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作者不明《日月山水図屏風》循環する宇宙のエネルギー──「髙岸 輝」

影山幸一

2011年03月15日号

曼荼羅と輪廻

 《日月山水図屏風》を所蔵する真言宗御室派(おむろは)大本山の金剛寺は、河内長野市の山中にあり、奈良時代(710-784)に行基が開創し、のち弘法大師が密教の修行をした霊場である。“女人高野・天野行宮(あまのあんぐう)"の名で知られ、建築物や寺宝には多くの国宝・重要文化財がある。《日月山水図屏風》は、頭に水を注ぐ灌頂(かんじょう)の儀式に用いる“山水屏風"という、仏具の一つであったとも伝えられている。
 屏風は、南北朝時代に六曲一双のスタイルが確立した。12面からなる形式が12カ月を連想させ、四季を表現するのに適している。畳めば持ち運べ、屏風の切りの具合を調整して立てれば、スペースを自由に作ることも、巨大なランドスケープを表現することもできる。また屏風に雲母を使うエモーショナルなところが室町時代の特徴だと髙岸氏は言う。箔足★6を消す「みがき付け」も室町時代の特徴で、枯れた渋い光の面が魅力である。
 大胆な装飾化と水墨画に新生面を開いた俵屋宗達の先駆をなすといわれている《日月山水図屏風》。美術史家の水尾比呂志氏は「この風景は那智勝浦の沖合から熊野三山を望んで描いたのではないか。」「すなわち《日月山水図屏風》は、熊野の本地垂迹(ほんじすいじゃく)★7を雄大な自然観で表現した曼荼羅なのではなかったろうか。」「中世性と近世性、宗教性と世俗性、霊性と装飾性の混淆した特異性こそが、《日月山水図屏風》の特質にほかならない」(『國華』1017号より抜粋)と述べている。また、《日月山水図屏風》を愛でていた随筆家・白洲正子は、私の一番好きな風景画であると言う。「宗教画が風景画へうつって行く、過渡期の作と見ることができる。過渡期というと、中途半端の代名詞みたいだが、過渡期ほど多くの可能性を包含し、期待にあふれた時期はない。制作年代は室町とも桃山ともいわれるが、室町こそそういう時代だと私は思っている」(『別冊太陽 白洲正子の世界』)。
 髙岸氏は《日月山水図屏風》を「特徴は人間と人工物が描かれていないこと。人跡未踏の原生林的な自然を指しているのか、あるいは神聖過ぎて人が至ることのできない浄土を指しているのか、その両方が重なっている感じで、季節を画然と分けつつも輪廻している。突然出てきたとしか説明のしようがない孤立した屏風作品である」と述べつつ、『まんが日本昔ばなし』に出てくるあの山の形でありながら、厳しい絵であり、幽玄で神秘的、得体のしれない畏れを感じる、と印象を語った。
2011年3月19日から東京・世田谷美術館で開催される『白洲正子 神と仏、自然への祈り 生誕100年特別展』に《日月山水図屏風》が出品(3/19〜4/10)される。《日月山水図屏風》の松や波と似た表現の国宝《彩絵檜扇(さいえひおうぎ)》(熊野速玉大社蔵)と比べながら見てみたい、と髙岸氏。大自然のエネルギーを描いた500年前の作品には、暴力的な津波の破壊力は感じられないが、不思議な力が満ちている。

★6──箔を押したときにできる隣り合った箔の重なり部分。
★7──日本の神は、仏・菩薩が衆生済度(しゅじょうさいど)のために仮の姿をとって現れること。


主な日本の画家年表
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髙岸 輝(たかぎし・あきら)

東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻准教授。1971年米国イリノイ州生まれ。1994年東京藝術大学美術学部芸術学科卒業、1996年同大学大学院美術研究科芸術学専攻修士課程修了、2000年同大学大学院美術研究科美術専攻博士後期課程修了, 博士(美術)。 2000年日本学術振興会特別研究員(PD)、2001年プリンストン大学美術考古学部客員研究員、2004年大和文華館学芸部部員、2005年東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授、2007年 より現職、2010年から国文学研究資料館客員准教授兼任。専門:日本美術史。所属学会:美術史学会。主な受賞:國華賞(1998)、第7回日本学術振興会賞(2011)。主な論文・著書:「当麻寺奥院所蔵『十界図屏風』の研究(上)(下)」『國華』No.1224・1225(國華社, 1997)、博士論文『初期土佐派を中心とする南北朝・室町前期やまと絵の研究』(東京藝術大学, 2000)、『室町王権と絵画──初期土佐派研究』(京都大学学術出版会, 2004)、「十五世紀絵画のパースペクティブ──土佐光信のリアリズム」『文学』Vol.9, No.3(岩波書店, 2008)、『室町絵巻の魔力──再生と創造の中世』(吉川弘文館, 2008)など。

