デジタルアーカイブスタディ

デジタルで未来へつなぐ歴史。シンポジウム「高精細デジタルアーカイブと文化遺産の未来」

影山幸一

2016年07月01日号

 2016年6月2日(木)に京都で行なわれた「シンポジウム 高精細デジタルアーカイブと文化遺産の未来」(主催:DNP大日本印刷、DNP京都太秦文化遺産ギャラリー)は、デジタルアーカイブのダイナミズムが独自性を発揮し、自立したような印象をもったシンポジウムだった。東京・五反田の「DNPミュージアムラボ」で9月4日まで開催中の「フランス国立図書館 体感する地球儀・天球儀展」(2016.6.3〜9.4)の関連企画である。
 フランス国立図書館(BnF:Bibliothèque nationale de France))からの依頼により、BnFが所蔵する世界三大コレクションとされる地球儀・天球儀の3Dデジタル化にBnFとDNP(大日本印刷株式会社)が共同で取り組み、その成果を活かした展覧会ではデジタルコンテンツと、実物の地球儀・天球儀をともに展示し、体感できる空間として新たな試みを行なっている。
 シンポジウムの会場がある京都市の中心に位置する烏丸御池は、少し風はあったが快晴だった。200名入るという会場は、明治を代表する重要文化財の洋風建築、旧日本銀行京都支店であったという。シンポジウムのテーマを反映させたような温故知新を実感する京都文化博物館別館のホールは、午後4時から7時まで満席であった。


京都文化博物館別館

京都発未来のルーティン・ワーク

挨拶
北島元治(大日本印刷株式会社 常務取締役)

 有形・無形の文化遺産の宝庫である京都において、未来を見据え、未来へ継承していく文化遺産とデジタルアーカイブが果たす役割と意義について考えたシンポジウム。DNPが主催する、京都では初となるデジタルアーカイブのシンポジウムである。主催者を代表して常務取締役の北島元治氏は、「BnFとDNPとの共同プロジェクトは、2015年7月にスタートし、地球儀・天球儀の3Dデジタル化とその公開、展示の実現に向けて進めてきた」と挨拶。唯一無二の文化遺産の保存と情報公開を同時に達成できる手法として、当初よりデジタルアーカイブは選ばれていたようだ。
 BnFは、14世紀にフランスの王立図書館として創設され、4,000万点の資料収蔵品を誇る世界で最も美しいと言われる図書館であり、BnFが運営する電子図書館「Gallica(ガリカ)」では300万点以上の所蔵品データが公開されている。また、DNPの文化活動としては、2006年に「DNPミュージアムラボ」が東京に開設され、2014年には京都のデジタルアーカイブの拠点となる「DNP京都太秦(うずまさ)文化遺産ギャラリー」が新設された。日本の文化財が多く残る京都から、日本で誕生したデジタルアーカイブという概念と技術が、未来の保存と活用に資するルーティン・ワークへと一歩を踏み出した。

2D画像から3Dデータ生成

報告 BnF×DNP 3Dデジタル化プロジェクトと「体感する地球儀・天球儀展」における公開の手法
高梨浩志(大日本印刷株式会社 出版メディア事業部グローバルソリューション開発部長)
舛本美和(株式会社DNPアートコミュニケーションズ ソリューション開発部長)

 地球儀・天球儀のデジタル化に関する報告が、講演に先立ち行なわれた。BnF、Gallica、欧州文化機関のポータルサイト「Europeana(ヨーロピアナ)」の概要とそれらの関係が説明され、その後プロジェクトで実施したデジタル化の具体的な方法が動画で映し出された。
 BnFの地図部門に200個以上ある世界有数の地球儀・天球儀のコレクションのなかから、55個がデジタル化の対象となった。11世紀〜19世紀にフランス、ドイツ、オランダ、イタリア、イギリス、アラブ諸国などで製作されたもので、17〜60cmと大きさもさまざま。なかにはヨーロッパ人が新大陸を発見した15世紀から17世紀前半の大航海時代の様子を手描きした作品や彫金による作品、17世紀オランダの黄金時代に製作された印刷による唯一つの作品など、どれも個性豊かな工芸的作品である。
 高梨氏は「科学資料であり、美術工芸品でもある地球儀・天球儀を、回転させながら撮影記録するDNP独自の3次元計測技術により、高精細3Dデータとして効率的に記録、蓄積、公開をしていった」と述べた。また舛本氏は「すべてが異なる個性的な地球儀・天球儀は、ひとつの地球儀で一冊の本と同じくらい情報量が多い。それらの製作的課題に対していかに高精細に、いかに形を明確にするかを検討し、従来型の3D計測器を用いることなく、2Dデジタル撮影による画像から、立体形状とテクスチャを生成する手法によって3Dを実現させた。この撮像による3Dデータ生成が大きな特徴。ひとつの地球儀に対し約600カットの分割撮影。1カット8,000万画素(8K相当)の高精細画像をつなぎ合わせて製作している。画像解像度は600dpi、形状データの解像度は、保存用が600万ポリゴン、公開用が10万ポリゴン。印刷技術で培ったCMS(Color Matching System)を適用して色再現性を高めており、修復時にも役立つ」と高精細3Dデジタルアーカイブ技術の特徴を語った。


