アート・アーカイブ探求
高橋由一《鮭》──吊るされた近代「北澤憲昭」
影山幸一
2009年09月15日号
油絵画家の誕生
由一は、下野国(栃木県)佐野藩の武士として江戸に生まれた。幼くして画才を認められ、狩野派に学んでいる。由一が20代の頃、西洋製の石版画を目にし、その迫真性に驚いた。洋書調所に入った30代、川上冬崖に師事するも飽き足らず、由一は横浜にいた『イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ』の特派員でイギリス人挿絵画家・チャールズ・ワーグマンを訪ね指導を受ける。明治維新後の1873(明治6)年画塾「天絵楼」(てんかいろう、のち天絵社)を日本橋浜町に開くのが40代。毎月第一日曜日に門弟たちと無料の月例展覧会を開き、来場者が200人を超える日もあった。政府は1876(明治9)年に、官立の日本最初の美術教育機関である工部美術学校を創設する。イタリア人画家・アントニオ・フォンタネージが指導教官となり、50歳に近い由一はそこをたびたび訪ねている。その頃《鮭》ができる。
由一の当時の奮闘ぶりを北澤氏は「西洋画を扱う画廊の経営を後押しし、西洋の画材の国産化を目指して絵具商や門弟に製法を教え、門人を図画教育界へ送り込む算段をつけ、西洋画の工芸への応用を試み、啓蒙的な画論誌である『臥遊席珍(がゆうせきちん)』を刊行し、螺旋状の油絵アートセンター「螺旋展画閣」を構想するなど、ありとあらゆる企てをもって由一は西洋画の社会化を進めていかねばならなかった。1874(明治7)年に由一は、東京府を通じて宮内省に天皇肖像画の模写を願い出、1879(明治9)年には元老院から天皇像の制作を命ぜられている。宮内省への働きかけも油絵の勢力伸張を意図してのことであったに違いない」。ここまでくると画家というよりも、近代国家の建設と歩みを共にする起業家のイメージと重なる。さらに由一は香川県の金刀比羅宮に作品を数多く奉納して、天絵社の拡張資金を仰いでいる。北澤氏は由一を資本主義画家のさきがけと呼ぶ。
【鮭の見方】
(1)モチーフ
新巻鮭。お歳暮の贈答品に新巻鮭を用いる慣習があるが、本物ではなく、本物と同じように描いた静物画の新巻を贈るという趣向が働いたのではないだろうか。
(2)構図
縦長の画面一杯に頭を上にした鮭一尾が堂々と描かれている。奇妙な形態だが、江戸時代以前からの流れを汲んだ掛け軸の名残とも考えられる構図である。
(3)サイズ
新巻の実寸大に合わせた縦長の140.0×46.5cm。
(4)画材
洋紙と油絵具。紙に油絵具というのは、当時美濃紙に礬砂(どうさ)を厚く引き、その上に油絵具で描いていた蕃書調所(ばんしょしらべしょ)の影響を受けたものと思われる。
(5)技法
下地処理なく直接紙に絵具で描き込まれている。写真を見てではなく、実物の鮭を見て描いたのだろう。光が右側から入り、鮭の左側に影を作っているが、空間は浅い。切り身部分は半透明の油絵具が効果的に用いられているが、縄や鮭の頭、皮は乾いている感じ。特に皮の鱗の部分はスクラッチしておりリアルな絵肌。スクラッチ技法で描かれた鮭はこれだけである。この絵は高橋由一にしては上手すぎると指摘する研究家がいる。鱗を描くのは難しく、スクラッチ技法を用いていたフォンタネージの手が入っている可能性もある。
(6)制作年
1877(明治10)年頃。
(7)色彩
切り身の朱色が鮮やか。X線画像を見ると切り身部分は初めもっと狭く描かれていたが、計画変更して広く奥行きを作り出したようだ。これは朱の部分の面積を増やすためとも思われるが、それ以上に空間を作り出すことに貢献している。
(8)季節
冬。新巻鮭はお歳暮の贈答品。
(9)サイン
サインなし。制作年の記載もない。由一作品にサインは数少なく、この《鮭》も由一と断定できない。油絵を本物のように描こうとしていた由一にとって、サインはその価値を減殺するもの。個性をなくして、客観性を追求していった由一には主観を表明するサインは必要なかったととらえることができる。油絵が持つ写実性の高さを広く一般の人たちにも訴求するため、質感を伴ったリアルを完成するだけでなく、和と洋の技術を融合させたサイエンス、工芸品的絵画を生産させる意図があったとも思われる。
(10)表現内容
透明な空間を描く意識があったのではないか。切り身に出来た空間が“無”という空間を表わしている。また写真的な細密描写ではなく、筆さばきにより対象の質感に同調させている。由一のリアルさは絵画全体に関わるものであり、それを根本で支えているのは、墨画の筆法を想わせる身体性の強い筆さばきだと思う。リアルな鮭といっても、成熟した鮭に見られる皮膚に現われる赤紫色の縞模様は認められず、断面の筋肉の束も曖昧だ。左側の背景にある陰影や下に向かって右に曲がる尾の動きは絶妙である。
(11)重要文化財
現在《鮭》は重要文化財である。明治期の作品でもあり、そろそろ国宝になってくるだろう。明治時代の絵として《鮭》はいい絵である。色合い、伸びやかな筆使い、微妙な影で作り出す空間感、尾が少し右側に振れている動勢など実にみごとな写実絵画だ。