アート・アーカイブ探求

伊庭靖子《Untitled》──インティメートな空気感「是枝 開」

影山幸一

2010年12月15日号


伊庭靖子《Untitled》2009, キャンバス・油彩, 90×110cm, 神奈川県立近代美術館蔵
Copyright Yasuko IBA/Shigefumi KATO, Courtesy MA2 Gallery
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「ディアファネース」

 国立新美術館のアートライブラリーの書架から『半透明の美学』(岡田温司著, 岩波書店刊)という本を、偶然手に取った。これがアフォーダンスということなのか、そうされることを待っていたかのような慎ましやかな装丁のページを開くと、ギリシアの哲学者アリストテレスは『デ・アニマ』において、「透明なもの」と訳されている新しい概念「ディアファネース」を考えていた、と書いてあった。ちょっと難しそうだが興味が湧いてきた。ギリシア語でディアは「〜を通して、介して」を意味し、「あらわす、あらわれる」を意味する「ファイノー」との合成語という。アリストテレスにとって「ディアファネース」とは、光と見えるものとのあいだにあって、見えることを可能にしているもの、具体的には空気や水など、中間に介在するもの、媒体とも言い換えられている、と言う。この古代哲人の「ディアファネース」の概念に対し、著者である岡田は、「半透明なもの」に近いか、透明性のさまざまな度合のことが想定されているように思うと書いていた。光と色のあいだにあって、色を受け取り、伝えるもの。この「ディアファネース」という概念が伊庭靖子の《Untitled》(180×135cm, oil on canvas)を思い出させた。

個展にて

 太陽光が入る静かな展示室に、紺色のシャツの襟元が開いた大きな絵が心地良さそうにきらめいていた。1996年、個人宅を画廊として機能させていた、今はなきガレリアキマイラの風景である。一瞬作品の内と外とが溶け合った錯覚を感じたことを覚えている。現在MA2 Gallery(東京)で個展を開催している伊庭の作品を改めて見てみた。ゆっくりと確実に進展していたが、写真を見ながら描くフォト・リアリズム的手法や、クッションや陶器などセンスのよいモチーフに変わりはなく、質感表現の探究も変わらず一貫していた。
 昨年、神奈川県立近代美術館で伊庭靖子の個展が開催された。私の好きな伊庭ブルーともいえる美しい藍色の陶器の絵画《Untitled》は、個展後、美術館に所蔵された。伊庭の個展を担当した学芸員・是枝開氏(以下、是枝氏)にこの《Untitled》について見方を伺い、伊庭作品の魅力の根源を探ってみたい。快晴の穏やかな日曜、相模湾に面する神奈川県立近代美術館 葉山へ向かった。


是枝 開氏

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