地球儀・天球儀撮影の様子


DNPアートコミュニケーションズの舛本美和氏と大日本印刷の高梨浩志氏

フランスの遺産をできるだけ多くの人に

講演 BnFのデジタル化に向けた取組み
クレール・シュメル(BnF[フランス国立図書館(地図部門学芸員)])

 フランス国立図書館地図部門学芸員のクレール・シュメル氏は、1989年にミッテラン大統領が「まったく新しい種類の図書館設立」計画を発表し、1994年BnFは正式に新生図書館として発足し、1997年には35,000冊と1万本の映像を収蔵したオンライン・デジタル図書館「Gallica」がオープンした、と淡々と図書館の変革を語り始めたが、その声には揺るぎない力強さがあった。
 国立図書館のデジタル化の目的は「できるだけ多くの人にフランスの遺産を伝えること。国の遺産の保存・保護。平等なアクセスの保障。フランス語の普及を促進。他館とのネットワークを形成し、フランスの図書館のインフラを整備すること。『Europeana』などデジタルネットワークの構築への参加。利用者と他館パートナーに対して『Gallica』の情報の質・サービスの質を大事にすること」と明確であり、基本的にフランスの作品をデジタル化の対象とし、著作権の切れた作品、文化遺産としての価値がある作品、研究の対象になる作品、取り扱いが難しい作品についてはアウトソーシングしてデジタル化を行なっていると述べた。


フランス国立図書館地図部門学芸員のクレール・シュメル氏

京都の天球儀:調査と記録が大事

特別講演 京都における天球儀「縮象儀」とデジタルアーカイブ
岡田至弘(龍谷大学古典籍デジタルアーカイブ研究センター長)

 特別講演は、BnF所蔵の敦煌文書「ペリオコレクション」の科学的分析とデータ公開を通じてBnFと深い交流をもっているという、龍谷大学古典籍デジタルアーカイブ研究センター長の岡田至弘氏が「京都における天球儀『縮象儀(しゅくしょうぎ)』とデジタルアーカイブ」と題して行なった。龍谷大学大宮図書館が所蔵する日本版天球儀とも言うべき「縮象儀」(直径64.5cm、高さ64.5cm、1850年完成)について発表した。
 いまから160年前の江戸時代に、天台宗の僧円通(1754-1834)が考案した縮象儀を、弟子であった環中(かんちゅう、1790-1859)らは、「須弥山儀(しゅみせんぎ)」(直径66.5cm、高さ55cm、1850年完成)と併せ、「からくり儀右衛門」こと、からくり細工人として名声を博していた田中久重(1799-1881)に製作を依頼。田中はのちに東芝の創業者となった人物である。
 西洋の地動説に対し、世界は須弥山を中心に立体に広がっていると説いて天動説を説いた仏教。それらの宇宙観を伝える天体模型が「須弥山儀」。その「須弥山儀」のなかで、人間が住む大陸を拡大して模型化したのが「縮象儀」である。
 この「縮象儀」の現状を記録すること、作業記録をつくり残すことがデジタルアーカイブであると岡田氏は言う。作業記録を残したうえで、修復計画を起こす。文化財の修復は可逆な手法を使うのだそうだ。「縮象儀」は365日で一周する時計のように動くため、動態保存をしたいが、まだ機構がわからない部分がいくつかあり、3Dアーカイブをする気にはならないという。部品の扱い方や作業記録にも注意しないと、へんなところへ紛れ込んでしまう可能性があり、文化財を保存する難しさを感じていると岡田氏。デジタルアーカイブを行なうには実物を調査研究し、後世のために修復記録や作業記録も同時に残していくことが大事であることが示された。


