アート・アーカイブ探求

中村一美《連差─破房XI(斜傾精神)》──伝統的な感覚の現代的な出現「小泉晋弥」

影山幸一

2010年05月15日号

第3極としての「もの」

 20世紀はモダニズムの時代であり、20世紀後半はポストモダニズムといわれている。しかしもう一回振り返ってみると、まだ終わっていないという感覚の方が強いと小泉氏は言う。人類学者のブルーノ・ラトゥールは、モダニズムは始まってもいなかったと、著書『虚構の「近代」──科学人類学は警告する』に書いているそうだ。近代とは一種の幻想であって、誰が近代人だったのか、本当に20世紀は近代化したのか、近代がいいと言ってきたものを実は何もやってこなかったのではないかと。
 小泉氏は、絵画というのは近代であろうが、ルネサンスであろうが同じと考えている。物質的なものと人間の精神と言われるものが、切り離せない形でそこにある。近代が分断してきた「自然」と「社会」の中間に第3極として価値の両義性を持つ「もの」を配置し、「自然」「社会」「もの」を結ぶ三角形ネットワークを構想する。そのステージは、自然と社会に配慮した新しい公共の姿を表わす予感がする。「ポストモダンを標榜する人々は近代が終わったというが、芸術が終わったとは誰もいわない」と言った。

傑作の条件

 絵画の一番のポイントは、一瞬で全部見えることだと小泉氏は言う。そこにすべてあると言えてしまうのだが、一枚にすべてが描かれてはいない。作家は前に描いた作品、デッサン、別の作品、さまざまな自分のまわりを取り巻いている作品との関係によって、今描いている作品を出現させる。当たり前の話だが見る側もこれと同じことだ。中村は絵画は一種の時間の芸術だと思っているので、平面にすべてがあるとは言わないだろうと小泉氏。ただし一瞬で全部見えるというのが絵画の特徴なのだから、一瞬で見えるものの中には、ひとつ作品を成立させる要素をきちんと押さえる。あるいは作品を一回目に見た一瞬と二回目の一瞬では違うズレを出現させるなど、一枚の絵の中でも中村の言う“示差”や時間差が生まれる工夫をする。さらに他の作品を数枚見ていくともっと幅が広がって行く。そういう画面作りを中村はしていると小泉氏は述べた。
 傑作の条件は「見終わらないこと」だと西洋美術史家の若桑みどりが言っていたそうだ。「見終わらない」とは全部一辺に見れないこと。または見るたびに違う側面を出してくれること。つまらない絵は二度と見たくないが、変な絵は見てわからないから、もう一度見ようと思うと小泉氏。

クラウドコンピューティング

 《連差─破房XI(斜傾精神)》は、2002年にセゾン現代美術館が主催し、東京都現代美術館を会場として開催された『傾く小屋』展に出品されて以来、東京都現代美術館に寄託され、2007年に豊田市美術館が所蔵した。
 中村の絵画世界は、絵と言葉、絵の中の絵、あるいは絵と他の絵、または絵と鑑賞者の記憶にある絵のあいだに展開し、特に中村の発する言葉に先導されるところが大きい。作品を知的に理論化する中村に、作品の鑑賞者はそのコンテクストに追従するか、否定するか、無視するかが問われるが、中村にしてみればどれも正解であり、差異を喚起する機会が増えることが最重要なのだろう。
 小泉氏は中村作品全体の印象を、手触り、絵具の厚み、スケール感、重い絵と挙げ、作品を最初に見たときのまま現在も変わらずにいる。手触りというのは、一種の肉体性。それが喚起されるという感覚だそうだ。《連差─破房XI(斜傾精神)》を社会意味論的に言うと、《源氏物語絵巻》が9mの巨大な絵画になった。平安時代と21世紀の差ではなく、伝統的な感覚の現代的な出現であると言う。
 創造力を喚起させる装置としての差異を内包した《連差─破房XI(斜傾精神)》が、重さとサイズを失いクラウドコンピューティングにより、真の実在を軽やかに見せてくれるだろうか。


