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アート・アーカイブ探求

村上友晴《無題》──人間実存の黒「山田 諭」

影山幸一

2011年01月15日号

停電

 山田氏は「日本のシュールレアリスム」展ほか、赤瀬川原平や河原温、荒川修作などの展覧会を企画し、また日本と世界の平和な未来のために、憲法九条を守る活動をしている『九条の会』を支援する『「九条の会」アピールを広げる美術の会』(略称「九条美術の会」)の会員でもある。「憲法の精神こそが日本の戦後美術そして現代美術を根底で支えてきたと思います」とメッセージを発信している。
 1959年名古屋市に生まれた山田氏は、子どもの頃より奈良・京都を周るのが好きだったようだが、理系を目指していたと言う。結果的には名古屋大学文学部美学美術史を卒業し、1985年同大学大学院文学研究科美学美術史修士課程を修了、同年名古屋市美術館準備室に就職、以後美術館と共に25年間を過ごしてきた。
 1984年山田氏は東京都美術館で開催された「現代美術の動向III」展で初めて村上の作品に出会った。当時学生であった山田氏は、何を見ればいいのか、何を読みとればいいのか、わからないまま、作品の前から離れたと言う。ただ不思議なことに、黒い絵が展示してあった光景は鮮明な記憶として残っていたそうだ。
村上は、1961年東京藝術大学日本画科を卒業し、日本画家としてスタート。長谷川等伯の松林図屏風など水墨画に惹かれ、芸大では前田青邨に師事していたが、学校へはほとんど行かなかったというエピソードや、墨一色の作品を描き、教授に「停電を描いた」と言ったという話が伝わっている。村上は墨に魅せられていたのか、色に無関心であったのか、若いときから黒色にこだわっている様子がわかる。

祈りの行為

 村上は大学卒業後、徐々に日本画の顔料から油絵具へ移行し、10年間の苦悩の空白期を越えて、現代美術家として再出発している。1964年「グッゲンハイム国際賞展」に招待出品されて米国に行った村上は、ロスコ、ラインハートなど、アメリカ抽象表現主義の作品を前に巨大で堅牢、その奥深さにショックを受け、以降10年間新作を発表できなかった。この時に100号サイズの大きさが必要だと思ったのかもしれない。しかし、しばらくすると村上の心のなかに再び葛藤が生まれてくる。自分の作品がなんか汚く思えてきたという。
 山田氏は「黒の上に、黒の表現をしているから難しく、画面の上でも心のなかでもすごく格闘しているのでしょう。画家としての自己表現を捨て去ることができず、次第に嫌悪感を抱くようになったと思う。そして、制作を続けることができなくなったようだ」と。こうして村上は、キリスト教のことを何も知らないまま、北海道のトラピスト修道院へ行き、素晴らしい修道士と出会った。社会から隔絶したところで労働と祈りのなかに生きている人たちを見て惹かれていき、キリスト教に帰依するようになっていった。1979年カトリック教会の洗礼を受け、正式に信徒になった。
 そして「この時点から村上の表現は、自己表現を核心にした近代美術とは対極の存在になっていった。黒い絵が、絵画であるかどうかは問題ではなくなった。神への祈りとしての行為は、絵画を制作することではなくなった。行なっている行為は実際には同じでも、そこに込められた心が変わった。第16回サンパウロ・ビエンナーレ展にも出品されたこの《無題》は、村上の心の穏やかな静けさを漂わせている」と、山田氏は語った。
 また作品は、深夜から日の出まで制作し、その後教会へ朝のお祈りに行き、朝食後に再び制作に取り掛かり、昼食と昼寝をはさんで、夕べのお祈りまで続けて、就寝するという厳格な生活と祈りのなかで制作されてきたという。コンクリート打ち放しの質素な住居兼アトリエに立てられた祭壇化したイーゼルが、祈りの行為としての作品を象徴している。


村上友晴のアトリエ[撮影:佐々木悦弘]

【Untitledの見方】

(1)サイズ

F100号(縦162.0cm×横130.0cm)。

(2)画材

油彩、木炭、キャンバス。黒の深みとマットな感じを出すため、黒の油絵具に木炭の粉末を混ぜて使っている。

(3)色彩

黒。凝縮する黒ではなく、奥行きや広がりのある黒色。

(4)技法

キャンバス一面に黒の下塗りを施し、その上に黒の絵具を、ペインティングナイフで丹念に置いていく。細部を淡々と積み重ねることで、画面全体を組み立てている。

(5)タイトル

無題。

(6)制作年

1981年、1982年。1年間かけて完成した作品の上にもう一回、1年かけて制作。

(7)サイン

裏に年号と村上の署名が記入されている。

(8)鑑賞ポイント

自分の目でまず見ること。そして何かを発見できるように細部を見る。また実物の作品を自分と一対一で見ようとせず、隣に並んでいる作品と比較しながら見るといい。すべて同じ黒い絵と思うだろうが、比較することで違いがわかる。この作品は何かを表現しているのではなく、神に祈る行為を続けていることで出来上がった表現であり、絵具を2年間積み上げて表わされている。大事なことは、美術はすぐにはわからないということ。

  • 村上友晴《無題》──人間実存の黒「山田 諭」

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