龍谷大学古典籍デジタルアーカイブ研究センター長の岡田至弘氏

デジタルアーカイブの光と影

パネルディスカッション 次世代へつなぐ─高精細デジタルアーカイブと文化遺産─
司会・進行:並木誠士(京都工芸繊維大学教授、美術工芸資料館館長)
岡田至弘(龍谷大学古典籍デジタルアーカイブ研究センター長)
丘眞奈美(歴史・放送作家、京都ジャーナリズム歴史文化研究所代表)
谷一尚(林原美術館館長、山陽学園大学副学長・教授)

並木──デジタルアーカイブの目的は、まず保存であると思いますが、そのうえでデータをどのように活用していくかが次の問題として出てくると思います。今後、高精細デジタルアーカイブをどのように使いこなしていこうとお考えですか。
──林原美術館所蔵品の重要文化財《洛中洛外図》を、DNPの高精細画像で復元しました。いままでの復元では金箔は無視して、金箔に見えるように印刷して加工していましたが、今回の復元はかなり進んでおり、金箔の上に高精細画像で印刷をして、それを屏風に仕立てています。デジタルデータは多様に活用でき、画期的に進歩しています。文化財、文化資源は劣化との戦いであり、実物を公開しないほうが保存のうえではいいことだが、それでは意味がない。文化財を良好な状態で残し、伝えていくことが使命だが、いろいろな考え方があります。例えば今回のような調査、研究にも役立つデジタルアーカイブの形があります。
並木──複製の利点もある一方で、複製をつくるというのは危険な面もあります。複製が実物に近くなるほど危険もはらんでくる。複製についての倫理問題がこれからの問題になってくると思われますが、丘さんは文化遺産の多い京都において文化遺産を守るときにどういうことを考えた方がいいと思われますか。
──「まち・ひと・こころが織り成す京都遺産」(略称「京都遺産」)という制度が今年度から京都市で始まっています。文化財をテーマごと、地域ごとにとらえて市民からテーマを募集して、絞り込んで「京都遺産」を認定します。先ほどからデジタルアーカイブをしたときに光と影がある話をされていました。本物との関係ですね。京都の人は意外にそういうことがわかっているのではないかと思いました。お寺に行きますと、秘仏というのがあります。三十三年に一回公開するという類の仏像ですが、必ずその前に前立仏(まえだちぶつ)というのがある。仏像をレプリカと言っては変ですが、同じものをつくって前に置いておく。参拝者はそれに向かって拝む。レプリカであってもやはり信仰の対象であり、本物のように見ている。倫理の問題もあると思うのですが、見る方も展示する方も、そういう秘仏とレプリカとを同じ関係で見ていく。高精細デジタルアーカイブもそういう関係で、残していくことが大事だと感じました。
並木──研究においてデジタルアーカイブがプラスになっている点はありますか。
岡田──私の専門は情報工学ですが、検証できるか依頼がきたときに、超高精細で画素数だけ上がったから大丈夫ですか、と言われることについては危険だと思っています。解像度だけでは高精細と思わないが、色の奥行き深度や、三次元のミクロな粗さという情報まで計測できる技術があるとはまだ思っていない。あと10年すればもっと色が出てくるようになっているかもしれない。いま私たちが使っている画像入力装置と10年前の装置ではまったく違う。しかし、100年前にコロタイプ原版で複製をつくった技術というのは、いまでもかなりの解像度が出ています。トレードオフを考えながらアーカイブをしていくというのが必要だと思っています。データフォーマットでいうと4K、8K、16Kと切りないでしょう。あるところでデジタルアーカイブとして、利活用できる範囲を決めないといけない。解像度だけでもなんらかのバランスをとるトレードオフが必要だと強く感じています。
並木──確かに技術が進むということと、技術をどのように活用できるかということは別の問題かもしれません。話題を変えますが、美術館では高精細デジタルアーカイブを使ってどういう楽しいことができますか。
──平家物語の本物と、それを拡大した高精細画像とを一緒に並べて見ていただいたことがあります。本物でははっきり見えないが、高精細画像では鮮明に見える。兵庫県の大乗寺では円山応挙が襖絵を描いているが、いまは全部高精細デジタル画像の襖絵にしました。それは観覧者として見ても本物とほとんどたがわずに見れる。しかも本物の国宝の襖絵は劣化を防ぐために保管できる。本来あるべきところに展示できたり、それから襖絵が掛軸に変わっていた場合などは当初あった形で鑑賞できる。それと法隆寺の壁画などでも漆喰の壁に画像を吹き付けて運用すれば当時と近い鑑賞ができる。かなり精度の高い再現が可能になる。先ほど前立仏の話がありましたが、その前立を上手に利用することによって、観覧者にいろいろな可能性で見ていただく。展示空間と組み合わせるなど無限の可能性がある。
──京都でも、確かに本物が入っているところは少なくなっている気がします。二条城でも収蔵庫をつくって入れてますが、本物を保存するためにはデジタルアーカイブをしなければいけない。これは宿命であると思う。例えばひとつの絵画にしても、時代によって劣化していくものもあるし、高価な絵具をたくさん使ってきれいに残されているものもある。汚れも含めて、障壁画の時代背景を伝えていく意味での高精細デジタルアーカイブは有効だと思っています。話題を変えて申しわけないのですが、それと組織の問題です。研究者の先生が代わったり、その組織がなんらかの理由で消滅したりしたときに、アーカイブの重要性をどうやって引き継いでいくのか、それとデータの保存。どこで切ればいいのでしょう。そしてもうひとつデータの発信。美術館や大学がメディア化しており、放送局と匹敵する規模になって肖像権やコスト面で問題になってくる。“組織と保存と発信”に関する3点をいままでの経験から危惧しています。
並木──美術史を専門としてる私としては、真贋の判定ができなかったらどうしようという不安にいつもさいなまれているわけですが、岡田先生は障壁画についてはいかがお考えですか。
岡田──障壁画は一枚を切り取って見せるのではなくて、あの空間展示が面白い。ただ学術資料としてどう展開していくかが課題です。研究者とは違う部分との関係があると思いました。京都でデジタルアーカイブの動きが出てきたのは1998年。国立京都国際会館で行なわれた「デジタルアーカイブ・ビッグバン京都 ’98」だったと思います。現在、三次元を記録する標準がない。先ほどから否定的なことばかり言って申しわけないのですが、常に進化しているのがICT(information and communication technology)であって、このテンポが速いと考えていただいた方がありがたい。なおかつそこにはコストがかかる。現実的にはトレードオフを考えたうえでの展示がいいと思っています。
並木──ある種の倫理観をもってデジタルアーカイブの活用を進めていければいいなと思います。個人もメディアも、そういう気持ちを製作者たちと共有できれば、デジタルアーカイブの未来は明るいのではないかと思います。 本日はありがとうございました。


