アートプロジェクト探訪
都市文化形成におけるクオリティコントロール
福岡在住の複数のクリエイターへのインタビューを重ねたが、近似した意識があるのではないかと考えている。自分自身が明確に認識できるリアルなライフステージでの活動を理想とすると、必然的に〝限定されたエリア〟からそれを広げていくことになるという。例えば、福岡で「紺屋2023」という建築プロジェクトを企画運営するTRAVELERS PROJECTの主宰である建築デザイナー野田恒雄氏の試みは、クリエーターを含めさまざまな業種の個人や団体を福岡市中央区大名という地域にあるひとつのビルに集積させ、大名というリアルな場で生成される都市文化を全国へと情報発信する。そのことで、福岡にいながらにして全国へ波及し、結果として福岡というライフステージを豊かにしていく試みと見ることもできる。
特筆すべきは、その運営の仕組みである。TRAVELERS PROJECTはビルの入居者であるクリエーター、事業者、団体をビルオーナーに紹介する役割を担うが、そこでマージンは取らない。例えば紺屋2023を例にあげると、収入はビルオーナーから提供されたフロアで行なう貸ギャラリー、飲食スペース、滞在施設の運営収入のみである。これはTRAVELERS PROJECTの「オーナーと利益とリスクを共有する」「運営者も入居メンバーと同じ立場を維持する」というポリシーに基づくものである。
彼らが重視するのは、時間のアーキテクチャーとも言える恒常的な企画運営の仕組みである。まず入居メンバーを決めるのに充分な時間を費やす。紺屋2023では入居希望者とともにじっくりとした打合せを数回行ない、両者が合意したうえで、入居へ向けて動くことになる。その期間は早くても顔合わせから入居まで2カ月は必要とされるという。また、企画や運営に関するミーティングも入居メンバーとともに行ない、さまざまな事業実施へと進めていく。
TRAVELERS PROJECTの活動でもうひとつ重要なのは、カフェやギャラリーでの展覧会、スクールの実施、紹介制の滞在施設運営などを行なうことで、入居者間はもちろん、そこに訪れるさまざまな人々との新たなコミュニケーションを起こしていくことである。いつも一緒にいることで刺激し合えることは重要だが、居過ぎてもコミュニケーションは停滞する。定期的に新しい空気も必要である。この適度な人の出入りをいかに生み出していくかが、文化拠点形成におけるクオリティコントロールの鍵となる。例えば京都花街のお茶屋が一見さんを断ることで生まれる宴席の場の格式、また2008年に30周年を迎えたラフォーレ原宿のテナント卒業システムによる鮮度の高いデザイナー確保と競争環境の維持といった仕組みにも共通する視点があると言えよう。
こうした例から、都市文化生成における各段階の交換関係とその循環のボリュームとクオリティの適切なコントロールこそが、都市文化価値循環のサステイナビリティを保障し、都市ブランディングを成功に導くものと考える次第である。かつて90年代前半に首都機能移転問題が話題となった際に指摘されていたのは、東京圏への都市機能の一極集中の弊害である。文化の視点からは、極度の集積は文化の発展速度を加速化させ、結果として蓄積に至らないままに文化の成熟を妨げる可能性があるとの認識が含まれていたものと思われる。今日、福岡のクリエイターが志向する地域内での言わば「適度な集積」は、けっしてそのような集積の弊害をいたずらに拒むものではなく、必要な集積と不必要な集積の選択を意識的に行なう賢明な策と理解できよう。それはサステイナブルな文化的価値循環のための戦略的な選択である。その共有認識が都市文化のクオリティの維持と持続的な生成を支えているのである。こうした都市文化のサステイナビリティのために、われわれ一人一人もまた、つねに、人との関係性で生じる交換関係のクオリティはもちろん、そのボリュームコントロールの判断を行ない続けなければならないと言えよう。