デジタルアーカイブスタディ

「Google Art Project」世界とつながっているアート
──グーグル 村井説人

影山幸一

2012年05月15日号

日本における「Art Project」

日本の美術館をVersion1ではなく、Version2から始めたというのは理由があるのですか。

村井──V1とV2でできるものはミュージアムビューやギガピクセルであり、基本的には一緒です。大きな差があるのは、規模が大きくなり世界規模になったということです。V2で何が変わったかというと多様性です。西洋絵画のみならず、各国の美術館・博物館に収蔵されているさまざまなものが「Art Project」で一元的に見ることができるようになりました。われわれはこのV1とV2の違いをダイバーシティーと言っており、より多様性が大きくなってきていると認識しています。日本はその多様性のひとつとして選ばれました。

日本古来の禅や茶道、あるいは神社仏閣や城などの建築、これら無形・有形の文化財をアーカイブしていく視点は持っていますか。

村井──それはすでにやっています。「ストリートビュー・スペシャルコレクション」というところで世界遺産などをアーカイブしています。Googleはユネスコと提携していまして、ストリートビューの技術を使って世界中の世界遺産をすでにデジタルアーカイブし、発表しています。平泉の中尊寺もあります。“ストリートビュー”と“ギャラリー”を検索してもらうと、いままで撮りためてきた場所を見ることができます。Googleは「Art Project」以外でもデジタルアーカイブ化を進めています。
富永──そのほか、Googleはイスラエル美術館の「死海文書」やホロコーストの写真や手記の「ヤド・ヴァシェム」、ストリートビューを使った「東日本大震災アーカイブ」「未来へのキオク」など、デジタルアーカイブを実施しています。

「文化遺産オンライン」など、他のサイトや機関との連携は考えていますか。

村井──基本的に相互での連携はいまのところは考えていません。Googleが作製したものと、美術館側から作品の画像データを提供していただいたものがいま「Art Project」で見られるものです。こうしてわれわれがつくったプラットフォーム上の作品が、どこの国にあって、どこの美術館にあって、そこの美術館はどうなっているのか、最終的には美術館へ行ってもらうというのが思いです。そこをあまり複雑にしないでみなさんに使って頂きたい。デジタルの世界だけで閉じようとはしていません。

美術館からどのような手順でデータを頂くのですか。

村井──契約内容は公開できませんが、Googleと美術館が契約書を交わし、Googleがアップロード用のツールを美術館へ提供し、美術館が作品のデータをアップするという流れです。作品の選定も美術館が行ないます。70億ピクセルで撮影する作品についても、作品の選出は美術館が決め、撮影はGoogleが行なっています。Googleが提供するのは、プラットフォームとしてのクラウド技術、見せ方を含めたプロジェクトサイトの構築、アクセスできる仕掛けです。

作品の撮影について

日本の美術作品は西洋の作品とは異なった画材で制作されているものがあります。日本の絵画を70億ピクセルで撮影したときに注意した点は何でしょうか。

村井──現場にいなかったので聞いた話によりますと、発色です。作品がもつ発色。色というものをスチールカメラできちんと押さえるため、光のかけかたなどさまざまなところでプロのカメラマン何人かで相当気を使い撮影したと聞いています。Googleがスタッフを伴い美術館へ出向いて撮影したのは、このギガピクセル(70億ピクセル)★2とミュージアムビュー★3の2つです。

★2──狩野秀頼《観楓図屏風》(国宝, 東京国立博物館蔵)と横山大観《紅葉》(足立美術館蔵)が鑑賞できる。
★3──日本の美術館では東京国立博物館と足立美術館の展示風景が見られる。

どのようなカメラマンなのですか。

村井──長年美術品を撮影してきたプロフェッショナルです。特に日本絵画を専門としているわけではありませんが、ルネッサンス期の絵画作品などを撮影している人たちなのでマスターピースが発するものをきちんと伝えられるかというところは一線持っていると思います。ギガピクセルで撮影する作品に対しては尊敬しながら撮影しています。