パネルディスカッションの会場
左から並木誠士氏、岡田至弘氏、丘眞奈美氏、谷一尚氏

シンポジウムを終えて──対等な補完関係へ

 東京で開催中の「フランス国立図書館 体感する地球儀・天球儀展」を実際に訪れてみると、実物の地球儀・天球儀のしなやかな美しさに引き込まれた。そしてデジタルアーカイブを活用した高精細の4Kタブレットに触れて、地球儀をヒューマンサイズに拡大したり作品解説などのユーザーインターフェイスの向上が見られ、文字と画像の視認性や機器の操作性、作品の見どころの導線誘導など、鑑賞者に配慮した負担軽減が感じられ心地よかった。なかでも、最も天球儀に適した鑑賞方法と思えたのは、ヘッドマウントディスプレイである。3Dデジタルデータと仮想現実技術の活用により、天球儀の中に入り込んだ没入体験は、視覚と身体の関係性を新しく開いた新境地である。天球儀を内部から360度自由自在に鑑賞するという新しい視覚体験が、本質的に作品を理解することにつながるかは時間をおいてみる必要があるが、作品への間口はかなり広がったと思う。
 デジタルアーカイブの光と影は今後も失せないだろうが、それでも光を少しでも増やそうとするデジタルアーカイブ製作者の努力と、その成果を今回見ることができた。肉眼では得られない詳細な情報や実物がもつ世界観など、実物そのものとは異なる側面から実物の美点を実感するためにデジタルアーカイブは有効であり、本格的に活用の段階へ入ってきたと感じた。いままでデジタルアーカイブは実物の補佐的役割であったが、ここでは部分的とは言え実物とデジタルアーカイブが対等な補完関係にある。デジタルアーカイブはオールラウンドではなく、用い方を制限することでその役割に力を発揮する。使いながら継承していくデジタルアーカイブの自立を感じたのはこのような話を聞くことができたからだったのかもしれない。デジタル技術がつなぐ歴史もあり、その歴史がまた未来をつくることを実感した京都でのシンポジウムであった。

シンポジウム「高精細デジタルアーカイブと文化遺産の未来」

日時:2016年6月2日(木)16:00〜18:40
場所:京都文化博物館 別館ホール 京都市中京区三条高倉
URL:http://www.museumlab.jp/bnf/exhibition/artwork03.html

2016年7月

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  • デジタルで未来へつなぐ歴史。シンポジウム「高精細デジタルアーカイブと文化遺産の未来」