デジタルアーカイブスタディ

「Google Art Project」世界とつながっているアート
──グーグル 村井説人

影山幸一

2012年05月15日号

Googleの 「Art Project」について

まず「Art Project」の発案者は誰でしょうか。

村井──イギリスのプロダクトマネージャーのアミット・スードです。Googleは20%プロジェクトという制度があります。自分の仕事を100%としたなら、そのうちの20%は自分の好きなことに使っていいという自由な時間が与えられています。これは、新しいアイデアを試したり、実現したりするために設けられているものです。自分が与えられているミッション以外に自分で好きなことを仕事として企画し、実現させることを考えるのがプロダクトマネージャーで、具体的に実現させていくのがエンジニアです。エンジニアも新しいことへチャレンジするというGoogleの文化を維持するために、20%プロジェクトがあります。アミッドは、プロダクトマネージャーの立場で、世の中にある美術作品を、Googleのクラウド技術を使って世界の多くの人々がアートに触れられるようにしたいと「Art Project」を考えました。まさにデジタルアーカイブです。
富永──アミッドは、インドに生まれ育ちました。美術館に行けなかったことや、大人になって世界の美術館を巡りながら学んだ体験をインターネットを利用して広く、国境や時間、言語に関係なく役立てたいと思ったそうです。まさに、Googleのミッションにそったプロジェクトだと言えます。
村井──Google社のプロダクトやサービスのつくられ方は、予算が下りてきて実行するものではなく、まずアイデアを社内でプレゼンテーションして、通れば予算が下り、その規模をどんどん大きくしていく。すべてのGoogleのサービスはそうやって成長してきています。Googleにおいてアイデアは竹の子のように生まれますが、セレクションがあり、世の中に出てくるのは一部です。そのうちのひとつが「Art Project」であり、われわれはバージョン・ワン(Version1, 通称V1)と呼んでいますが、2011年2月に17の美術館と連携し、第1弾として初めて公開しました。

初めて「Art Project」を公開したときの反響はいかがでしたか。

村井──この「インターネットを利用して、国境や時間、言語に関係なくアートに触れる」というメッセージが伝わって、さまざまなメディアや館長などからとても価値のある取り組みだとポジティブな言葉を頂きました。ネガティブなものはありませんでした。「Art Project」の特徴として、3つ挙げることができます。1つ目は “ミュージアムビュー”という名前で、ストリートビューの技術を使い、館内を歩いているような気分を味わえるように、展示室内のパノラマ画像を提供しています。館内をできる限りお見せし、多くの方にその場所へ来て頂きたい。鑑賞者のモチベーションを高めるためにミュージアムビューを提供しました。2つ目は、“ギガピクセル”超高解像度画像です。高解像度の画像製作はほかにも事例が多く、Google独自の技術だとは思っていません。今回、46の美術館から1作品ずつ、70億ピクセルの超高解像度で46作品を撮影していますが、作品を拡大縮小するときにはパソコンにもネットワークにも、サーバにも大きな負荷が掛かります。そのような環境でもGoogleのクラウド技術であれば、世界中の人たちが同時に高解像度の画像を見てもストレスなく鑑賞できる環境が提供できます。デジタルアーカイブをすることに意義がありますが、プラスGoogleのテクノロジーを使って多くの方々にいままでできなかったような体験をして頂きたい。3つ目は、国内のみならず世界中の多くの人たちに、一気にアート作品をお伝えすることができる場を提供する。「Art Project」はこの3つが価値あることとして立ち上がりました。

美術館の選択は、どのように決めているのですか。

村井──グローバルな観点からリージョンごとに何館か振り分けた後、ミュージアムビューができるとか、所蔵作品がどの程度あるか、作品のデジタル画像が一定の解像度で保管されているかなどを参考に、館へ声を掛けていきました。とはいえGoogleのプロジェクトは短期間で動くため、美術館・博物館にとっては普段と違う作業をお願いすることになり、負担を掛けていると思います。そのスピードのなかで、美術館サイドとしてもやるべきだ、感銘する、ぜひ加わっておいたほうがいいと、意思決定の早かった館が加わってくださっています。