ミュージアムビューの撮影にはカメラを何台搭載しているのですか。

富永──15台です。


ミュージアムビューのカメラ


ミュージアムビューに搭載のパソコン

カメラはどこかのメーカーのものを採用したのですか。

富永──すべてGoogleが開発しています。

解像度はどのくらいあるのですか。

富永──ミュージアムビューは75メガピクセルです。このミュージアムビューの撮影には「トロリー」という手押し車状の撮影機材を使っています。トロリーは、高さは2.6メートル、重さは60kgです。美術館のフロアは平坦なところが多く、手で押して歩くには負担のない重さです。
村井──意外と高さがあるので、上にカメラを置くと重さのバランスが悪く、下に重心を置いて安定感を図るようにしています。

ミュージアムビューで撮影している映像は、企画展ではなく、館が所蔵している作品を展示して撮影しているのですか。

村井──撮影可能な場所についても美術館の方に決めていただいています。Googleとして企画展を対象にしないと考えているわけではなく、権利処理を行なっていれば問題ないと思っています。

ミュージアムビューの撮影は何名でするのですか。

富永──360度撮影できるため、ひと筆書きの要領で1人で館内を回り撮影します(撮影風景)。

Webサイトについて

「Art Project」のWebサイトデザインはエレガントで洗練されていますが、社内でデザインするのですか。

村井──そうです。

どのようにWebデザインを製作していくのですか。

村井──「Google Art Project」は、単に絵画の写真をWebサイトに置いたものではなく、芸術鑑賞の体験そのものを最新のテクノロジーでリデザインしたものです。細かい筆致も再現できるほどの解像度で変換されたデジタル情報は、そのままでは大きすぎて普通のパソコンでは取り扱うのは困難です。自在に拡大縮小を行ないながら、好きな作品の好きな部分をごく自然な動作で鑑賞できるように、われわれが培ってきたユーザーインターフェイスの知見と最新のWebテクノロジーを駆使しています。同時に、世界中から集められたおびただしい数の芸術作品から見たい作品を選ぶ部分でもわれわれはアクセシビリティを考えています。コレクションからでも、作家名からでも、作品にたどり着くことができるのはもちろん、独自の視点で「キュレーション」されたユーザーギャラリーから鑑賞したり、関連する作品を次から次に巡っていくことも可能です。ユーザビリティ、アクセシビリティ、そして必ず新たな発見があること。このようなアプローチで、美術館や絵画が本質的に抱えていた物理的な制約から逃れてまったく新しい作品の見方、出会い方、楽しみ方を今後も発展していきたいです。

Webサイトで注意している点はありますか。

村井──いちばん注意しているのは、「Art Project」に限らずすべてのプロダクトがそうなのですが、世界を意識しています。世界中のユーザーにきちんと情報を伝えられるようにするプラットフォーム並びにWebデザインかどうか。この点はすごく注意しています。Googleはユーザーしか見ていないので、ユーザーにどういうふうに最適化できるか。それが各リージョンというよりも、世界中一律で皆さんに見て頂いて納得できるかどうかなのです。だから完成はありませんけれど。

「Art Project」のWebサイトにある作品画像の権利は、Googleと美術館両者で持っているのですか。

村井──残念ながら、契約に関わる内容となりますので、お答えできません。

データのセキュリティー対策はしているのでしょうか。

村井──一般的にインターネットでやっている基準とほぼ一緒です。

「Art Project」の使い方の提案はありますか。

村井──ぜひ教育に活用していただけるといいなと思っています。プロフェッショナルなキュレーターたちに見てもらうのもいいですが、世界中の子どもたちに向けて、まず教員の方や親御さんに知ってもらい、子どもたちと一緒に鑑賞して、そしていつか子どもたちが美術館へ行きたいと思ってもらえればいいなと思っています。

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