだわるところがオタク的な十江の絵。どのような画家なのか。なぜ鰻なのか。その高い画技を端的に表わした十江の代表作《鰻図》(東京国立博物館蔵)を探求してみたいと思う。
 十江の出身地である茨城県水戸市で、先の展覧会を企画した茨城県立歴史館の首席研究員、藤和博氏(以下、藤氏)に《鰻図》の見方を伺いたいと思った。1998年の「特別展 水戸の南画──林十江・立原杏所(たちはらきょうしょ)とその周辺」以来の十江展開催の理由など、地元だからわかる十江像を求めて水戸へ向かった。


藤 和博氏

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