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価値生成をめざすアーキテクチャの実験

須之内元洋2009年03月01日号

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アーカイブを「育てる」

 さて二つ目のケーススタディは、1994年から2008年にわたりINAX出版より全50巻が刊行され、2008年の春に廃刊となってしまった建築と都市に関する論考誌『10+1』のアーカイヴメディア、『10+1』DATABASE★5である。現時点(2009年2月28日)では未公開であるが、2009年3月25日にβ版が公開される予定である。INAX出版の担当者、及び当該誌の企画/編集をこれまで担当されてきた編集者からの要望としては、『10+1』バックナンバーのテキストと図版資料のデジタルアーカイヴ化、ウェブの利点を活用したデジタルアーカイヴのメディア展開、読み手だけでなく書き手にとっても信頼性のあるメディアの構築といったミッションを柱として、雑誌を継ぐ新たなメディアを立ちあげたいということであった。
 テキストと図版をデジタル化して検索機能を設置するだけであれば、オープンソースの各種サーバーとプログラミング言語を利用し、形態素解析エンジンと全文検索エンジンをシステムに応用すれば済む話である★6。しかし、『10+1』はいわば一度死んだメディアであり、そこに再び息を吹き込むためにはなにか別の仕掛けを設ける必要があった。幸いにも秀逸な編集者が継続的にアーカイヴを育ててくれるという環境があって、このプロジェクトは書き手と読み手を繋ぐメディアをつくるのと同時に、いかに編集者のための仕組みをつくるかがポイントであるように思われた。読み手はこのメディアのユーザに違いないが、実は最大のヘビーユーザは編集者であることがわかった。

 書籍をそのままデジタル化した状態では、ユーザは自分で思い浮かべた文字列によって検索を行ない、ヒットした論考を一つひとつ開くか、雑誌各号の目次をみて特集名や論考タイトルや筆者の名前をみて興味を惹かれた論考を開くか、というようにユーザが論考ページに至る道筋が限られてしまう。手触りの感触や紙の厚みがあり、パラパラとページ繰りが可能であり、背表紙や本棚というシステムを持つ物理的書籍と異なり、ブラウザでページを読み込むまではページの内容を知覚できないのがウェブの特徴のひとつである。論考アーカイヴの質量感、個々の論考ページに至る複数の道筋、サイトを訪れる度に新たなイメージを喚起される仕掛けを読み手に提供するためには、なんらかの「参照」の仕組みが、しかも相互に関連付けができて、いつでも組替え可能な「参照」を操る仕組みが要求される。そこでまず、建築、書籍、人物・団体、キーワードの四つの分類で、論考の文中に含まれる固有名詞を抽出し、メタデータ(=参照)として扱えるようにした。論考や目次データをメタデータの層で覆い、メタデータと論考の関係、メタデータ間の相互の関係を編集していくのである。


4──メタデータの関係

★5──『10+1』DATABASE:2009年3月25日にβ版公開予定
★6──『10+1』DATABASEでは、Apache(ウェブサーバ)、MySQL(データベース)、PHP(スクリプト言語)、MeCab(形態素解析エンジン)、Senna(組み込み型全文検索エンジン)などを利用している。もっともオーソドックスなウェブアプリケーションの構成といえる。

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須之内元洋

1977年生。メディア環境学、メディアデザイン。札幌市立大学デザイン学部助教。 international & interd...

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