作者不明

デジタル画像のメタデータ

タイトル:日月山水図屏風 。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:作者不明, 室町時代, 紙本著色, 六曲一双, 各147.0×313.5cm, 重要文化財。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者: 天野山金剛寺。日付:2011.3.7。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 右隻5.3MB・左隻5.5MB。資源識別子:4×5カラーポジフィルム2点共にKodak EPY 6423。情報源:天野山金剛寺。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:天野山金剛寺。



【画像製作レポート】

 作品画像を借用する依頼書を大阪の金剛寺へFaxとメールで送信。折り返し「写真掲載について」がFaxされてきた。写真掲載料35, 000円・貸出料8, 000円、合計43,000円を電話で確認。そして一週間ほどで4×5カラーポジフィルム2点(カラーガイド・グレースケール付き)が郵送されてきた。プロラボにて各350dpi, 10MBにデジタル化し、TIFFファイルに保存。2, 100円。
 iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、画像の色調整作業に入る。モニターに表示されたカラーガイドと作品の画像に写っているカラーガイド・グレースケールを参照しながら、目視により色を調整。歪みが出ていた左隻は0.1度反時計回りに画像を回転させた。右隻・左隻とも微妙に屏風の変形があった。作品鑑賞の影響を少なくするために、屏風の黒縁の内側に合わせて切り抜く。Photoshop形式:右隻5.3MB、左隻5.5MBに保存。モニター表示のカラーガイド(Kodak Color Separation Guide and Gray Scale Q-13)は事前にスキャニング(brother MyMiO MFC-620CLN, 8bit, 600dpi)。
 ポジフィルムをデジタル化するとき、作品を撮影した撮影日の記録が画像の質を見極めるために必要と思った。ポジフィルムに写っている作品の状態が悪いのか、ポジフィルム自体の経年変化なのか、画像の質の判断がしにくかった。ポジフィルムの場合はデュープであっても、撮影日をフィルム袋などに記載しておくと画像の品質管理に有効である。
 セキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]



参考文献

水尾比呂志『東洋の美学』1963.8.20, 美術出版社
水尾比呂志『SD選書57 日本美の意匠』1971.6.25, 鹿島研究所出版会
水尾比呂志「金剛寺の日月山水図屏風」『國華』1017号, p.9-p.20, 1978.11.1, 國華社
尾吹万里「金剛寺蔵日月山水図屏風をめぐって」『美術史学』1第6号, p.49-p.77, 1984.3.31, 東北大学文学部美学美術史研究室
水尾比呂志『美しさといふこと』1985.2.7, 用美社
宮島新一『日本の美術』No.247 土佐光信と土佐派の系譜, 1986.12.15, 至文堂
図録『「国華」創刊100年記念特別展 室町時代の屏風絵』1989, 朝日新聞社
皆見敦子「金剛寺蔵〔日月山水図屏風〕をめぐって」『人文論究』第40巻第1号, p.45-p.57, 1990.6.15, 関西学院大学人文学会
山下裕二「四季の表現」『日本美術館』p.506-p.507, 1997.11.20, 小学館
髙岸 輝『初期土佐派を中心とする南北朝・室町前期やまと絵の研究』課程博士請求論文, 1999.9.30提出, 東京藝術大学
『別冊太陽 白洲正子の世界──二十一世紀への橋掛かり』2000.9.25, 平凡社
『週刊 日本の美をめぐる 日月山水のやまと絵』No.43 室町3, 2003.3.4, 小学館
髙岸 輝『室町王権と絵画──初期土佐派研究』2004.2.19, 京都大学学術出版会
泉 万里『光をまとう中世絵画──やまと絵屏風の美』2007.11.10, 角川学芸出版
白洲信哉『かたじけなさに涙こぼるる 祈り 白洲正子が見た日本人の信心』2010.10.1, 世界文化社
Webサイト:「重要文化財 紙本金地著色 日月山水図 六曲屏風」(河内長野市史 第十巻 別編二, 1973)『河内長野市の歴史遺産ホームページ』(http://www.city.kawachinagano.lg.jp/static/kakuka/kyousha/history-hp/bunkazai/date-base/isan-date/nation/kaiga05.html)河内長野市教育委員会ふるさと文化課, 2011.3.11

2011年3月

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