主な日本の画家年表
画像クリックで別ウィンドウが開き拡大表示します。



【画像製作レポート】

 中村一美の作品を取り扱う南天子画廊に《連差─破房XI(斜傾精神)》の写真借用の旨を伝えたところ、中村のメールアドレスを教えて頂いた。中村に企画意図をメール、早々にポジフィルム3枚とキャプションが郵送してもらった。作品は豊田市美術館所蔵だが、写真撮影はまだ行なっていなかった。
 フィルムのスキャニングはプロラボへ。300dpi・10MB・TIFF、3枚3, 150円。iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、目視により色を調整し、各画像を0.5度反時計回りに回転、3枚の画像をつなぎ合わせ、作品サイズに合わせて切り抜いた。画像データは24.3MB・Photoshop形式に保存。作家が所持するポジフィルムをデジタル加工したのは初めてだった。誰が、いつ、どこで作品を撮影したのか、デジタル画像の質を問うとき、その基準や計測、評価方法などを美的・機能的に整備する必要性を感じる。
 セキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]




小泉晋弥(こいずみ・しんや)

茨城大学教育学部教授・茨城大学五浦美術文化研究所副所長。1953年福島県小野町生れ。1976年東京藝術大学美術学部芸術学科卒業後、1978年同大学大学院美術研究科美術教育学修士課程修了。1984年いわき市立美術館学芸員、1990年郡山市教育委員会美術館建設準備室主査兼学芸員、1993年郡山市立美術館主任学芸員、1996年茨城大学教育学部助教授を経て、2000年より現職。専門分野:日本近現代美術史。所属学会:文化資源学会、美術史学会、美術教育学会。水戸芸術館評議員、文化ボランティア「ステキアート」代表。主な論文・著書:図録『油絵・日本展 写真、舞妓、季語のある風景』「油絵・日本展の開催趣旨について」p.116-p.117(郡山市立美術館, 1993)、『岡倉天心と五浦』「岡倉天心と平櫛田中」p. 239-p.253(中央公論美術出版, 1998)、『月刊美術』「日本の油絵の到達点」No.271, p.50-p.53( 実業之日本社, 1998)、「傷ついた美術史:美術の日本代表」『アートトップ』No.205, p.98-p.99(芸術新聞社, 2005)『いま天心を語る─東京藝術大学創立一二〇周年岡倉天心展記念シンポジウム』p.125-p.194(東京藝術大学出版会, 2010)など。

中村一美(なかむら・かずみ)

画家。女子美術大学教授。1956年千葉市生まれ。1981年東京藝術大学美術学部芸術学科卒業後、1984年東京藝術大学大学院美術研究科油画修了。バーネット・ニューマンに影響を受けた。水墨画や絵巻物などにも学び絵画の感情的表現や構造は理知的である。絵画の出発点となった「Y型」シリーズは、個人的な記憶や思想を原点とし、同じ基本構造を持ちながらも、その差異が想像を広げる制作方法を生み出した。南天子画廊、M画廊、セゾン現代美術館(1999)、いわき市立美術館(2002)などで個展開催のほか、世界各地のグループ展に参加。2007年タカシマヤ美術賞受賞。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:連差─破房XI(斜傾精神) 。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:中村一美, 2002年10月18日制作, 400.0×900.0cm(3枚組), キャンバス・アクリル。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:中村一美。日付:2010.5.10。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 24.3MB。資源識別子:4×5カラーポジフィルム3枚, 左(FUJIFILM RVP 58553 BL BHJA), 中( 同 58553 BL BHIH), 右( 同 58553 BL BHIC)。情報源:中村一美。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:中村一美, 豊田市美術館