ミュージアムビューと「Art Project」参加館の記念撮影(前列左から銭谷眞美東京国立博物館館長、鈴木寛参議院議員、徳生健太郎グーグル(株)製品開発本部長。後列左から足立隆則足立美術館館長、虫明優大原美術館副館長、小松弥生国立西洋美術館副館長、勝田哲司サントリー美術館支配人、島田紀夫ブリジストン美術館館長)

声を掛けてから回答を頂く期間はどれぐらいですか。

村井──館によってことなりますが、声をかけ始めてから1年以内で発表に至っています。

世界中の一流美術館の作品を収集できるのはGoogle社の力でしょうか。

村井──それはある程度正しくて、ある程度違います。「Art Project」はGoogleならではの取り組みです。それらは、例えばGoogleのクラウド技術や、地域に関係なく配信できることや、ミュージアムビューができることです。一方、美術館においては、まだインターネットを活用している人たちに十分にリーチできていないという問題意識があり、Googleと一緒にやろうというお考えの美術館もいらっしゃいます。しかし、この「Art Project」は“Google”の社名を外しているように、ブランドに依存したかたちでは発信していない。テクノロジーという面においてGoogleに依存し、Googleは世界中の人がアクセスできるプラットフォームを提供しますが、プラットフォームに何をのせるかは、それぞれの美術館が魅力的な作品を選定しています。Googleは、より作品を検索しやすく、品質よく、スムーズに見られるように、また、さまざまな言語でも楽しめる、そういったプラットフォームを提供することで、各美術館がそのプラットフォーム上で、より国際的に多くの方に見て頂く機会を創出したいと思っています。アート作品は、まさに人類の知であり、遺産です。その価値あるものをみなさんと共有していく。そこで知ってもらい、さらに将来デジタルアーカイブとしてつないでいく。その思いは、実はわれわれよりも、美術館の方々の方が強く、Googleのグローバルなプラットフォームを利用し、アーカイブして未来へもつなげていこうという、意思決定された理由だと思います。逆説的に言うと、これだけの世界中の美術館が参加しているのは、この「Art Project」が各館がやっていることに近く、さらにそこの力をより強力に促進していくひとつのツールだと理解して頂いた結果だと思います。

「Art Project」のスタッフは何名ですか。

村井──数えたことがありませんが、世界各国さまざまな人がチームとして動いています。ぐっと集まりさっと別れる速度が速いGoogleのプロジェクトの人数をどうカウントすればよいか難しいところです。みんな部分的に関与しており、専属のスタッフは数名です。

課題はありますか。

村井──たくさんあります。インターネットのサービスというのは、完成形というのがありません。本や雑誌だとある程度完成形のものを販売します。しかしGoogle並びにインターネットというのは、完成形がなく、さまざまな情報を進化させていくメディアになっている。ですからいまの「Art Project」のサイトがベストだと思っていないですし、このディレクションの仕方が正しいとも思っていない。ただし、いまできるベストは尽くしている。日々サイトが古くなっていくなかで、使い勝手はこちらがいい、こういう検索がいい、もっとサーバを強化した方がいい、もっとパートナーが増えた方がいいなど、さまざまなところで進化しようとしている。課題が見えること、またその課題を克服することで未来はもっといいものになっていく。逆に課題が見えないと終わってしまう。インターネットはそういうメディアだと思う。

現代の美術作品をデジタルアーカイブしていくという考えはありますか。

富永──美術館によっては現代の作品も含まれています。

「Art Project」は今後も続いていくのですか。

村井──先に進めるように動いています。Googleの技術やサービスを社会貢献に活用するなかで、なぜアートなのかという疑問があると思います。これはみんなの思いなのですが、アートがほかの何ものにも比べて老若男女、誰もが一歩入りやすい最も共通項のあるものでした。小学生でも年配の方も抵抗なく入っていける。そこで知ることによってさまざまな気付きがある。Googleはすべての情報にアクセスできるようにするためにつくられた会社でもあり、そういったところに投資をします。GoogleのプラットフォームにArtを乗せて自由にアクセスできるようにした、それが「Art Project」です。

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