参考文献

中村 麗「中村一美 変位する空間」図録『Art Today 1987』p.12-p.13, 1987, 高輪美術館
清水哲朗「現代作家論¡ 中村一美 漸近上の射手、差異の射程」『BT』p.94-p.101, 1989.3.1, 美術出版社
峯村敏明「断層からの出現」図録『絵画/日本──断層からの出現』1990, 東高現代美術館
難波英夫「中村一美──絵画という思想」『中村一美展カタログ』1991, 児玉画廊
谷川 渥「〔偉大な絵画〕のために」『中村一美 テンペスト(New Y+C opened)』1991, ザ・コンテンポラリー・アートギャラリー
本江邦夫「黒い横なぐりの風──中村一美の新作について」『kazumi nakamura 1993』1993, 南天子ギャラリーSOKO
図録『KAZUMI NAKAMURA』1994, 児玉画廊
南 雄介「解き放たれる絵画──《Reclining Buddha》から〈連差─破房〉へ」『Kazumi Nakamura 1995』1995, 南天子画廊
南 雄介「中村一美」図録『日本の現代美術 1985-1995』p.108, 1995, 東京都現代美術館
「ロング・インタヴュー 中村一美 ドライヴィング・ペインティング──移動する視点」『BT』p.102-p.117, 1995.7.1, 美術出版社
千葉成夫「周辺と地と──中村一美の新作」『KAZUMI NAKAMURA 1998』1998, 南天子画廊
江尻 潔「平面と深奥」『平面と深奥』1998, 足利市立美術館
小川 稔「中村一美の絵画をめぐって」図録『Art Today 1999 中村一美』p.6-p.13, 1999, セゾン現代美術館
難波英夫「明晰さに向かって」『明晰さに向かって マーク・ロスコ 辰野登恵子 中村一美』1999, セゾンアートプログラム
中村一美「採桑老について」『採桑老』1999, セゾンアートプログラム
末永照和・林 洋子・中村英樹・堀 元彰・早見 堯・近藤幸夫・嶋崎吉信『20世紀の美術』2000, 美術出版社
村上 哲「絵画についての覚書─フォーマリズムを超えて」図録『現代のイメージŚ 絵画の現在進行形』p.30, 2001, 熊本県立美術館分館
谷川 渥「イズムからアートへ」『武蔵野美術』No.120, p.44-p.49, 2001, 武蔵野美術大学出版部
小泉晋弥「中村一美の絵画」図録『中村一美展』p.64-p.70, 2002, いわき市立美術館
平野明彦「中村一美の作品について」図録『中村一美展』p.72-p.81, 2002, いわき市立美術館
Webサイト:梅津 元「中村一美の絵画について」2002(http://www.dnp.co.jp/artscape/view/recommend/0207/umezu/umezu.html)2010.5.5
図録『傾く小屋 美術家たちの証言 since 9.11』2002.11.12, セゾン現代美術館 セゾンアートプログラム
福永 信「東京都現代美術館、中村一美、高木正勝、小田マサノリ、ヨシダミノル」『群像』第58巻第3号, p.370-p.373, 2003.3.1, 講談社
平野明彦「差異の発現 中村一美の絵画について」『美術フォーラム21』第8号, p.159-p.161, 2003.6.27, 醍醐書房
藤田裕彦「試論──日本における〔絵画の現在〕」図録『絵画の現在 11人の作家による11の展覧会』2003, 新潟県立万代島美術館
水野 隆「現代の作家たち〈平面〉 因藤 壽、佐藤時啓、中村一美、村上 隆」『ぶぎんレポート』No.64, p.26-p.28, 2003, (株)ぶぎん地域経済研究所
平野明彦「絵画の力」図録『絵画の力──今日の絵画 近年の新収蔵作品を中心として』2005, いわき市立美術館
加藤義夫「蘇る不死鳥──中村一美の絵画」『中村一美 NAKAMURA KAZUMI』2006, Keumsan Gallery
Webサイト:「4月29日(土)「アーティストトーク 中村一美」(東京都現代美術館)」『道行 旅路のゆうきち』2006(http://www16.ocn.ne.jp/~kuriy/2006mar.htm)2010.5.5
Webサイト:『中村一美の「連差─破房XI(斜傾精神)2002年」について』2006(http://artnavi.web.fc2.com/nakamura.html)2010.5.5
中村一美『透過する光──中村一美著作選集』2007.4.25, 玲風書房
図録『20世紀の日本と西洋──マンズーから劉生までのコレクションの軌跡──』2008.4.12, ふくやま美術館
松本 透「アンビヴァレンスの絵画──中村一美の近作」『中村一美 2008 存在の鳥II』2008, 南天子画廊
ブルーノ・ラトゥール著, 川村久美子訳『虚構の「近代」──科学人類学は警告する』2008.8.5, 新評論

2010年5月

  • 中村一美《連差─破房XI(斜傾精神)》──伝統的な感覚の現代的な出現「小泉晋弥」